納涼ホラー第一弾「サイレントヒル」

    2007.08.08 Wednesday| 23:43 |
毎日暑いですねー。
夏なんだから暑いのは当たり前。ヨーロッパでは記録的熱波だとか、中国では暑さで人がバタバタ亡くなっているとか聞き及ぶので、日本の関東地方の暑さなんて実際には大したことないだろうけれども。
まあそれでも、暑いことは暑い。暑い時には、怖ーいお話で背筋を寒くして納涼っていうのが日本の美しい伝統文化ってなもんですよね。
かなり無理矢理に話を持っていってますが、要するにホラー映画を取り上げてみようかと。先ずは第一弾、ショーン出演の「サイレントヒル」、ホラーなのに例によってネタバレしまくり、それでもって辛口です。そこんとこよろしく。


「サイレントヒル」(2006年、アメリカ・日本・カナダ・フランス)

ローズとクリストファーの夫婦は、9歳になる娘シャロンの奇妙な言動に悩んでいた。しばしば情緒不安定になり、“サイレントヒル”とつぶやくシャロン。彼女を救う手掛かりを探すローズは、やがてサイレントヒルという街が実在することを突き止める。そこは、 30年前に大火災に見舞われた忌まわしい過去のため今では誰も近づかないゴーストタウンと化していた。ローズはクリストファーの制止を振り切り、シャロンを車に乗せその街を目指す。しかしサイレントヒルへと続く狭い道の途中で事故に遭い、ローズは気を失ってしまう。彼女が意識を取り戻したとき、そこにシャロンの姿はなかった。ローズはシャロンの行方を追って、サイレントヒルの奥深くへと彷徨い込んでいくのだが…(allcinemaより抜粋引用)。


コナミの有名なゲームソフトの映画化、だそうです。世界的にファンを持つ大ヒットゲームだとか。
私はゲームってモノを全くやらないので、そもそも名前も知らなかったし、こういうゲームがどういう風に展開していくものなのかも全然判らない。
その所為なのかもしれないけど、正直なところ、映画の世界に全く入り込めなかった…。
登場人物の誰一人として感情移入出来ないし、世界観が理解出来てないから展開についていけない。と言うかね、設定もストーリーも人物描写もかなりの部分で説明不足だと思うの。ゲームを知っていることが前提なのか?
そして、登場人物が全体に薄っぺらい。行動がどうにも理不尽だったり、感情の表出に無理がありすぎたり。先ずはストーリーありきで、展開に合わせて人物が動いてるっていうのが露骨過ぎるのです。
リアルな人間ではなくて、物語=ゲーム上のキャラクターにしか見えないんだよね。

それとね、ホラー映画なのにちっとも怖くなかったよ。
虫がわちゃっ!て出てくるところとか化け物が襲ってくるところとかは、怖いというよりその瞬間びっくりしたり見た目が気持ちが悪いだけ。怖くは・・・無いなあ。
ホラー映画を観たぞ!怖かったぞ!っていう達成感(?)を感じられませんでした。

役者本位で映画を観るのでどんな映画でも好きな俳優さえ出てれば楽しめるし、観てる時の集中力もかなりのものだと自負してるんだけど、この映画は全然ダメだった。
もうね、途中で眠くなっちゃって困ったよ。ホラー映画観てて眠くなるって、どうよ?
それでも頑張って観続けたのは、ひたすらにショーンのためなのだけれども。
でも正直なところ、途中までは「どうしてショーンはこの映画に出たんだろう?」って思ってたの。出番も少ないし、結局のところ誰も救えずに終わるしで、別にショーンが演じなくてもいいような役なんじゃないかって。
でも、最後まで観てちょっと印象が変わった。
悪夢の中にいるような不思議空間サイレントヒルに落ち込んでしまったローズとシャロンを始めとして、登場人物のほとんどが現実感が無く既に夢の中の人物のようでとらえどころが無い。「恐怖」と「悪意」以外の感情が希薄にしか感じられず、やっぱりゲームのキャラクター的なんです。
しかし、ショーン演じるところのクリストファーだけは生身の人間としての確かな存在感があります。妻子への愛情、この状況への疑問と怒り、このまま愛する者たちを失ってしまうのではないかという焦りと恐怖、エグゼクティブなスーツ姿の内側を伝っているであろう冷たい汗の感覚が観てるこちら側に伝わってくるかのような、リアルな肉体感。この対比ゆえに、サイレントヒルに引き込まれてしまった人々と現実世界にいる人との差異がくっきりとしてくるように思う。
これはやはりショーン・ビーンという俳優の力なのではないかと、それがためにショーンがキャスティングされたのではないかと、何の根拠も無く考えた次第。

ラストシーン。ローズとシャロンを見つけることが出来ず、疲れきって自宅に戻ってきたクリストファー。
モダンで贅沢な室内に設えられた立派なソファ、まるで胎児のように小さく丸まって身体を横たえる姿がとても印象的でした。あの立派な体格のエグゼクティブなクリストファーが、なんとも儚げに見えちゃった。
このシーン、妙に力が入った演出に思えたのは気のせいかなー。「リベリオン」でのイェーツの詩の朗読シーンを連想しちゃった。全然違うんだけど、スタッフの気合が感じ取れる映像ということで。

ショーン以外で良かった点を少しだけ上げると、映像は見事だった。
ゲームを基にしてるんだから当たり前と云えば当たり前なんだけど、CGはとにかく凄い。でも、そういったCGの技術的な部分だけじゃなくて、まるで雪が降り積もるように灰が落ちかかる街、常に紗が掛かったような不思議で幻想的な映像などまるで芸術映画のようにすら見える瞬間があって、非常に美しかった。

今回、感想を書くのにネットで検索したら、結構評価が高いので驚いた…。そ、そうなのっ?!
私の理解力が足らないのか、肌が合わないとはこういうことなのか。ゴメンよ、ショーン(って、何を謝ってるんだか)。

欲望の果てにあるものは?「サウンド・オブ・サイレンス」

    2007.08.02 Thursday| 23:58 |
ショーン・ビーン悪役シリーズです。
主演はマイケル・ダグラスで、前に取り上げたヴィゴ出演作「ダイヤルM」の主演でもあります。あちらでは主演であり悪役な訳ですが、こちらでは悪役ショーンと真っ向対決する純粋(?)な主役。
実は「ダイヤルM」を観た直後にこの作品を観たので、途中でなんども錯覚しそうになっちゃったのでした。
もしかして「ダイヤルM」同様、マイケル・ダグラスが悪いヤツなんじゃないのー?とか疑いつつ、いやいやそんなわきゃ無いなどと脳内妄想を修正しつつ観たのでした。まあね、結局のところショーン可愛さゆえなのですがー。おほほ。
サスペンスだけど、例によってネタバレあり。ご注意くださいませ。


「サウンド・オブ・サイレンス」(2001年、アメリカ)

精神科医ネイサン(マイケル・ダグラス)は、エリザベスという少女を担当することになる。エリザベスは緊張型分裂症と診断され、隔離病棟に10年間も収容されている要注意患者であった。
翌日ネイサンの愛娘ジェシーが誘拐され、犯人グループのリーダーであるコスター(ショーン・ビーン)から、エリザベスが知っているはずの六桁の数字を聞きだすよう要求される。10年前、エリザベスの父親はコスターらと共に1000万ドルのレッドダイヤを盗み、仲間割れの果てに殺されていたのであった。
時間が限られる中、ネイサンは必死でエリザベスを診断分析する…。


とにかく役者が頑張ってる映画でした。
主演のマイケル・ダグラス、妻と娘を無事に取り返すため必死で戦う姿が迫力満点でした。本当は悪いヤツなんじゃない?なんてチラッとでも考えてゴメンなさい。
エリザベス役のブリタニー・マーフィが熱演。目の前で父親を殺された心の傷を負ったまま、父の残した秘密を守るべく10年の長きに渡り精神病患者のふりをし続けてきた強く哀しい少女を見事に演じていた。
もう一人の少女、誘拐されたネイサンの娘ジェシーを演じたスカイ・マッコール・バーツシアクも良かった。
誘拐され命の危険がある状況をきちんと把握し、冷静に自らの出来ることを成そうとするジェシー。自分の居場所を伝えようと図り、それは見事に成功するのです。可憐でけなげで賢くて可愛かった。
スキー旅行の際の怪我で、只今自宅療養中のネイサンの奥さんアギー(ファムケ・ヤンセン)。この女性はなんだか強烈でした。
足を骨折して動けないはずなのに、自分を拘束しようとする犯人グループの一人をあっさり撃退しちゃうんだもん。美人なのに凄いなー、あれ、どっかで観たことあるような?って思って調べたら、ショーンが出演した「007/ゴールデンアイ」に出てたのね。
男を太ももで挟み殺すという凄い技の悪女を演じてた彼女でした。道理で強い筈だよね(なんか違う…)。
犯人グループの連中もやたらとキャラが立ってたよ。ジェシーの見張り役を務めさせられていたおっさん(にいさん?)が特に良かった。思いっきり強面なのに、ジェシーにほだされちゃって優しくしちゃって、結果、ジェシーの居場所が判るきっかけを作ってしまい怒られるというドジっ子。

肝心の悪役ショーンは頭脳派の悪人っていうカテゴリーなのかしら、「ナショナルトレジャー」のイアン・ハウとちょっとかぶる感じ。
イアンに比べるとコスターはストレートに悪人だけどね。狙ってるのはダイヤだし、子供を誘拐したり目的のためには手段を選ばないしで、一緒にしたらイアンが怒りそうだけど、容貌的にも雰囲気的にもちょっと似てました。
最期がね、ちょっとあまりにも可哀相で…。イアンと違って同情の余地が無い悪役なので、しょうがないっちゃしょうがないんだけど、この終わり方はかなりやだよね。

ネイサンはエリザベスの凍りついた心を何とか溶かし、事情を打ち明けて六桁の数字を聞き出すことに成功します。その後は、数字の謎解きと宝探しという展開。
ハラハラドキドキの典型的サスペンスなんだけど…うーん、ちょっと甘い。ストーリーにも登場人物の行動にも、なんだかほころびが目立つんだよね。
そもそもの事件の発端たる、10年前のダイヤ強奪事件。何故、エリザベスの父親が仲間を裏切ってダイヤを独り占めしようとしたのか、全く説明されません。可愛い一人娘を連れての逃避行中コスターたちに見つかってしまい、娘は逃がしたものの自分はあっさりと殺されてしまう。
この父親が殺された場所は地下鉄駅の構内。そんな場所ですったもんだを起こしたものだから、コスターたちも即座に捕まり、10年の刑務所暮らしを送る羽目になる。
この知性派コスターが、なんでそんなへまをしたんでしょ?
裏切り者を拘束したんだから、そのままどこかに連れて行ってダイヤの在り処を吐かせればいいのに、捕まえたその場所で絞り上げて挙句殺しちゃうなんて、金の卵を産む鶏のお腹を裂くのと同じ位にお馬鹿さんな行動だよね。
それと、あれだけ賢くてその賢さ故に部下だか手下だか弟分だかを何人も従えてる男が、あれほどダイヤに固執するのもちょっと違和感。誘拐って割りの合わない犯罪として有名なのに、あえてそれを行なってまでダイヤの行方を追いかけるていうのがイマイチ説得力に欠ける。他にどんな方法でも犯罪でもやってのけて、簡単に金儲けしそうなんだけどな、コスター。
単に値段の張るダイヤっていうんではなく、そこに何かイワク因縁があるっていうならまだ判るんだけど。

全体に物語の展開が偶然に頼りすぎ。
コスターらは前もってネイサンに眼を付けていたみたいなんだけど、ネイサンがエリザベスを必ず担当するとは限らなかった訳だし、エリザベスが最後まで口を割らなかったらどうするつもりだったんだろうとか。
ラスト近くで明かされる数字の謎っていうのも、なんだか浅かった。これって○○(自主規制)かな?まさか、そんなありがちな使い古された展開じゃないよねって思ったら、その通りのベタな展開でした。オイっ…!

つまらないってことでは無いのです。適度に複雑で適度に判りやすいストーリー、心臓が痛くならない程度のハラハラドキドキ、勧善懲悪で明快なラスト。
ただ、やっぱり脚本が甘いんだと思う。キャラクターがやたらときちんと作りこんであるから、ぎゃくに展開のご都合主義が目立っちゃうんだよね。そういった意味で、ちょいと残念な作品だったように思います。
せっかくキャラクターが出来上がっているんだから、もう少しだけ、このキャラならこう考えるこう動くっていうことに整合性を持たせ、脚本家の都合じゃなくてキャラクターの動きで物語を展開させれば良かったのになと。

哀しきテロリスト「パトリオット・ゲーム」

    2007.07.20 Friday| 01:00 |
このところヴィゴ出演作の感想、と言うか雄叫びが続いておりましたが、間を縫ってショーン出演作もしっかり観賞を続けております。
先日の「悪魔のいけにえ3」でちょっと壊れかかったので、体制を整え直すべく、本日はショーン1992年の出演作です。例によって、ネタバレあり。



「パトリオット・ゲーム」(1992年、アメリカ)

元CIAで現在は海軍学校の教官として務めるジャック・ライアン(ハリソン・フォード)は妻と娘を伴いロンドンに旅行に来ていた。バッキンガム宮殿前で王室要人ホームズ卿を狙ったテロに遭遇したジャックはテロリストの一人を射殺、ジャックの働きもあってもう一人のテロリスト、ショーン・ミラー(ショーン・ビーン)は逮捕される。
テロリストはIRA(アイルランド共和軍)の中の過激な一派で、ジャックが射殺した若い男はショーンの実の弟だった。テロリストのリーダー、ケヴィン・オドネルの手引きで護送中に逃亡したショーンは、弟を殺したジャックへの復讐を誓う。
アメリカに戻ったジャックとその家族の周辺に復讐の魔手が忍び寄る中、ホームズ卿の命を救ったことで、ジャックはサーの称号を与えられることになった。称号授与のためホームズ卿がライアン家を訪問することを嗅ぎつけたテロリストリーダーは、暗殺計画を再び実行しようとする…。


ジャック・ライアン三部作の第二弾、だそうです。
ハリソン・フォードもアクション映画も嫌いじゃないし、多分、以前に見てるはず。ところがちっとも覚えてない。映画館じゃなくテレビの洋画劇場の吹替版で観てるから印象が薄いのかなと思いつつ観賞してたんだけど、途中の段階でその印象の薄い所以が判ってきました。
十分に面白いんですよ、もちろん。当時の国際情勢を取り入れたストーリー、最新の情報機器を駆使しテロリストを追い詰める捜査陣、復讐に燃える若きテロリストとそれを利用しようとするリーダーの思惑,、舞台はイギリス・北アフリカ・アメリカと移り変わりハラハラドキドキの展開です。
ところがねー、なんだかこじんまりしちゃってるの。なんでかな?
主人公のジャック・ライアンを演じるのはハリソン・フォード。正義感に溢れ、妻や娘を心から愛する人間的なアクションヒーロー。何でこんなことに巻き込まれるんだ?って怒っているような、ちょっと困ったような表情で、次々と迫り来る危機をギリギリのところで切り抜けていきます。
…これがイケナイような気がする。いつかどこかで観たような感じ、要するにアクション映画での定番のハリソン・フォードなんですよね。元CIAで現在は海軍学校の教官であるジャック・ライアンではなく、ハリソン・フォードがいつも通りのアクションでお馴染みの演技をしている、というようにしか見えない。
まあね、でもね、何せハリソン・フォードだから。それはそれで、いいのかもしれないんだけど。

ここで唐突に本題に入りますが、この映画の見所はひたすらにショーンです。
ショーンの迫力ある演技が無かったら、なんだか本当にこじんまりした映画に終っちゃったんじゃないかな。
映画で見る限り、ショーン演じるところのショーン・ミラー(同名ってややこしいよ)には、政治的思惑とかはあまり無さそう。父親が殺されたことをきっかけにIRAに加入し、多分、リーダーに上手いこと唆されて過激派に与するようになったんだろうけど、きっかけがきっかけだけに愛国心や思想よりも個人的な復讐心のほうが先立ってるみたい。
そしてくだんのテロ実行の折り、ジャックに弟が射殺されてしまったことで復讐に燃える訳です。
リーダーの手引きで逃亡した後は仲間と共に北アフリカで訓練を積み、途中までは大人しくリーダーの指示に従って行動するんだけど、リーダーの目的がテロの実行と王室要人たるホームズ卿の暗殺なのに対し、ショーンの目的はひたすらにジャックへの復讐。
物語終盤、ホームズ卿と家族を逃がすためジャックは自らを囮とします。それに気付いたリーダーはジャックではなくホームズ卿を追うことを主張するんだけど、それまでリーダーの言に従ってきたショーンはそれを拒否し、ジャックを追うためにそれを阻むリーダーと仲間をあっさり射殺してしまう。
仲間を殺した後のショーンの表情、戸惑いも迷いも一切浮かべていない凍りついたような眼が実に怖かった。
この時のショーンには多分、弟を殺された怒りとジャックへの復讐以外の感情なんてまるで無いんだと思う。IRA過激派としての目的意識も、行動を共にしてきたメンバーへの仲間意識も全くない。
リーダーはこの辺を読み違えてたんだね。ショーンを自分の手駒の一つとして考えていたんだろうけど、ショーンにしてみれば逃亡後の行動は全て復讐を遂げるための手段でしかなく、それを妨げる人間は例え仲間であろうが自分を導いてきたリーダーであろうが、単なる邪魔者でしかなかった。
物語当初においては、頭の良いテロリストに上手いこと利用され最前線に立たされた肉体派のニイちゃんって感じだったショーンが、狂気を湛えた冷酷な復讐鬼に変貌していく、その様と演技は本当に素晴しかったです。

上述の主人公ジャック・ライアンの迫力不足に加え、事件の黒幕たるテロリストリーダーが小粒なのが残念だった。
元々彼らが所属していたIRAの方針に満足せず、過激な活動に走るという役柄。何せテロ集団のリーダーだから頭も良いんだろうし、目的のために手段を選ばずという冷徹さもあるんだけど、なんだか詰めが甘いんだよね。
ショーンとその弟を使っての暗殺は失敗に終わり、北アフリカでの秘密訓練もCIAに捕捉され、手駒であるはずのショーンの心理を読み違えた挙句にあっさり殺されちゃう。
いかにもな悪巧みやら裏での冷酷な行動なんかをもうちょっと見せ心理描写に奥行きを持たせれば、物語により迫力が出たと思うんだけど。

ストーリー的な疑問も数箇所。
先ずはショーン。そんなに弟が可愛いなら、たった19歳の小僧っ子をテロ活動なんかに巻き込むなってーの。愛国心と父親の復讐のため自分は過激派に身を投じたとしても、可愛い可愛い年の離れた弟を、いくら本人がその気でも暗殺計画に伴うなんて愛情の方向性が間違ってる。
まあ、その辺がいかにも脳味噌筋肉の肉体派ニイちゃんで、それまでもこれからもリーダーに上手いこと使われちゃうんだろうなって思わされるので、これはまあ良いとしよう。弟の死っていう事件が無ければ、そもそも話が始まらないし。
で、一方のリーダーなんだけど、こんな重要な計画に経験の無い若者=ショーンの弟を使うのっておかしくない?
その辺に爆弾を仕掛けるとかならまだしも、バッキンガム宮殿なんていう警備も厳しければ人の目も多いところでの暗殺実行なんだから、経験豊富で腕っ節が強く銃の技術も高い人間を使わなきゃ失敗の可能性は高いよね。
この発端の事件からして、このリーダーの詰めの甘さが露呈しております。

ストーリー上の最大の問題点はですね、イギリス王室の要人(女王の親戚)たるホームズ卿が、アメリカのライアン家にひょこひょこやって来ちゃうこと!
サーの称号を授与されることになったものの、状況に不安を抱いているジャックは自宅を離れたくない。そこで、たまたまアメリカを訪問したホームズ卿が称号授与のためにわざわざライアン家を訪れるって…あり得ないと思う。
状況が切迫してるんなら称号授与なんて後にすればいいんだし、いくら命の恩人だからって一般人の家庭だよ?しかも結構な田舎。
そんなところに、ついこの前、暗殺されかかった英国王室の要人がやってくるなんて物語的に都合が良すぎます。
警備も手薄なんだよねー。そこまでの過程でジャックの家族の命が脅かされる事件が起きているのに、そもそもの暗殺のターゲットたるホームズ卿の訪問に際しての警備があんなんじゃ、要人っていうのは命が幾つあっても足りないんじゃないかしらと思わされる。

結局のところ、どうにもこじんまりしていてスケールの大きさを感じられなかったっていうのは、映画全体に流れているこのご都合主義の所為なんだと思う。
ストーリーを展開させるために状況を動かし、その都合で登場人物が動かされる。次々と事件が起き、それをアクションヒーローが次々と解決する…そりゃあ面白いよ、ワクドキの基本を完璧に押さえてるんだから。
でもね、意外性は全く無い。予定調和過ぎる。だから物語としての印象が薄くなちゃったんだろうな。残念だけど。

意外性は、ショーン・ミラーの変貌のみ。ショーンの迫力と凄みを堪能するための映画と言っても過言では無いと思います。

「トロイ」エーゲ海にお日様を見た!

    2007.07.03 Tuesday| 01:53 |
ヴィゴ、ヴィゴ、ショーン、ヴィゴ、ショーン、ショーンといったペースで、日々観続けております。何の呪文だ?
本日のお題は、ブラッド・ピット主演の歴史アクション大作「トロイ」、鑑賞目的はショーン・ビーン。



「トロイ」(2004年、アメリカ)

長年争いが続いていたスパルタとトロイの両国間に、和解条約が締結されることとなった。
それを祝う宴の最中、スパルタ王妃へレンとトロイの第二王子パリスは恋に落ち、パリスはヘレンをトロイへ連れ去ってしまう。
妻を奪われメンツを潰されたスパルタ王メネラウスは、兄であるギリシャ王アガメムノンにヘレン奪還とトロイ攻略を訴える。
難攻不落を謳われるトロイを陥落させるにはギリシャ全軍を挙げての攻撃が必須だが、ギリシャの英雄アキレスはアガメムノンとは犬猿の仲だった。イケタ王でありギリシャ軍の智将であるオデュッセウスの説得によりアキレスが参戦、千隻もの船団を連ねたギリシャの大軍がついにトロイに迫る…。


学生時代、世界各国の神話に興味を持ち北欧神話だのギリシャ神話だのを読み漁っていたことがありました。抄訳ではありますがホメロスの叙事詩「イリアス」や「オデュッセウス」も読んでいたので、この映画の公開時にもちょっと興味は引かれたのですが、何せブラッド・ピットに興味がノンノンなのです。
それと、トロイと云えば木馬だよね。何で今更、トロイの木馬の故事なんかを映画化しなきゃいけないんだろうという疑問もあった。
誰でも知ってる有名な逸話だけど、映像化するのはかなり難しいのではないかと思ったのです。現代人の見方や考え方からすると、どう演出しても陳腐になっちゃいそうじゃない?映画に興味を持ったというよりも好奇心で、映画評をいろいろ読んだのですが、あんまり高評価ではなかったような記憶があります。

今回、ショーンのミニスカート姿を見られればいいや(←バカですね)というあまりにもしょうも無い動機でレンタルしてきたけど、そういう目的が無かったら多分観ることは無かった。
当然ながら全く期待を持たずに観賞したのですが。これが予想外に面白く観れちゃった。2時間43分とやたらと長いんだけど、意外に飽きませんでした。
物語から神話的要素を排除し、歴史スペクタクルとして描いてあったのが良かったのかも。神様や奇跡の物語より、人間を描いた作品のほうが好みなのです。
ストーリーは「イリアス」メインにいろいろな神話や伝説を元にして再構築したんだと思うのだけれど、かなりの部分オリジナルの物語になっているようです。登場人物それぞれの運命については、えっ?そうなっちゃうの!?と驚くような箇所もありましたが、総じて、伝説と現代的リアリティを上手くミックスさせていたのではないかな。
観ていて辛かったのは、軍勢対軍勢の戦闘シーンが全般的に単調なところ。お金も人員も掛けてるだろうに、あまり盛り上がらないままにワーワーやってるだけに見えて、やたらと長く感じる。…演出の問題なのかな。
ところどころにオデュッセウス=ショーンが映り込むので、それを見つけるのを支えとして乗り切りました。「ショーンを探せ!」

最大気になったのは、肝心の主役アキレス(ブラッド・ピット)のキャラクター設定が曖昧な点でした。人間性が見えてこない。
アキレスが何を大切に何を想っているか、何を目的として戦っているのかが判然としない。トロイの巫女プリセイスと恋に落ちるんだけど、彼女を好きになるきっかけや理由もよく判らないし、熱烈に恋しているようには全く見えない。従弟へ向ける愛情や部下との絆、歴史に名を残すという希望などのエピソードが重ねられ語られるんだけど、それらが一つにまとまり英雄アキレスの人間像を作りあげるまでに至ってないのです。
アキレスの性格に奥深さが感じられず、物語の進行に合わせてただ動いているだけの人物に見えてきてしまう。脚本が薄いのかもしれないけど、ブラッド・ピットの演技自体にふくらみが無いとも言えると思う。
それと、根本的な問題として、ブラッド・ピットってこういったコスチュームプレイは似合わないのではないかと。
ギリシャ風の衣装(キトンだっけ?)をまとっていても、盾や剣を持って戦っていても、古代ギリシャ人に全く見えない。戦闘シーンもいかにも指示された通り殺陣をこなしてますっていう風だし、ブラッド・ピットにしか見えないとまでは言わないでおくけど、どうしたって現代人にしか見えない。
…これは演出の問題ではなくて、ブラッド・ピットという役者の問題だよね。うーん、個性と言ってあげるべき?

トロイの第一王子ヘクトル役のエリック・バナが光ってました。個人的にはブラッド・ピットよりも断然素敵に思えたよ。
ヘクトルはアキレスと逆にとても人間的に見えた。国と民の行く末を心から憂い、国に仇なしてしまった弟パリスをそれでも見捨てることが出来ない、誠実で愛情に溢れた人物を好演してました。

パリス役のオーランド・ブルーム。
口だけは一人前なんだけど行動が全く伴わない、甘やかされて育ったわがまま王子が実に似合ってて、笑ってしまった。上手く演じたというよりは、キャラクターが合ってたって感じだけど。
弓を射るシーンだけは格好良かったです。さすがレゴラス(映画が違います)。

脇の人物としては、トロイ王プリアモスの名優ピーター・オトゥールがさすがの迫力でした。彼が登場すると、一挙に画面の雰囲気が変わるほど。
ギリシャ王アガメムノン役のブライアン・コックスも良かった。全体にオジサンたちが迫力満点で素敵だったのが良いね。

肝心要のショーンは、小国イケタの王にしてギリシャ軍の軍師、智将と謳われるオデュッセウス役です。
出演シーンはそれほど多くないけど、とても重要な役柄。物語の最初と最後の語り部役でもあるし、ギリシャ軍の方針を決める軍師だから、ある意味、物語の進行役とも言えるかもしれない。
ブラッド・ピットとは逆に、ショーンはコスプレが似合う。ファンの欲目でなくて、本当に似合ってたよ。オーリとかエリック・バナみたいに若いならまだしも、ショーンの年齢であのミニスカート(だから、キトンだってば)が似合うって凄いよね。
軍師という割にはあくどかったり黒っぽい雰囲気は無くて、真っ当な意見を具申してただけだったよ。アキレスを戦場に引っ張ってくるのが一番大きい役目だったような。
アガメムノンのためには戦わないと言い張るアキレスに、「俺のために戦え」なーんて口説くんだもん。しかも、あの超強力なお日様みたいな笑顔満開で。駄々捏ねアキレス専属の誑し役なのかと思った次第。
あ、そだ、そだ。トロイの木馬を考案したのもオデュッセウスだったね!(そこ肝心なのに)

罪と罪の狭間「リベリオン」

    2007.06.09 Saturday| 02:25 |

ようよう観ることが出来ましたよ、「リベリオン」です。
感想はですね、もう、机をバンバン叩きたくなるくらい、どうして良いか判らないほど萌えな映画でございましたよ。
ほぅっ…(ため息)。
いつも通り、ネタバレばんばん。ご注意あれ。


「リベリオン」(2002年、アメリカ)

第三次世界大戦後の世界。戦争や犯罪の要因は人間感情にあるとの判断から、感情抑制薬プロジウムの服用が義務付けられ、徹底した管理体制の敷かれた国家が成立していた。
感情を喚起するものは全て罪であり、音楽や文学、芸術は感情を妄りに発動させる悪しきものとされ、感情を持つ人間は感情違反者=反逆者として処罰される運命にあった。
反逆者摘発の任に就く「クラリック」のジョン・プレストン(クリスチャン・ベイル)は、銃と武道の究極技であるガン=カタの達人。ある時プレストンは、絵画等の芸術作品を守ろうとしていた反逆者の家を襲撃し殲滅する。帰途プレストンは、パートナーであるエロル・パートリッジ(ショーン・ビーン)が一冊の詩集を手にしていることに気付く。
パートリッジの行動を怪しんだプレストンは彼の行動を探り、遂にはパートリッジが感情違反者であることを突き止め、彼を撃ち殺してしまう。
実はプレストンにはかつて妻がいたのだが、感情違反者として数年前に処刑されていた。妻は、そしてパートリッジはなぜ違反者になったのかを考えていたプレストンは、うっかりプロジウムの瓶を割ってしまう。それが契機となり、プレストンはプロジウムの摂取を怠るようになる。
パートリッジを射殺したプレストンは、感情違反者メアリーと知り合う。逮捕した彼女に生きる目的を問われ、確かな返事が出来ない自分に気付き動揺したプレストン。プロジウムの未摂取により感情を蘇らせていた彼は、任務中に耳にした音楽の荘厳さに涙し、子犬の可愛らしさに心魅かれ、遂には、自らが手を下したパートリッジの遺体の側で涙し許しを請う。
完全に感情を取り戻したパートリッジは、感情を抑制することで人々を完全にコントロールしようとする管理社会のシステムの欺瞞に気付き、レジスタンスと共に立ち上がることを決意する…。


この作品のショーンはとにかく素晴しい!と聞いてはいたのですが、噂に違わぬ素敵っぷりにもう頭がクラクラしました。
襟の高い、まさに聖職者然とした衣装がとてつもなく似合ってる。禁欲的な黒の衣装に豪奢な金髪が映えて、スタイルの良さや動きの美しさを際立たせています。
感情の無いクラリックはまるで人形のように冷たく固い表情をしているはずなのですが、パートリッジは実は感情抑制剤を摂取していないので、プレストンの非情な行動を間近にしては目を泳がせ何とも切ない表情をするのです。この、抑制された微妙な感情表現が実に素晴しい。
違反者であることを悟られたパートリッジはまるでプレストンがやってくるのを待っているかのように、一人廃墟で詩集を読むのですが、まあ、この場面でのショーンの美しさといったら!
この映画の撮影時、ショーンは既に40代。若い時分(と言っても、私はショーンの若い頃の作品ってまだ「シャープ」くらいしか観てないんですけど)に比べれば、皺も目立つし肌や顔のラインも衰えてきている。単純に容貌的なことを言えば、若さと美貌を誇る俳優なんていくらでもいるし、その中でショーンが際立った美形かと言うとそうは言い切れないのは十分承知。
でもね、顔立ちとか表面的な美しさではなくてその佇まいが、ショーンの在りよう自体が美しいのです。
月明かりの差す教会の廃墟、長い手指でイエーツ詩集捧げ持ち、プレストンに語り聞かせるかのように朗読するパートリッジの姿は、それ自体が一幅の絵画、まるで生きた芸術作品のようにすら見えます。

パートリッジの行動はあまりにも無造作過ぎます。自らの「犯罪」を隠そうとしているようにはとても見えない。
摘発現場からイエーツの詩集を持ち出したのは、むしろ、プレストンに違反者であることを知らせるためにやったように思えました。
一人廃墟にて詩集を読む姿は明らかにプレストンがやって来ることを見越したもので、まるで待っていたかのようだった。プレストンに銃を向けられた時、パートリッジも自らの銃に手を伸ばしはするのですが、プレストンのガン=カタの能力を持ってすればパートリッジに勝ち目があるとは思えないし、むしろ、プレストンが引き金を引くためのきっかけを作るためだったのではないでしょうか。
なぜパートリッジはそんな自殺的行動に走ったのか。映画の中では明確には示されません。ただ、多くのヒントが散りばめてあります。
プレストンの妻は数年前に感情違反で処刑されているのですが、どうやら、その摘発者はプレストンの「パートナー」だったようです。それって、パートリッジのことだよね…?
プロジウムで完全に感情を抑制されていた当時のプレストンは、妻の処刑の際にも何らの感情の揺らぎは無かったのですが、もしかしてパートリッジは、それを自らの罪として考えていたのかもしれない。パートリッジが何時からプロジウムを摂取しなくなったのか、そのきっかけが何だったのかは映画では描かれていないのだけれども、プロジウム摂取を止めて感情を取り戻した時、仕事上とは云えパートナーであるプレストンの妻を摘発した自分を許せなくなったというのは想像に難くない。
感情に目覚め、音楽や文学や全ての美しいものに感動すること、心のままに喜び哀しむことを知ったことで、パートリッジは現実の世界に絶望してしまったのかもしれません。

メアリーとの関係について、パートリッジの遺品にメアリーとの2ショット写真が残っていたことと、プレストンの「恋人だったのか?」という質問にメアリーが否定しなかったことで推測せざるを得ないのですが、パートリッジの射殺時にはメアリーはまだ摘発されていなかったことを考えると、ちょっと違和感を感じました。
愛する人が出来たこと感情を蘇らせたのだとしたら、その人を一人置いて、自殺行為に走るっていうのはないんじゃない?って思ったのです。
彼らが本当に愛し合った恋人同士だったとしたら、残されたメアリーは辛いよね…。メアリーがきっかけで感情を蘇らせたのか、それとも、感情を蘇らせたことでメアリーと知り合い愛し合ったのか、でも、そのために自らの罪を許せないという境地に至ったのだとしたら。悲しいな、パートリッジ。

ショーンのことばかり書いてますが、プレストン役のクリスチャン・ベイルもとても良かったです。
毎度お馴染み例によって例のごとく名前しか知らなくて、観たことは全然無かったのですが、前半での感情の無いクラリックの演技と、感情を取り戻し人間らしい存在に立ち戻りってからの繊細かつ豊かな感情表現の対比が際立っていた。
知的で整った容貌、バランス良く無駄なく鍛えられたボディも眼福モノでした。

個人的な意見としては、ガン=カタはもうちょっとどうにかなんなかったのかな?
銃と武道を合体させた究極技ってことなんだけど、どうみても、単なるカンフーです。
ガン=カタのシーンになると、急に昔の香港映画みたいになっちゃうんだもん。訓練シーンでは剣道まで出てきちゃって、間違っちゃった東洋趣味って感じ。どうにも漫画チックで、アクションシーンだけ取り上げるとB級映画って言われても仕方ないような気が…。
物語の設定は興味深いし、俳優陣はキャラクターも立っていて演技も素晴しくて云うこと無いのに。
計算されつくした究極技という意味でのガン=カタの設定は悪くないだけに、動きのベースをカンフーに置いたっていう点がちょっと安易だよね。
コメンタリーでクリスチャン・ベールが、娯楽映画として派手なアクションシーンが必要だったって語ってるけど、もうちょっとやりようがあったと思うのは私だけじゃないと思うな。

映画全体としては、ジョージ・オーウェルの「1984年」が下敷きになっているんじゃないかな。
全体主義国家に統治された近未来世界の、感情や行動を完全に規制され監視されることの恐怖を描いた作品です。「リベリオン」ではファーザーと呼ばれる統治者が常に路上や建物内のスクリーンでアジテーションを飛ばしていますが、、「1984年」ではビッグ・ブラザー(偉大なる兄弟)という独裁者がいて、どちらの作品でもその存在に実体が無い(らしい)ところがよく似てる。
「1984年」のラストは背筋が寒くなるようなどうにも救いの無い終り方だけど、「リベリオン」は最後に希望のある終わり方になっている。映画の場合は、そのほうがいいよね。

夢を追いかけた男「ナショナル・トレジャー」

    2007.06.06 Wednesday| 23:40 |

本日、指輪の三作目と「リベリオン」を借りることが出来ました。
早速観たいところですが、先日「アイランド」と一緒に借りてきたDVDがまだ残っているのです。明日には返却しなきゃいけないので、慌てて鑑賞。
またもショーン・ビーン出演作。例によって、ショーンがバリバリの敵役で出演しております。ええ、もう潔く認めますわよ。alexさん、わたくしすっかり陥落しました。絶賛ショーン祭開催中です。


「ナショナル・トレジャー」(2004年、アメリカ)

アメリカ独立戦争の最中、密かに隠されたと伝えられるフリーメイソンの秘宝。秘宝の謎を追い求めたゲイツ家の末裔、歴史学者ベン・ゲイツ(ニコラス・ケイジ)は、イアン・ハウ(ショーン・ビーン)の資金援助により、謎の手掛りの発掘に成功する。
ところがその手掛りの指し示した次なる秘宝の鍵は、公文書館に保管されているアメリカ独立宣言書にあった。独立宣言書を調査することなど無理と諦めようとするベン、一方のイアンはどんな手段を使っても独立宣言書を入手し秘宝探しを続けることを主張し、二人は決裂する。
ベンはイアンの企てを阻止するため、公文書館の古文書学者であるアビゲイルに接近し独立宣言書と秘宝の謎を説明するが、アビゲイルはベンを全く信用してくれない。イアンの裏をかき独立宣言書と秘宝を守るため、ベンは相棒のコンピューター専門家ライリーと共に行動を開始する…。

観たい作品レンタル中で借りられなかったので、止むを得ず借りた…とまでは言っちゃうとナンだけど、正直なところ、この作品には全く期待してなかったのです。
ところがどっこい、思いのほか面白い冒険アドベンチャー映画でした。
コンピュータをハッキングしたり派手なカーチェイスは今風のクライムアクション、科学技術を駆使して公文書館の保管庫に潜入したり口八丁手八丁で立ち回るところなんかはまるで「ルパン三世」、次から次へと提示される謎を解き地下に隠された迷宮を辿るところは「インディー・ジョーンズ」の世界です。

この映画の特徴の一つとして、心魅かれる小道具が随所に散りばめられている点があげられます。
沈没船から発掘された海泡石のパイプ、特殊なインクで古文書に印された謎の暗号、1ドル紙幣のデザインに暗喩された秘密結社の秘密、決められた日時に建物の影が示す鍵のありか、特殊な眼鏡でしかみることの出来ない秘密などなど、胸躍る謎解きアイテムが満載なんです。
実はわたくし、古き良き時代の探偵小説が大好きでして。
今時の殺人事件メインの推理小説じゃなくて、謎解きがメインのノスタルジックな冒険探偵小説ってヤツ。例えば、怪盗ルパンや名探偵ホームズ、エドガー・アラン・ポーの「黄金虫」、本邦なら江戸川乱歩の「孤島の鬼」などなど。
フロックコートやインバネスを着込みパイプとステッキを携えた名探偵、秘密の地図に記された謎の暗号、宝を奪うべく暗躍する悪漢との死闘、魔手に怯えるたおやかな美女(美少年とか美青年っていうパターンも有)と探偵の恋物語…うわー、いいなー、いいなー、ときめくなー。
どんな人でも、夢多き少年少女だった昔があるはず。すっかり大人になった今でも心の隅っこのどこかには、未知なる冒険を夢見、心躍らせた気持ちが残っていると思うのです。この映画は、そんな大人の心を、実に上手に擽ってくれる。

実際問題、物語上の粗はかなり多いんです。
数千年間守り続けられ、アメリカに伝えられてから200年以上もの間、誰にも解くことの出来なかった謎を、ベンはたったの数日間でスイスイと解いちゃうんですよね。ベンが天才的歴史学者で、幸運なことに謎解きの第一の鍵となった海泡石のパイプを見つけることが出来たとは言え、あまりにも簡単過ぎるように思う。
ベンの性格設定、特に倫理観については多少のブレがあるように見受けられるし、ベンとアビゲイルの恋物語は取って付けた感が無きにしも非ず。
最大の疑問点は、秘宝の隠された迷宮がニューヨークの地下にあるっていう点。そりゃあ確かに、砂漠だの密林だのに比べて意外性はありますよ。でも、200年前のアメリカであんな巨大な建造物を造ったら、何らかの形で情報が漏れて言い伝えが残っちゃったと思うのです。
古代史なんかだと、秘密の建造物を造った後はそれに関った工事人夫を皆殺しにした、なーんていう伝説もありますが、独立戦争の頃のアメリカでそれをやったら、流石にどこかでバレるって。面白い設定ではあるけど、現実味が薄い。
作り話は出来るだけ嘘を少なくして、いかにも本当っぽく作るところに完成度が表れるものなんだけどな。

とまあ文句を言ってはみるものの、実際にはグダグダと論ったりせず、物語の流れに身を任せてハラハラドキドキを楽しむ映画だと思う。そういう観点からすればとてもよく出来た映画だし、理屈抜きで楽しく観ることが出来ます。
この辺は流石にブラッカイマー制作、まんまとしてやられました。

現在只今ショーンに傾倒中だから、と言うことは置いておいても、敵役であるイアン・ハウのキャラクター設定がとても興味深かった。
秘宝を我が物とするためには手段を選ばず、必要なら盗みも人殺しも躊躇しない…と書くと典型的な冒険映画の悪役キャラな訳ですけど、真の悪党が果たして宝探しなんかするもんでしょうか?
真実かどうか何の確証も無い伝説のために大金を投じ、自ら現場に乗り出すなんて、インディージョーンズの時代ならまだしも、金銭目的でそんな効率の悪い事をする悪党なんて今時いやしません。
イアンが何者なのかは映画の中では明確にされないのですが、お金があるのは間違いないとしても、ギャングなどの悪の組織のボスという感じでも無い。そういった組織の長なら、自ら走り回ったり迷宮の冒険に臨んだりなんかしないで、空調の利いた豪奢な部屋で、部下が首尾よく結果を出すのを待っているだけのはず。
この映画においては、結果的に秘宝は数百億ドルの価値のある品物だったけど、もしかしたらそれは古ぼけた古文書一枚だったかもしれないし、今の時代では何の価値も無いガラクタだったかもしれない。空気に触れたとたん塵となって消えてしまう儚いモノだったかもしれないのです。
そんな「秘宝」を探すことに大金を費やし、自身が額に汗して駆けずり回るなんて、悪人のやることじゃない。
イアンは現世的欲望(=金銭欲)を追求しているというよりは、ベンと同様、宝探しそのものが目的のように思えました。方法論と倫理観の違いによってベンとイアンは袂を分かつのですが、彼らが、似たもの同士であることは間違いない。
それは、トロイ遺跡を発掘したシュリーマンや、ツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターとそのための資金援助をしたカーナボン卿らの系譜を継ぐ、夢と伝説を追い求める男であるということ。
敵役であるイアンにこういった深みのある性格付けをしたことで、ワクワクドキドキの冒険アクション映画であるこの作品に、ほんのりとスパイシーな味付けを加味することに成功しているように思いました。


今日の萌えどころ:

地下迷宮での冒険中、イアンの部下ショーが足を踏み外し、底知れぬ地下に落ちてしまいます。その後、イアンがベンに「俺はお前達なんかより遥かに大事なヤツを亡くしたんだ!」と叫ぶのです。
普通のアクション映画の悪役は、部下が死んだからといってイチイチこんな反応しないよね。ステレオタイプの悪党では無い、イアンの人間性を伺わせる台詞でした。
脚本家グッジョブ!

友情と裏切りと「007/ゴールデンアイ」

    2007.06.03 Sunday| 23:47 |
今日は素晴しく素敵なことがあって、心が踊ってます。
某方から、思いがけない贈り物が届いたのです。いただいた品物は私が今一番興味を持っていることに関連したもので、もちろん物凄く嬉しいのですが、それ以上にそこに込められた気持ちがもっと嬉しい。
その後、またまた宅配便が「お届け物でーす」とやってきました。
何かと思ったら、今度は以前にドールのイベントに一緒に行った友人からの荷物。これがまた、うふふ♪の内容でして。
後日詳細を書こうと思っていたのですが、実は現在、例のドールを一体借り受けているのです。もちろん貰った訳ではなく(あんな高いもの貰えない)、あくまでも里子です。
そのドールの着せ替えのお洋服をいろいろ送ってくれたんですねー。他にも諸々入ってて、嬉しいなったら嬉しいな。


浮かれ気分の今日のお題は、007シリーズです。
実際に観たのはちょっと前だったりしますが、こちらのブログでは続けてショーン出演作を取り上げることになり、結果的にショーン・ビーン祭になっちゃった。
しかーし!ショーンの所為では全く無いのだけど、全体にメチャクチャ辛口な感想だったりします。お好きな方はゴメンなさい。
ついでにネタバレも満載ですので、ご注意あれ。


「007/ゴールデンアイ」(1995年、イギリス・アメリカ)

007シリーズ第17作目、5代目ボンド役ピアース・ブロスナンの1作目です。
正直なところ007シリーズの旧作にはあまり興味は無いのですが、この作品は「カジノロワイヤル」のマーティン・キャンベル監督作品ということで、機会があれば観て見たいと思っておりました。
ストーリーは、まあ、紹介するほどではない…いえ、あのその、取り合えず割愛。
前作から6年のブランクを経て制作され新しいボンド映画を目指したらしいのですが、世界征服を企む判りやすい悪役と派手なアクション、荒唐無稽な秘密兵器、太ももで男の腰を挟んで絞め殺す怪力美女とかの漫画チックなキャラクターなどなど、いかにもなボンド映画です。
現在の眼で見ると、アクションが薄っぺらいし、ストーリーも今ひとつ。物語の重点をどこに置くかのバランスが悪いと思うのです。一緒に観ていた007シリーズ好きの相方には、「10年以上も前の映画なんだからカジロワと比べないように」と何度も言われちゃいましたよ。
うん、比べないよ、比べないけどさ。でも、この作品、007シリーズっていう冠が無かったら単なるB級アクション映画って言われちゃうんじゃないかな…随分とお金の掛かったB級だけど。

ちょっと目新しいなーと思ったのは、006(ショーン・ビーン)というボンドの同僚で親友という存在が出てくること。
006ことアレック・トレヴェルヤンはボンドと並ぶ優秀な諜報部員だったのだけれども、9年前のソ連での任務中に殺されてしまう。ところが彼は英国に深い怨みを持つコサックの血を引いており、死んだと見せかけ、復讐のためにヤヌスという悪の組織(!)を作り上げてボンドと死闘を繰り広げることになる。
この設定がね、実に惜しいのですよ。
006とボンドは親友であったにもかかわらず、006ことアレックは友を裏切って悪に身を投じ、ヤヌスを作り上げる。そこには当然、様々な苦悩や葛藤があってしかるべきなのに、ほとんど説明されないのね。
ボンドもボンドで、親友であったアレックが生きていて悪の組織の首領になっていることにもっと驚いたり動揺したりするのが普通の人間感情だと思うのだけれど、これがまた実にサラッとしか描かれてないの。
二人のかつての友情と一人の一方的な裏切り、不倶戴天の敵として戦う立場になった苦悩や感情のせめぎ合いなどをもっと細かく描写したら、単なる娯楽アクションを超えた深みのある作品が生まれたのではないかと思ったのだけれども。
でもそれだと、この当時の007映画としては認められないんだろうな。やっぱり。

12年前の作品だから、ショーンは当然若々しい。顔に火傷を負ったという設定で、顔面の1/3くらいに引き攣れがあるんだけど、それでも十分素敵です。
ストーリー的には、アレックに火傷があるという必然性があまり無いように思えるのよね。本人がそれを気にしてたり、恨んでる風もあまり無いし。
あれかしら、この頃のショーンが男前過ぎて、火傷で多少顔面を損ねておくくらいでないと、女性ファンの気持ちがボンドよりアレックに持ってかれちゃうからとか?わっはっはー。

神になろうとした男「アイランド」

    2007.06.01 Friday| 23:53 |

先週からこっち、夢中になって映画を観てました。
何を観てるかって言うと、「ロード・オブ・ザ・リング」だったりします。今更ながらで言うも恥ずかしいのですが、これがまた面白いのなんのって。ホント今更過ぎて、ハマりそうなんて口が裂けても言えないね。って、言ってるけど。
取り合えず、2作目の「二つの塔」までを観終わりました。「キング・アーサー」の際に学習したので、劇場版ではなくスペシャル・エクステンデット・エディションを借りてきた。DVD二枚組みで一作ずつがやたらと長いのに多少面食らいつつも、一通り観終わった後にコメンタリーを聞くために即刻観直すという、お前、それってすっかりハマッてんじゃん状態。
感想は三作目を観終わってから、脳内でじっくり熟成させて書こうかと思ってます。
まあ、ここまでくればおおよそ見当がお付きかもしれませんが…えっと、ショーンとヴィゴって素敵だね!(←満面の笑顔で)
と言うことで、例によって例の如く、プチ祭がこそっとスタートいたしました。さあ、先は長いぞ険しいぞ。

今日は、行きつけのレンタル屋さんで、旧作DVDレンタルが100円の日でした。
るんるん♪(我ながらいい加減キモイです)とばかりにLotRの第三作「王の帰還」を借りに出かけたら、全作貸し出し中…。
100円があだになったぜ。ここのレンタル屋は24時間営業で仕事前に借りに行けるという最大のメリットがあるのですが、もう一軒のレンタル屋は駅を挟んで正反対に位置してるし営業時間も午前10時から。借りる気満々、観る気満々だっただけにがっくりでしたが、せっかく行ったし100円(しつこい)だしね。
と言うことで、借りてきたのが「アイランド」。借りた理由はショーン・ビーンが出演してるから。ショーン出演作で観たいのが他に沢山あるんだけど全然見つからないし、あったと思ったら貸し出し中だしと言うことで、取り合えず。


「アイランド」(2005年、アメリカ)

2019年、汚染された外界から身を守るべく、安全に管理されたコミュニティで生活する人々がいた。リンカーンやジョーダンをはじめとする居住者の夢は、地上に最後に残された楽園「アイランド」に移住すること。アイランドへの移住者は抽選によって選ばれ、選ばれた人物は皆の垂涎の的となるのであった。
ある時リンカーンは、外界から迷い込んできた一匹の虫の存在によって、外界の汚染について疑問を抱く。好奇心と疑念から
密かに調査を始めたリンカーンは、自分達が臓器移植のために作られたクローンであり、「アイランド」の実体はクライアントへ臓器を提供するための摘出手術であることを突き止めてしまう…。


設定的にはいっそノスタルジーを感じられるほどの、典型的近未来SFという感じでした。始まってすぐにオチは読めちゃうんだけど、物語前半で描かれるクローンたちの日常生活や施設内の様子などが丁寧に作りこまれていて、惹きつけられます。
自分達がクローンであり、いづれはクライアントのために臓器摘出される「製品」でしかないと知ったリンカーンとジョーダンの驚愕や悲しみ、恐怖がよく伝わってくる。主役二人以外の登場人物も表情豊かでキャラクター設定がきちんとしていて、物語に深みとアクセントを添えています。
ところがですが、後半は一転してハードアクション映画になっちゃうの。割と早々と施設からの脱出に成功しちゃうのであれって思ってたら、その後は延々といかにもハリウッド的な追っかけっこです。
観ていて飽きるってことは無いんだけど、前半部分には確かに存在している硬質なSFの持つひやりとした空気感、例えばSF映画の古典「ソイレント・グリーン」のような雰囲気からあまりにも一変しちゃうので、ありゃりゃっていう感じ。
人工的に作られた存在であることを知ってしまったクローンの苦悩、生命を単なるモノとして扱おうとする人間のエゴイズム、人々を病気や死から開放しようとする研究者の高邁な理想と、不老不死を望むセレブリティたちの欲望…深く描こうとすればいくらでも深く描くことの出来る題材なのに、前半部分と整合性の薄い派手なアクションシーンのお蔭でかえって薄っぺらくなってしまっているような気がしちゃったよ。
セットや人物設定を非常に考えて作りこんでいるのに対し、物語の展開が偶然に頼りすぎているのも疑問。外界を全く知らずに純粋培養されたクローンが、あんなに上手いこと逃げたり闘ったり、世渡り出来るものかしら…??
2時間16分と結構長いのですが、退屈はしません。面白いし、ハラハラドキドキで十分楽しめる。でも、もうちょっと頑張れば、とても深い物語が出来たのでは?という気がしちゃうのね。惜しいなー。

お目当てのショーン・ビーンは、このクローン施設を作り上げた張本人のメリック博士役です。
天才科学者で実務的な手腕も持った人物という設定のためか、実年齢よりも上の雰囲気に作ってるみたい。同じ年に公開された「フライト・プラン」の機長役に比べても、ちょっとフケた感じです。
でも、やっぱり声が良い。スタイルが良い(←ちょっと前まで「イカツイおっさん」とか言ってた癖に。ゴメンなさい、ゴメンなさい…)。

クローンによっていずれは不治の病を治す事だって出来るようになる、これは人類にとって必要不可欠な研究なんだとメリック博士が語るシーンがあります。クローン事業は莫大な収益を生み、今や国家的事業となっているのですが、彼の目的が利益追求だけではないことが示されている訳です。
病や怪我を克服し老いや死から開放されること、それは太古の昔からの人間の永遠の望みですが、生命の神秘、自然の理に人が介入することは、ある意味で禁忌でもあります。それは人が決して踏み込んではいけない、神の領域なのかもしれない。メリック博士はその禁忌に挑戦しようとして、道を踏み外してしまった人物なのでしょう。
この辺を膨らましたら、もっと物語に深みが出たかもしれないなって思いました。例えば、メリック博士が自分の子供や大切な人を病気で亡くしてるとか、ありがちだけどそういったエピソードを少し入れて。そして、アクションシーンは手短に纏めて。

そうそう、メリック博士ってば施設で一番偉い人のはずなのに、終盤では肉体労働もしてましたよ。
一度は逃げ延びたのにクローンを解放すべく乗り込んできたリンカーンと、一対一での肉弾戦。さすがの迫力で、ユアン・マクレガー、ちょっと貫禄負けしていたような。いや、もちろんやられちゃうんですけど。

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