ヴァージル・コールという男〜「アパルーサの決闘」その2

    2009.06.28 Sunday| 02:09 |
と言うことで、やっぱり一回では終わらなかった「アパルーサの決闘」感想その2でございます。
昨日分の記事ではあまり触れることの出来なかった主役のヴァージル・コール(エド・ハリス)について、今夜は言及したいぞと。

この種の映画の主人公の常としては、男らしくて腕っ節が強くて世間知もあって、男前で女になんてもちろんモテモテ、行く先々で美女に纏わりつかれ…の筈なんだけど、コールはどうやらそうでもなかったらしい。
女は娼婦と先住民族の女しか知らないとヒッチに語ったところをみると、普通の女性と普通に恋愛してといった経験は皆無だったらしく、その所為でアリーに対してあんなに盲目的になってしまったのかと思うと目頭が熱くなりますよ、ホント。
先にも触れたけど、映画の中では語られることの無かったコールのこれまでの人生が、垣間見えるような気がする。
両親の愛情に包まれた子供時代を過ごし、近所に住む幼馴染の少女に淡い初恋を覚え、やがて成人して慎ましやかな美しい娘と知り合い、彼女との結婚と幸せな家庭を夢見る…なーんてことは、コールの人生には全く縁が無かったのではないかしら。
もしかしたら学校にもあまり通えず、だからこそ言葉も知らず難しい言い回しも出来ず。保安官としての職務を遂行する上で必要な知識や経験だけを、必死で積み上げてきたのではないかと考える訳です。
コールがヒッチに語った中で、興味深い台詞がありました。

「お前が銃の腕で俺やシェルトン兄弟に劣るのは、お前が感情を優先するからだ。俺は感情的にはならない」
「(これまで職務を遂行する上で法律を意識したことはなかった、と言うヒッチの言葉を受けて)俺はいつだって法律を踏まえて仕事をしていた」

※うろ覚えです。大体こんな感じの台詞だった…はず。

この二つの台詞、映画の中のコールの在りようとはむしろ真逆なんだよね。
コールはアリーとの恋愛においても仕事上でも感情表現があからさまで、非常にわかり易い。そりゃあ銃を撃つ時は違うのかもしれないけど、ヒッチに比べるとむしろ激情家に思える。
常に法律を意識してるとの台詞だって、かなり疑問。酒場でのちょっとした行き違いでブラッグ一味とは関係無い住民に暴力を振るい、挙句、謝りもせずにヒッチが尻拭いをしてるくらいだから。矛盾しまくってる。
本人的にはそういうつもりは毛頭無くて、弱きを助け強きを挫き、いつだって真剣に職務を遂行しているんだろうけど。…能天気とはちょっと違うなあ、一本気っていうだけでも無い。うーん…不器用で天然?
でもまあ、そうした欠点も含めてそれがコールという男であり、相棒のヒッチはそういった彼の事情や性格を汲んだ上で、さりげなくフォローに回っていたのではないかと思う訳です。

コールが「男らしくて腕っ節が強い」男なのは間違い無いけれど、保安官という肩書きを背負っていてもその職務内容は荒っぽく、人を殴り時には殺すことさえ珍しくない。
開拓時代の西部は女性の数が少なく女日照りが常態だったと聞くので、そういった環境下、コールのようなタイプの男がごく普通の一般家庭の娘と親密になれる可能性がごくごく低いのは想像に難くない。必然的に彼が知っている女は娼婦や酒場女、先住民族の女性、性的関係を別とすれば埃にまみれて働きづめの農婦たちに限られてしまっていたのではないかしら。
そんなコールの前に現れたアリソン・フレンチは彼が身近に知り得た、そして触れることの出来た唯一かつ初めての淑女だったに違いない。
コールはアリーが美しく賢くピアノが上手くて家庭的で料理が上手くて清潔好きのレディだと信じこんでしまった。そしてそれがコールの思い込みで、アリーが偽者の淑女であること、図太くてしたたかな嘘つき女だということに気付いても、一本気なコールには縋りつくアリーを切り捨てることは出来ない。
例えそれで、自分自身の生き方を変える羽目になったとしても。

とまあこのように考えることで、「コールは何故あんな女に夢中になってしまったんだろう?」と言う、多分この映画を観た方の99%(1%くらいは盲目的レネーファンがいるかも、という推測)が思うであろう疑問を私なりに解決してみたんだけど、ここで一つ問題が発生。
エド演じるところのヴァージル・コールが、無教養で考え無しに感情に走るところがあって多少天然で、単純明快で朴訥な凄腕ガンマンに…全然見えないんだよお(泣)。 たらーっ
エドの演技がどうこうでは決してないんです。
上手に言葉が出てこないコールが、ヒッチに視線を送っては「何だっけ?」という表情をするところなんて、実に自然で可愛らしくさえあって。アリーのみえみえの媚にでれっと蕩けたようになるところなんて、朴訥どころか純情可憐にすら見える。
でもね、それでも演じているのはエド・ハリスなんだよね。観てるこちらが持っているエドもしくはエドの演じる役柄のイメージは天然とも無教養とも朴訥とも程遠くて、逆に理性的・知的・冷徹というほうに天秤が傾きまくっているからねえ。
その辺りにどうにも違和感がある。それは演技力以前の問題なのです。どんなに巧みに演技する役者でも、役柄に合わなければどうにもならないと言うのは確かにあるんだなと思ったような次第。
エドがこの原作に惚れ込んで、最近はアメリカでも下火だと聞く西部劇の復権を期して製作・監督・脚本を手掛けたその気概は十分判るんですが、このヴァージル・コールの役柄はエド・ハリスという俳優にはニンが合わなかったのではないかなあ。残念。
先日観た「グラン・トリノ」の印象が強い所為もあるけど、この役柄って20年くらい前のクリント・イーストウッドならドンピシャリだったのではないかと。

済みません、まだ終わらないんだけど時間切れ。 撃沈
明日こそジェレミー・アイアンズについて、コールとヒッチの友情について、そして映画全体の総括をしたいぞと。
コメントレスもその際にさせていただきますので、暫しお待ちいただけると幸いです。

様式的物語の中に潜まされたリアル〜「アパルーサの決闘」その1

    2009.06.27 Saturday| 01:13 |
「Quantum of Solace」海外版DVD発売から早や数ヶ月。
意地悪っこいソニーが、ブルーレイを先行発売しやがったのが先週のこと(きゃんさんちにはブルーレイが観られたりいろいろ楽しい魔法の箱がありません)。
待って待って待ちかねた「007/慰めの報酬」日本版DVD、本日ようやく発売になりました!
ひゃっほーい!
早速、今夜、ワクドキしながら観ました。やっぱりボンドはしみじみ格好良い。久方ぶりのボンドさんとの再会で、自分的原点に返った気分になりました。でもって、感想&与太話もろもろ書きたいことは多々あれど。
じーつーはー、24日にヴィゴが出演している「アパルーサの決闘」DVDも発売されているのです。
そちらの感想を昨晩までに上げるつもりだったのが、例によって長くなって書き上げることが出来なかったんざんす。先ずは今夜はそちらを仕上げてから、明日以降、慰めの報酬DVDについての記事を書く所存。
慰め〜はまだ特典映像も観てないしね、そちらを観てからじっくりと。



浮かれて、「アパルーサの決闘」と「007/慰めの報酬」のパッケージ写真を写してみた。
慰めのパッケージはメタル仕様(?)なので、ギラピカと輝いております。


と言うことで、あらためまして「アパルーサの決闘」です。
昨年の「イースタン・プロミス」と「アラトリステ」に続いてのヴィゴ出演作日本公開!…を期待していたのに結果的にはDVDスルー、少しばかり、いや、相当にがっかりさせられたのですが、それでもようやく、6/24にDVDが発売になりました。
午前中の早い時間に飛脚さんが届けてくれまして、終日気もそぞろに仕事をこなしたわたくしめ。この日ばかりは残業もせず、とっとと夕食を済ませて先ずは第一回目の鑑賞会と相成りました。
通して観たのはまだ一回きり、じっくり検証するには至ってないし、特典映像も全ては観てないんですが、もたもたしてたら「慰めの報酬」が来ちゃうし、来ちゃったし。
と云うことで、見切り発車的ではありますが大急ぎで感想をしたためたいと思います。
今更言うまでもなく、ネタバレ大爆発。
未見の方、ネタバレNGの方は回れ右にてお願いいたします。

それと、私は映画本編を鑑賞したのみで、原作小説「アパルーサの決闘」は未読です。それゆえに、おかしな論説に発展する可能性もありますが、ご容赦ご勘弁。
原作を読まれた方で何かお気づきの場合には、そっと耳打ちしていただけると幸い。

アパルーサの決闘 特別版 [DVD]
アパルーサの決闘 特別版 [DVD]

「アパルーサの決闘」(2008年、アメリカ)
かつては夢と希望に溢れていた西部の町アパルーサは、今や悪漢の牧場主ランダル・ブラッグ(ジェレミー・アイアンズ)とその手下たちがのさばる無法の町と化していた。
保安官がブラッグに殺され、町の有力者たちは新しい保安官を雇い入れる。新たに就任した保安官ヴァージル・コール(エド・ハリス)とその相棒エヴァレット・ヒッチ(ヴィゴ・モーテンセン)は、凄腕で知られるガンマンだった。
コールとヒッチは就任早々からブラッグ一味に手厳しく対抗、町の人々も二人に期待を掛ける。
そんなある日のこと、町にふらりと一人の女が現れた。たった1ドルの現金しか持たずに列車から降り立った彼女はアリソン・フレンチ(レネー・ゼルヴィガー)と名乗る未亡人、コールは一目で彼女に魅せられてしまう。職や住居などアリーのために手を回すコールに、相棒のヒッチは応援しながらも彼女の存在を危惧する。
コール&ヒッチ対ブラッグ一味の対立は日々激化するが、コールの立てた作戦が功を奏してブラッグ逮捕に漕ぎつく。そしてブラッグには絞首刑の判決が下った。
処刑場までブラッグを連行するため汽車に乗り込んだコールとヒッチだったが、途中、思わぬ人物に遭遇する。それは昔馴染みの凄腕ガンマン、シェルトン兄弟だった。ブラッグ一味に雇われたシェルトン兄弟は、アリーを人質にブラッグの解放を要求する。
苦渋の選択の末、ブラッグを解き放つコール。逃げたブラッグとシェルトン兄弟、連れ去られたアリーを追って、コールとヒッチの大追跡が始まる…!



西部劇は幼少のみぎり、テレビの洋画劇場などでよく観ておりました。
当時は登場人物のどれもこれもが理に合わない愚かな行動を取るように思えて、どうにも納得がいかず、正直あまり好きではなかったのでした。
ヒーローは腕っ節が立つだけで脳みそ筋肉だし、ヒロインは何かって言うとワーキャー騒いで攫われるだけだし、悪漢はとことん乱暴で人間的感情を持っていないがごとくだし(←どの映画が具体的にどうのっていうことではなく、子供ながらに抱いたあくまでも個人的なイメージです)。
理屈っぽくてマセた子供だったということもあるし、今にして思えばああいう男臭い世界に拒否反応を持っていたんでしょうねえ。

少し大人になってから観る機会があり、思ったのは、これはある種の様式美なんだろうなと。
日本で言えば時代劇(実際に西部劇はアメリカにおける時代劇な訳ですが)、大河ドラマのような歴史劇ではなく捕り物帳とか水戸黄門のような単純な勧善懲悪の、もしくは木枯らし紋次郎や子連れ狼のようなアンチヒーロー的なものであれ、いずれによせパターン化された物語。
時代劇なら江戸の町並み(もしくは貧しい寒村)、御家転覆を図る悪家老と強欲商人、囚われの姫君に可憐な町娘、白刃閃き斬り倒される用心棒、遂には捕縛される悪漢ども、剃り上げられた月代も青々しい水も滴るいい男。
それが西部劇なら砂塵吹きすさぶ寂れた田舎町、早撃ちを競う腕自慢のガンマンたち、荒くれた無法者、襲い掛かるインディアン、運命の女、そして決闘、夕日の沈む荒野ってとこでしょうか。
私の場合にはある程度大人になって様式美と云う概念を理解することが出来てはじめて、パターン化された物語ならではの面白さ、収まるべきところに収まるが故の安心感と心地良さを、ようやく理解できるようになりました。
…とは云え水戸黄門的な時代劇は今でもイマイチ苦手、逆に大好きなのが「鬼平犯科帳」のような人間の生き様を描いた時代劇。時代劇としての様式の中にも人が人として生きている、物語の単なる駒ではなく血肉を備えた生きた存在として人が描かれている物語がやはり好きです。

話を大戻しして「アパルーサの決闘」ですが、非常に丁寧に作られた西部劇と云えるのではないかと思います。
昔々に観た西部劇の内容は正直うろ覚えですし、マカロニ・ウェスタン(ハリウッド映画より、はっちゃけた内容だった)とも記憶が混合しちゃって曖昧になっている所為もあるんですが、「アパルーサの決闘」におけるコールやヒッチのような感情表現、繊細な心の動きというのはあまり見られなかったような。
当たり前と云えば当たり前、何せ演じているのがエド・ハリスとヴィゴ・モーテンセン、天下の名優二人ですからね。昔ながらのパターン化されたドンパチだらけの西部劇、単純明快な「男の中の男」の映画なんぞ、作るわけも演じるわけも無い。
特にと云うかやはりと云うか、ヴィゴが演じるところのエヴァレット・ヒッチの役どころが非常に良いです。
長年の相棒であり親友であるコールにあれこれ気を配り、陰日向に助けることはしても、それを表立って大げさに現すようなことは決してしない。
だって、コールもヒッチも一人前の男ですからね! 腕自慢の大の男が、一羽きりの雛を抱えた心配性のメンドリみたいに寄るな触るな近づくなと鳴き喚いたりする訳もない。
コールがアリーと出会い恋に落ち、意外なほどの純情と人の良さぶりを晒してしまった時も、ヒッチは少し困ったような表情を顔に浮かべながら、それでも黙ってコールの後押しをするのです。
アリーがしょうもない女であることをヒッチはちゃんと判っていて、それでも、コールの選んだ女、コールの選んだ生き方を否定することは絶対にしない。それはヒッチが、コールと云う男を心底信じ尊重しているから。
こういう繊細で奥行きのある男を演じさせたら、本当にヴィゴって天下一品だと思う。ヒッチの中に渦巻く様々な感情を、ちょっとした仕草や目線で完璧に表現していました。
それでもってこれまた今更何を言う!ってなもんですが、ヴィゴって本当につくづくスタイル良いよねえ。
腰の位置が高くて体全体のバランスが良くて、細いんだけど細過ぎず。そして何より足の形が良くて長い。いや、知ってますけど、知ってましたけど、そんなん。それでもやっぱり、格好良いのよ。
最初はやぎひげヴィゴはちょいと老けてるねえ、なんて思ってたんだけど、途中からやっぱりヴィゴは格好良い!になっちゃった。
いや、老けてるのは老けてるのよ。素のヴィゴより十は老けてみえるんじゃないかなあ。陽射しは強いし埃っぽいしでお肌はかさかさだし、何せあのやぎひげだし。ただ、それもわざとかなって思ったのです。素のヴィゴとエドが並ぶと、ヴィゴの見た目が圧倒的に若過ぎちゃう(実際には8歳違い)。でも、この映画の中だともうちょっと年が近く見えて、コールとヒッチとして並んだ時にバランスが良い。
ヴィゴの身のこなしの綺麗さは相変わらず随所に現れておりましたが、ラスト近くの決闘シーン、銃を構えたヒッチの立ち姿の様子の良さと言ったら半端無いったらない。真剣で深刻なシーンだというのに、観ていて思わず顔がにやけてホニャラカになってしまったよ。
実際に観てもらえば一目瞭然なんですが、結構ギリギリなポーズなんですよ。モデル立ちと言うのか、もうちょっとで単に格好付け過ぎでキザになっちゃう、その一歩手前。
しかし、そのギリなラインを決して踏み越えず、あくまでもリアルに格好良く出来ちゃうのがヴィゴなんだよねえ。
「アラトリステ」の帽子を投げるシーン、予告編やCMで盛んに流れていたので本編を観ていなくても眼にしたことのある方は多いと思うのですが、あの凄まじいまでの格好良さを脳裏に思い浮かべてください。ヒッチの決闘シーンの素敵さと言ったら、カピタン帽子投げシーンと同じくらいのレベルで格好良かったです。
「アラトリステ」と言えば、アラトリステの恋人マリアを演じたアリアドナ・ヒルが今作でもヒッチの恋人だか情人だか女友達だかの役柄で登場します。
酒場女(娼婦?)なんだけど、ヒロインよりよっぽど魅力的でした。物語の中でヒッチもそう考えてたみたいだけどね!

話が巡って辿り着いたので、ヒロインのアリーについて。
アメリカで公開された時、エドとヴィゴは良いけどレネー・ゼルヴィガーがちょっとばかりアノソノらしい、と言う話題を耳にしておりました。
曰く、魅力が無い。曰く、男たちを手玉に取る魅惑の女に見えない。
確かにレネー・ゼルヴィガーって美人女優というタイプではないけど、そんなに酷いんかしら? と思いつつ観始めたのですが…最初の登場シーンで驚きました。確かに美人じゃない、って言うよりはっきりきっぱりブ〇〇クではないか!
そのブ〇イ〇なアリーに、コールが直ぐさまめろめろになってしまうのが解せない、腑に落ちない。これがアメリカでのレネー悪評の所以なのねと確信しつつ、エド・ハリスともあろう人が何だってそんなミスキャストをしたんだろう?と疑問を抱きつつ鑑賞を続けたのですが。
途中で考えが180度変りました。アリーってもしかして、そういう女ってことでいいんじゃない?
気付いたのはヒッチ故です。コールはアリーを美人で賢くてピアノが上手くて家庭的で料理が上手くて身奇麗でと絶賛しまくるのですが、その度にヒッチが実に微妙な顔をする。
それでもって、コールがうっとりと惚気る後ろで流れるアリーの弾くピアノは…調子っぱずれ。せいぜいツェルニーかソナチネ(ピアノの初歩の練習曲集)程度の腕なんだよね、アリー。お金を貰って人前で弾くレベルじゃない。それに気付いた瞬間に判りました。そうか、アリーってそういう程度の女なんだ、そう云う設定なんだって。
決して美人とは言えない容貌、ヘタなピアノ、一見おしとやかな実はワザとらしい行儀振る舞い、ミエミエの媚。酒場女のケイティにアリーの胡散臭さを指摘されたってことはあるけれど、ヒッチにもそれは直ぐに判ったんだと思う。気付かなかったのはコールだけ。
コールの相棒で無二の親友であることを知っていながらヒッチを誘惑し、撥ね退けられるとヒッチを今度は悪者にしようとするアリー。コールが身近に居ないとなると、今度はシェルトン兄と即効で懇ろの仲になってしまう尻軽なアリー。
コールはその全てを知ってしまってからもアリーを見放さず、共に暮らそうとします。最初は「なんでまたこんなどうしようもない女に…」と思って観てたんだけど、だんだんにコールのこれまでの人生が朧に判るような気になってきた。
コールはアリーと出会うまで、娼婦か先住民族の女としか付き合ったことが無いとヒッチに告白してました。そしてどうやら学も無いらしく、適切な言葉を口にすることが出来ずしょっちゅうヒッチがフォローしている。
コールは相当に貧しい生まれ育ちだったのではないかと推測。母親は多分娼婦か酒場女で、もしかしたら私生児だったのかもしれない。まだ子供と言っていい年頃から腕と度胸だけで自らの人生を切り開き、流しの保安官(…だよねえ?)の仕事にありついてからも家庭的なことや文化的なこととは全く無関係に生きてきたのではないかと。
だからと言って、自分には与えられなかった穏やかで豊かな人生に関心が無いわけではなく、ある種の憧れを抱きながら、人を殺すことを仕事として生きてきたのだと思うのです。逆に言えばそういった真っ当な生き方を尊重する気持ちがあるからこそ、コールはいかに腕が立ってもブラッグ一味やシェルトン兄弟のような悪党になることは無かった。
アリーはコールが密かに夢見てきた、穏やかで豊かな人生の象徴のようなものだったのではないかと。金髪に白い肌、酒場女とは違うしとやかな態度と服装、ピアノが弾けて物事をいろいろ知っていて、清潔好きで家庭的で。それはかなりの部分でコールの過剰評価ではあるのだけれども、本当の淑女を身近に知らないコールにとってアリーはまさに、地上に降りてきた天使に見えてしまったんじゃないかな。
コールがヒッチに言ったので印象に残ったのが、こんな台詞。
「アリーは毎日寝る前に風呂に入るんだ!」
これを本当に誇らしげに嬉しそうに言うのです、コール。
コールよりもうちょっとだけ世間も女も知っているヒッチには、コールの心情もアリーの真実も見えてしまった。だからこそヒッチは、アリーに惹かれ振り回されるコールに苦言を呈することもせず、見守り続けたんだと思う。
コールだって騙されっぱなしじゃない。シェルトン兄弟とブラッグが逃げた時、アリーは既にシェルトン兄とも関係を結んでいた。全てがバレた後、アリーは生きるために仕方が無かったとコールをかき口説くけれど、コールはもうアリーが天使じゃないことに気付いてしまった。それでも、コールはアリーを捨てられないのです。
「あいつは男無しでは生きていけない」「俺が先に死んだら、あいつを守ってやってくれ」とヒッチに頼むコールの心情が、実に切ない。

実際に作品を観るまでは、魔性の女アリーが主人公コールと相棒のヒッチ、それでもって悪党連中の全てを手玉にとって翻弄するという展開だと思い込んでおりまして。
でもまあ上記の通り、実際には全然違っておりました。ヒッチはアリーに対して終始冷静な視線だし(アリーに迫られてキスはしてたけどね。ブチュッとね)、悪党どもがアリーと関係を結ぶor関心を持つのはアリーがコールの女だからというのが最大の要因だと思う。
まあ、そもそも西部は女日照りの地ですゆえ、娼婦でもないのに簡単に身を許す女がいたら、そりゃあ、多少の難はあっても手を出してくる男が尽きないのは当然のこと。
アリーも本当は可哀想な女なんだと思う。確かに生まれ育ちはそこそこ良かったんだろうし、もしくは生まれはどうあれ上流階級の家で小間使いや女中をしてたとか、そういう経緯があったのではないかと。
でも、例えば家が没落したとか男運が悪くて落ちぶれたとか、そういった理由があって今のこのアリーになってしまった。
「間違った男を選んでしまう」とアリーが嘆くくだりがあるのだけれども、彼女が望んでいるような金持ちで学のある立派な紳士がいたとして、アリーがその男に選ばれることは決してないと思う。そういった男が選ぶのは、育ちが良くて若くて綺麗な女。例えば、特典映像の未公開シーンに登場する技師の若妻のような。この女性がまた、嫌味なほどに若くて綺麗な女優さんだったんだけどね。
アリーは決して美人じゃないし、既に若くも無く身体の線も崩れ始めている。実はピアノだって大したことはないし特別なとりえも技術も無く、しかも貧しい。そもそもこの時代に女が身一つで西部の町に移り住むなんて生半可な覚悟では無いはず。それでも彼女にはそうしなければならない何らかの、止むを得ない理由があったはずなのです。
そして、彼女はやってのけた。たった1ドルしか持たずにアパルーサの町に降り立ち、あっという間に男を誑かし、職と住居を得た。
それだけしたたかな女なのにアリーは自分一人で人生を切り開こうとは思わないし、しない。男に頼り、縋って、生きていくことを望むのです。そのためには身体も投げ出すし、心だって切り売りする。恥をかくことも平気、裏切りや嘘がばれたりしても全然へっちゃらで、媚びた笑顔を振りまき続けるアリー。
その姿は美しいどころかむしろ醜悪で眉を顰めてしまうほどなのだけれども、しかし、その強烈な生命力には圧倒されてしまう。
アリーがそもそもそういった女であると仮定した場合、レネー・ゼルヴィガーは見事にアリーを演じきっていたように思う。そして、美しく妖艶な魔性の女ではなく、呆れるほどに図太く逞しい女をヒロインとした、エド・ハリスの手腕に感心してしまったのでした。
落ちた果物のごとき甘ったるい腐臭を漂わせたアリー、人生の崖っぷちに立った女の凶悪なまでのふてぶてしさ こそが、様式映画であるはずの西部劇の中にリアルを生み出しているのです。
ファンタスティックな美貌の女の姿では表現しきれない、人が必死で生きることの苦しみや切なさそして諦念が、アリーの醜い生き様によって確かに描かれておりました。

うんぎゃあ!アリーについてこんなに長々と書くつもりなんて無かったのにー。
主役のコール=エド・ハリスについて、悪役のジェレミー・アイアンズ、そして何より肝心要であるコールとヒッチの篤い友情について全く触れてないではないか!
と言うことで、この項、明日に続きます。「慰めの報酬」は…明後日以降!

ヴィゴ主演「The Road」、予告編がついに登場!

    2009.05.16 Saturday| 01:22 |
すっかりサボリ癖が付いてしまったわたくし。
もうそろそろ「グラン・トリノ」と「ミルク」の感想書かなきゃ、内容忘れちゃうよなあ。そろそろ上映終わっちゃうかもだしなあ。特に「ミルク」が危ないよなあ。「バーン・アフター・リーディング」もうかうかしてたら、近所の映画館が軒並み、夜の部上映しかなくなっちゃったんだよなあ。

などとツラツラ考えておりましたところ、本日、情報キャッチ!
ヴィゴ主演作、昨年11月公開のはずがいつまでたっても公開予定がはっきりしないまま、ファンをヤキモキさせている「The Road」の予告編が公開されましたよ!
以下の記載には、原作および映画のネタバレが大いに含まれます。日本公開まで絶対ネタバレイヤン!な方は、スルーのほど。

★コーマック・マッカーシー原作「ザ・ロード」、予告編第1弾!(allcinema)

アカデミー賞受賞作「ノーカントリー」の原作者コーマック・マッカーシーのピュリッツァー賞受賞の傑作『ザ・ロード』の映画化「The Road」の予告編第1弾が公開された。
原作は、人類の大半が死に絶え、生き延びた人間たちもわずかな食糧を求めて非道を繰り返す終末世界で、寒さを逃れて南へと宛のない旅を続ける一組の父子を主人公に、飢えや他の生存者の襲撃から愛する我が子の命と人間性をただひたすらに守り通そうとする父親の絶望的な運命への抗いを、冷徹な描写で描ききった衝撃のサバイバル・ロード・ノベル。
全米公開が昨年秋から1年先延ばしにされた本作だが、最初のレビューとなるエスクワイア誌では早くも“今年最も重要な1本”と評されるなど公開に向けてその期待が高まっている。
主演はヴィゴ・モーテンセンと Kodi Smit-McPhee、共演にシャーリーズ・セロン、ガイ・ピアース、ロバート・デュヴァル。監督はジョン・ヒルコート。(allcinemaより引用)


★「The Road」 Theatrical Trailer (Yahoo! MOVIES)

★You Tube : The Road (Trailer2009)


昨年来、画像はちらほらネットに上がっておりましたが、ようやく映像を垣間見ることが出来ました。
2分30秒とごく短い映像ですが、その中にもかなりショッキングな内容が含まれております。
この映画、レイティングはどうなるのかなあ。原作には直接的なグロい描写は無いんですが、極限状態の人間の有様を描いているだけにエグくないとは決して言えない。
暴力シーンは絶対にあるはずなので、PG-12にはなっちゃうだろうな。興行的なことを考えれば、R-15にならないよう編集するだろうけれども。
公開日については先ごろより10月との噂でしたが、この予告編のラストに「10月16日公開」と出るので、これで決定だと思われます。時期を考えると、これまた噂通り、オスカー狙いってことなんでしょうねえ。
はてさて、日本に来るのはいつ頃になるやら。

原作の「ザ・ロード」は、昨年、日本版が出版された際にかなり話題になっておりました。
新聞でも雑誌でも書評が出てたし、私のチェックした限り、100%絶賛されておりました。しかも、辛口で有名な評論家や作家も皆全て褒めてましたからねえ。
原作をヘタに弄ることなく忠実にその世界を描きさえすれば、絶対に素晴らしい作品になるはず。しかも、物語と役柄を深く深く掘り下げて解釈して演じきることに関しては、当代一と言っても過言ではない(と私は信じてる)ヴィゴの主演だもんね。
原作を読んだ方ならご納得いただけると思うんだけど、この「ザ・ロード」でヴィゴが演じている役柄、まさか「あて書き」?って疑っちゃうくらいにヴィゴのイメージなんですよ。暫く映画をお休みする筈だったヴィゴが、脚本を読んでお休み撤回しちゃったくらいですからね。

ああああ、本当に日本ではいつ観られるかなあ。もしもスタジオの思惑通りにオスカーに絡んだとしたら、公開は多分されるだろうけれども。この場合、100%と言い切れないのが日本での洋画の配給状況なんですが。
年内…は無理だろうなあ。お正月映画…にするには内容が暗いなあ。
せめて、来年の前半までには観たいものですが。果して?

原作「ザ・ロード」については以前にこのブログでも取り上げております。
よろしければ、ご覧くださいませ。今更言うにも及ばないかもですが、思いっきりネタバレですぜい。そこんとこよろしく。

★容赦無く残酷で途轍もなく美しい〜「ザ・ロード」(当ブログ、2008.8.6)

「アパルーサの決闘」DVD発売決定!〜スクリーン上映は無しなのね。

    2009.05.07 Thursday| 00:27 |
月曜日の記事で触れましたが、ヴィゴが出演したエド・ハリス監督作品「Appaloosa」はDVDスルーが決定した模様…ちょぴし、いや、かなーりがっかりしたわたくしです。

昨年は「イースタン・プロミス」と「アラトリステ」の二作品が日本公開になり、雑誌記事によるとEPは上映館が少なかった割には観客の入りが良く、興行収入的にはまあまあだったとのこと。
上映館を抑えることで一館当たりの動員数を増やすと言う作戦は、昨年のオスカー受賞作「ノーカントリー」が日本公開された際にも使われた手法だとか。
洋画に観客が集まらない昨今、上質なれど一般向けでは無い映画を効率よく配給し、少しでも興行収入を上げるための配給会社の苦肉の作戦らしい。
何でも「イースタン・プロミス」は予算の都合で、日本で公開する上でのフィルムを10本程度しか用意しなかったらしいのです。そのため先ずは東京や都市圏で先行して上映し、徐々に地方の映画館を巡回させたんでしょうね。
「アラトリステ」については興行収入の情報が全く掴めなかったんですが、上映館が少なかったことと、最初は都市部で上映し徐々に地方でと云った流れがEPとほぼ同じなので、多分、配給会社の意図としては同じようなものだったのではないかと。
ちなみに「アラトリステ」は5/8(金)まで、東京の新橋文化劇場にて公開中です。
まことに残念なことに私は何をどうやっても都合がつかないのですが、都内に通勤通学の方でご都合のつく方はどうぞ。
大きなスクリーンでカピタンを観ることの出来る最後の機会かも、ですぞ。

話がそれましたが、まあ、そんなこんなで昨年は二本もヴィゴ作品をスクリーンで拝むことが出来たし、何と生ヴィゴも拝めたしだったので、今年も是非!と甘ーい期待を抱いていたのですが。
話がようやく戻って「Appaloosa」、「アパルーサの決闘」の邦題にてDVD発売が決定いたしました。と言うことはスクリーン上映は無いってことよね。人生そんなに甘くない。ちぇーっだ。
日本では絶対にウケないとされる西部劇なのでしょうがないのかもしれないけど、アメリカでの映画評は公開後尻上がりに良くなっていったみたいで、特にエドとヴィゴの演技は絶賛されてたから期待していたのですが。
まあ、DVDでも出るだけありがたいよね。マッツのなんて、出ないもんね。ショーンのだって、観たいのに限ってでないもんね…(しょーもないのは出たけど。必殺処刑人とか、必殺処刑人とか、必殺処刑人とか…)。

アパルーサの決闘 特別版 [DVD]
アパルーサの決闘 特別版 [DVD]

【 発売日 】
6月24日
※amazonにて予約受付中。


【 収録内容 】

本編115分+映像特典40分
※ディスク1枚


【 キャスト&スタッフ 】

エド・ハリス : ヴァージル・コール(佐々木勝彦)
ヴィゴ・モーテンセン : エヴェレット・ヒッチ(加藤亮夫)
レニー・ゼルウィガー : アリソン・フレンチ(渡辺美佐)
ジェレミー・アイアンズ : ランダル・ブラッグ(佐々木梅治)

製作・監督 : エド・ハリス
脚本 : エド・ハリス、ロバート・ノット
原作 : ロバート・P・パーカー

字幕翻訳 : 藤澤睦実
吹替翻訳 : 久保喜昭


【 映像特典(約40分】

★甦る西部劇~キャスト/スタッフが語る映画の魅力~
★西部開拓時代を再現するために
★アパルーサという町
★ディーン・セムラーが撮る西部劇
★未公開シーン集(エド・ハリス、ロバート・ノットによる音声解説付き)
 オリジナル・プロローグ
 階段を上る二人
 馬車に揺られて
 裁判を前に
 ホテルの一室にて
 タウンホールミーティング


【 ストーリー 】

保安官ヴァージル・コールと相棒のエヴェレット・ヒッチ。二人の仕事は素早く銃を抜き、敵を撃ち、弾倉を空にしたら即座に弾を込め直すこと。情けは無用。感情を交えれば死を招く。
新たに町に着任したコールとヒッチ。目的は人殺しランドール・ブラッグ(ジェレミー・アイアンズ)に正義の裁きを下すこと。そんな彼らの許にある日、謎の女が現れる。レネー・ゼルウィガー扮する女が持っていたのは、わずか1ドルの金としたたかな心。
彼女との出会いが男の鋼鉄の心を狂わせ、そしてアパルーサという名の町に血が流される。(amazonの商品説明より抜粋)。



レニー・ゼルウィガー演じるアリソンが男たちにとっての運命の女=ファム・ファタールと云うことなんでしょうが、アメリカの映画評では「エドとヴィゴのラブストーリー」って云うのがあったらしいよ。
…それはそれは、すっごく楽しみではないか!


up 何せ、こんなに仲良しさんですから…。イヒヒ

ビッグニュース!なんですと?続編ですと?!

    2009.03.31 Tuesday| 23:49 |
昨晩は予想もしてなかった萌え爆弾を落され、あたふたしまくった管理人ですが、今日は今日でこれまたとんでもないところから、爆弾が降ってきましたよ。

な、な、な、なんと!「イースタン・プロミス」続編ですってよ!!

★eiga.com デビッド・クローネンバーグ監督、「イースタン・プロミス」続編に着手

デビッド・クローネンバーグ監督が、米MTVのインタビューに答えて、ロシアンマフィアの世界を描いた07年のヒット作「イースタン・プロミス」の続編を企画中であることを明かした。
それによれば、「すでに企画を進めていて、我々みんな、続編製作に向けて張り切っているよ」とのこと。クローネンバーグ監督のいう“我々”とは、主人公のロシアンマフィア、ニコライ役でアカデミー主演男優賞にノミネートされたビゴ・モーテンセン、脚本のスティーブン・ナイト、プロデューサーのポール・ウェブスター、そしてスタジオのフォーカス・フィーチャーズのことだ。
(※上記リンク先より引用)


確かに、以前からそんな噂はありましたよねえ。
何かのイベントだか記者会見だかでヴィゴがその件について質問された時も、決して否定はしてなかったし。クローネンバーグ監督と新しいアイディアを温めてるなんてことも、言ってたしなあ。
上の記事によると関係者は全て前向きらしいので、後は資金や製作面での問題がクリアになれば…ってとこでしょうか。

記事内容が本当であるならめちゃくちゃ嬉しい。ニコライにまた会える…。
昨今の映画製作現場の状況を鑑みると決して楽天的に浮かれてはいけないとは思いますが、でもでもやっぱり嬉しいよお。ときめくよお。

しかし、しかーし。こんなに連続でいろいろ襲来されると、正直脳味噌と心臓が持ちませんってば…嬉し過ぎて。こういう素敵ネタは、もっと小出しにちょこちょこと降ってくれませんかねえ?(人間とはつくづく欲深い生き物です)

ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート ハート

さてさて、昨晩の続きです。
画像はもうあちこちのサイトに落ちまくってて、もう入れ食い状態でしたよ。美味し過ぎる。
一番手っ取り早くて画像も多くて大きいのは、やっぱり本家本元Empireのサイトでした。以下のURLからどぞー。

★The Jameson Empire Awards 2009 Photo Galleries
※どの場面での画像なのかは、左サイドバークリックで判るみたい。



up 明らかに酔っ払いの二人。特にヴィゴは明らかに大酔っ払い。髪の毛もぼっさぼさ。ヴィゴに至っては、手でグシャグシャ搔きまわしでもしなきゃこうはならないっていうくらい。
でもでも、実に楽しそうに笑っているので、オールオーケーです。ハイ。



up ショーンもお酒入ってるのが判る画像。ショーンの変顔は他にもあったよ。



up 二人ともいい顔だねえ。ヴィゴの胸ポケットに見えてる緑色、お酒のキャップに見えるんですが、違う?



up 「Good」で共演しているジェイソン・アイザックスとのツーショットは、ちょっぴりお澄まし。これはこれで微笑ましい。

なんと! 動画まであったよ!! 以下、ご参照あれ。

★The Jameson Empire Awards 2009
※ページの下のほうに動画あり。

プレゼンターのショーンがヴィゴを呼び上げ、ヴィゴがステージに上がってスピーチという流れなんですが…ヴィゴってば、もしかして酔っ払ってる?
ジャケットのポケットに酒瓶入ってるし、ショーンにそれを渡してるし。
思いっきりのハグにチュー(頬かなあ?微妙な角度だなあ)かましてるし。
挙句の果てにはショーンに渡した酒瓶取り上げてラッパ飲みするわ、ショーンまで一緒になってラッパ飲みするわ。…この可愛い酔っ払いオヤジ達をどうにかして…いんや、しなくていいや。可愛いしー。いろいろと眼の保養だ、ホクホク。
多分、久々の友人同士の再会に舞い上がっていたんだねえ。ホント、可愛いなあ。二人合わせておおよそ百歳だっていうのに、こんなに可愛くてどうするよ?

ビッグニュース!大波襲来!!

    2009.03.31 Tuesday| 01:27 |
うんぎゃあ! 大ニュース!!

今さっき、メールをチェックいたしましたところ、Googleアラートっちゅうもんが届いておりまして。
ご存知の方も多いでしょうがGoogleの機能の一つで、興味のある事柄を登録しておくとネット上にその事柄関連のニュースが流れるとメールで教えてくれるって云う機能。
一見、便利っぽいのですが、実はそれほど役には立たない。半年も前のニュースを唐突に連絡してきたり、とっくのとうに知っているDVD発売予定の案内だったり。
ところがどっこい、今度ばかりは本当にビッグニュースです!(一部のマニアックなファンにだけかもだが)
ショーンとヴィゴのツーショットだよ!!

ゼーハー、ヒーハー ジョギング…先ずは以下の記事をご参照あれ。down

Time Warp 
「ファンが選ぶ映画賞「Jameson Empire Awards 2009」にヴィゴ・モーテンセン等、人気俳優が登場」


映画雑誌「Empire」の読者の投票によって決まる映画賞「Jameson Empire Awards 2009」がロンドンで開催され、映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでお馴染みの二枚目俳優ヴィゴ・モーテンセンとショーン・ビーンが出席した。

「Empire Icon」賞をヴィゴが受賞し、ショーンがプレゼンターを務めたとのこと。
うわーん(泣)。メールチェック後回しにして、のんびり「ゴッド・アーミー」の記事を書いてた私のバカバカバカー!
と云うことでわたくし、記事と画像を漁りにネットの海に漕ぎ出します! 
成果は明日以降。シュワッチ!


up 取り急ぎ、ウォーターマーク入りですが。



up 二人とも髪の毛が少々へなちょこなのがちょいと残念。海外ではこういう時でもヘアメイクさんは付かんのかね?
まあ、二人のツーショットが見れただけでめちゃくちゃ嬉しいので、ケチを付ける気は毛頭ありませんよ、もちろん。

待ちに待った「ゴッド・アーミー/悪の天使」DVD発売!

    2009.03.30 Monday| 23:39 |
一週間のご無沙汰です。…ほとんど週刊ブログと化しております、申し訳ない。
毎度の言い訳ですが多忙を極めておりまして、多分、4月一杯くらいはこのペースかと。俳優諸氏および映画への愛は全く薄れておりませんので! むしろ燃え盛っておりますので!!
ダニエルはもちろんですが、ヴィゴのこともマッツのことも書きたいことは沢山、そう言えば、4月はショーンのお誕生日ではないか! マチューのことだってロバート・ダウニー・Jrのことも書きたいー。DVDはちまちま観ているのですが。
5月以降は多少余裕が出来ると思いますので、その頃になったら、バンバン記事を書きたいなと思っております。

ダニエルファンの間では現在、「007/Quantum of Solace」UK版およびUS版の話題で盛り上がっているかと思いますが、私ははさんざん悩んだ末、今回は海外版の購入は見合わせました。
数ヶ月待てば日本版も出るのは1000%くらい間違い無いし、日本版が出ちゃえば海外版はほぼ観なくなるのは、前例からしてこれまた間違い無いので。何かと物入りなこともありますしねえ…ああ、不況が身に沁みるぜ。
などと言いつつも、3/27発売「ゴッド・アーミー/悪の天使」DVDは即効購入いたしました。
だってねえ、この作品がDVDになるのを、待って待ってずーっと待ってたんだもん。VHSは持っているのですが、DVDに慣れてしまうとビデオの画質はどうしたって落ちるし。
アメリカでは以前からDVD化されていたのですがこれは全米公開版で題名は「The Prophecy」、内容も若干違うとの情報だったので、購入はしていなかったのですね。
しかーし! 待ってはみるものです。今回日本でDVD化されるにあたっては何と二枚組、何と日本公開版と全米公開版の二枚組と云うファン心理を見事についた仕様となっております。

Amazonさんが発売日に届けてくれたDVD、早速その晩に鑑賞したのは言うまでも無く。いつも時間が無いだの忙しいだの言ってるくせに、こういう時だけは素早いわたくしでございます。
日本公開版の「ゴッド・アーミー/悪の天使」のストーリーおよび感想については、以前に取り上げ済み。以下の記事になりますので、よろしければご高覧くださいませ。

★納涼ホラー第三弾「ゴッド・アーミー/悪の天使」

自分でもちょいと読み返してみたんですが、まあ、我ながら暑苦しく吼えていると言うか、視点が歪んでいると言うか…わはは。


up トーマスを口説くじゃなくて、誘惑じゃなくて、脅してるルシファー様。

さてさて、今回久しぶりに対面させていただいた、天使たちおよび魔王ルシファー様ですが。
VHSに比べて画面がクリアな分、天使と悪魔双方共に如何わしさ倍増、エロさ三倍増。それでもってやっぱり、皆々かわゆいのうv 
わたくしってばそれでなくても発酵した脳の持ち主だと言うのに、ますます発酵が進んじゃいそう。発酵を通り越したらどうなるんだろう?端的に腐っちゃうだけ?(何を今更)

日本公開版と全米公開版、両方を一通り見比べた結果、大きな違いは以下の二点だったかと。

【オープニング】
日本公開版 : 幼いトーマスにルシファー(ヴィゴ)が語りかける。
全米公開版 : 地上に降りた天使シモンの映像とモノローグ。

【少女マリアに隠された邪悪な魂の消滅シーン】
日本公開版 : 悶絶していたマリアがすっと素に戻り、魂が消滅したのを表現。
全米公開版 : 邪悪な魂がCGで描かれる。


私としては日本公開版の方が好きです。
とことんヴィゴ本位で観ている所為もあるけれど、オープニングでトーマスにルシファーが語りかけるシーンが無くなると、中盤でトーマスが「昔、天使の声を聞いた」って言い出すシーンが唐突過ぎちゃうと思うのです。
全米公開版のシモンの映像も中々良いので、両方入れるっていうのが一番良かったのではないかと思いますが、そうもいかなかったんだろうねえ。
魂の消滅シーンについては、はっきり言ってCGは要らないのでは? だってね、あんまり言いたく無いけどCGがちょろいんだもん…。あんな中途半端なんだったら、無いほうが潔いと思います。
CGシーンを入れたお陰で、ガブリエルとルシファーのシーンが間延びしちゃってるし。
上記以外では、それほど大きな相違点には気づきませんでした。
二枚のDVDを同時に再生でもすれば他にも何か気づくかもしれないけど…今度、時間があったらやってみようかな。

以前の記事でも書いておりますが、ハマる人はとにかくドンピシャではまりまくっちゃうタイプの映画です。
私はど真ん中ストライクだったので、以前に何度も観ているにも関わらず今回の再見でも胸をドキドキときめかせながら観たような次第。
ハマらない方には…B級オカルト映画って言われちゃうかもだが。

蛇足。
今回気づいたんですが、いつも何かとお世話になってるallcenemaのサイト。作品情報の解説がめちゃくちゃですねえ。
天使シモンはミカエルになっちゃってるし(この映画にはミカエルは出てきません)、ヴィゴの役が天使の下僕の半死人とか書いてあるし。全然違いますってば。
ヴィゴが演じているのはルシファー、かつて神に一番愛された最初の天使であり、神に逆らい堕ちた天使である魔王様ですよ! 下僕だなんて失礼な!! ぷんぷん。 ぶー


エロ可愛いとはこの御方のこと! 寂しがりやの魔王様 ラブ

指の痛みを堪えつつ…アラトリステ!

    2008.12.27 Saturday| 23:58 |
某SNSの日記でも書いたんですが、右手中指の爪にヒビを入れちゃいまして。 撃沈
現在、爪の付け根から1cmまでいかないくらい、指の皮膚と爪とが分離する数ミリ手前のあたり横方向にヒビが入っている状態。
欠けて生爪を剥がしたとまでにはならなかったのは不幸中の幸いなんですが、爪の先端部分に何かが触れるとヒビの入った箇所から上の部分の爪が持ち上がる=かるーく生爪剥がしが頻繁に起きることになります。
やっちゃった当初は「イタっ!」「いでっ!」といちいち大騒ぎしていたのですが、絆創膏で保護しときゃいいんだと気づき(←遅すぎ)、現在は落ち着いております。
ヒビが入ったことで動く爪を押さえこんでおけば痛みはほとんど無いのですが、キーを叩く際に微妙に感覚がずれるらしくスピードは出ないしミスタッチは出まくるし…。
そんなこんなで書かなきゃいけない文章やメール、書きたい記事が思うに任せず困っております。
年内にどれだけこなせるかと思うと、うー。結構しんどいものがあるなあ。と云うか、年明けに首が回らなくなりそうだなあ。

とは申しても、こうやって文章が綴れる程度ではありますので、ご心配無く。
ただ、いつも通りのタイピングとペースでキーが打てないと云う点でストレスが溜まってしまっているのです。
そもそもなんでそんなことになったかと云うと、原因は不明。気が付いたらヒビ入ってたのー。
わたくし、気が短いこともあってキータッチが異常に強いんですね。で、爪はいつも長めに伸ばしているしマニキュアを塗ったり落としたりも頻繁なので、それで爪に負担を掛けたかなあ…と反省中。


とまあ、そんなこんなで今更クリスマスの話ではサンタに笑われそうですが、クリスマスイブの24日、レディースディを当て込んで「アラトリステ」を観てきました。
試写会を入れると、三回目のスクリーンでの鑑賞です。
試写会が当たる前のこと、「この映画は一回くらい観ればいいかな〜」なんて思っていたんです。実は。
歴史劇である以上は群像劇だろうし、「イースタン・プロミス」みたいにヴィゴ一人がやたらめったらクローズアップされる映画とも違うだろうと予測していたもので。
映画自体の感想は先日書いた通りなので繰り返しませんが、繰り返し見るか否かの点で、予想外のことがありました。

その1.髭ヴィゴ
多分、「アラトリステ」がまだ撮影中だった頃だと思うのですが、カンヌ映画祭に「ヒストリー・オブ・バイオレンス」が出品され、クローネンバーグ監督とヴィゴら出演者が揃って出席したということがありました。
その時の画像のヴィゴが…個人的にはあまり好みで無い容貌だったのです。
要するに、アラトリステ仕様の髪と髭です。薄い茶色の巻き毛っていうのもヴィゴにはあまり似合わないように思ったし、何よりもあのスーパーマリオみたいな髭がねえ…。
もともと髭はあんまり得意じゃなくて、ヴィゴのファンになって初めて「髭も素敵かも…」って思うようになったような次第なのです。
アラゴルンのような無精髭はもう全然OKですが、あの存在感あり過ぎの髭はちょっと許容外。
時代や国柄を考えれば髭はあって然るべきなのは重々承知ですが、それでも好みは好み。ヴィゴなら何でもいい訳ではないぞ!などと、(愚かしくも)思っていたのでした。
「アラトリステ」の公開が決定し試写会が近づくにつれアラトリステ=ヴィゴの画像を見る機会が増え、服装や装備と合わせると髭もそれなりにバランスが良いのね。なーんて、まだ(愚かしくも)思っていたのでした。
でもって、実際に映画を観たわたくし。驚きました。あんなに苦手意識があったマリオ髭が、ちっとも変じゃない。格好良い、むしろ素敵。
試写会後、一般公開された「アラトリステ」を観にいった時には既に、ディエゴ・アラトリステとしてのヴィゴにはあれは絶対に必要!に思えてきちゃったんだから、不思議だよねえ。
あの髭のお陰でむしろ色っぽい。むしろ萌え。

その2.汚れヴィゴ
戦場や戦いの場面が多いし、現代とは衛生観念も全く違う時代性と云うのもあるしで、泥だらけ埃まみれ血塗れなのは事前に判ってました。
でもアラゴルンの前例もあるし、きっとその状況化でもヴィゴは素敵に違い無い!と確信を抱いてはいたのですが。
ところが実際に観たアラトリステってば、予想以上にきちゃない。衣服も靴も画面から臭いが漂ってきそうなほどに垢染みて襤褸っちいし、戦場では汚れるなんて云う表現も愚かなほどに血と汚泥にまみれている。それなのに、嗚呼それなのに。
予想の遥か上空を滑空する、格好良さ色っぽさ美しさは一体なんなんでしょう。
ヴィゴ・モーテンセン、汚れれば汚れるほどフェロモンだだ漏れになる稀有な存在であることを、あらためて確信いたしました。
いや、もちろん、綺麗にしとけばしとくで、とことん美しいんだけどさ。EPのニコライとか、試写会ん時のスタイリッシュなスーツ姿とか。

まあ何を言いたいかと云うと、要するに、想像していた以上にカピタン、ディエゴ・アラトリステが素敵だったと云う事です。
横浜ららぽーとのTOHOシネマズでは、お正月期間も「アラトリステ」上映中。
もう18時からの一日一回だけになっちゃいましたが、全席テーブル付きで座席も上質なプレミアスクリーンでの上映なので、お得(?)ですよん。
年末忙しくて観に行ってない!と云う方、是非横浜へどうぞ。ららぽーとではセールも始まりますので、昼間はお買い物、夜はプレミアスクリーンで「アラトリステ」をどうぞ!
…ますます、TOHOシネマズの宣伝っぽくなってきたな(汗)。



プレミアスクリーンは他のスクリーンとは階が違い、専用のラウンジがあったりでちょっぴりセレブな気分が楽しめます。
上の画像は座席表。ちょっと判りにくいかもですが、全席にサイドテーブルが付いております。座席はリクライニング式でゆったりしてるし、荷物置き場もあり。
一番後方の席は二人掛けソファみたいなカップルシートになってます。

ちなみに私がクリスマスイブの昼間に観た際は、観客が7割近く入ってました。
レディースディ効果かクリスマスイブ効果か、はたまたプレミアスクリーンで観られることのお得感なのか。果たして?

血と泥にまみれ、それでも男は美しい〜「アラトリステ」その2

    2008.12.20 Saturday| 01:00 |
先述の通り、物語の展開や戦闘シーンはひたすらにリアルで残酷で容赦無く汚濁にまみれているのですが、それにも関わらず非常に美しい映画でもありました。
綺麗綺麗に美しく描かれていると云うことではもちろんありません。
王侯貴族の衣服や彼らの館は確かに豪華で煌びやかなのですが、庶民や兵士たちの姿はいかにも貧しげで、町中はゴミゴミして埃っぽくアラトリステらが住む部屋は粗末で、その辺の描写もリアルです。
ところがその一つ一つの画面を切り取ると、非常に美しい。
計算され尽くした小道具の配置、絶妙なライティングによる光と影。ベラスケスやゴヤと云ったスペイン絵画を連想させられる美しい画像です。
実際にこの映画では、絵画を思い起こさせるような画面作りを意識的に行っていたようです。
ベラスケスの絵画は映画の中にも登場しますし、アラトリステの時代よりも後世の画家であるゴヤの代表作、「裸のマハ」とそっくりのシーンがあったりします。
そしてその中でも格別に美しいのが、アラトリステと彼の恋人であるマリアとのキスシーン。
鏡に向ったマリアの背後からアラトリステが近づき、他の男から贈られたイヤリングを毟り取ってうなじに口づけるというこのシーン。
鏡に映った二人をカメラが間接的に映していることから紗を掛けたような映像効果を生んでいるのですが、二人の姿がまさに夢のように美しいのです。
物語の後半でもう一度、アラトリステがマリアに口づけるシーンがあります。
全てを諦めたマリア、後悔に苛まれるアラトリステ、絶望の淵で口づけを交わす二人が実に悲しく美しい。

主人公であるアラトリステは年中泥まみれか埃まみれで、身に付けている衣服も垢じみて擦り切れて破れ放題。人を殺めた返り血や戦場の汚泥にまみれ、窶れはてたアラトリステ。ところが彼は、そうして汚れくたびれた姿であっても尚、美しいのです。
どうしてそんなに美しく見えるのかと、しみじみ考えてみました。
私がヴィゴのファンでフィルター掛っちゃってるからと云うのは、まあ棚に上げても隠しきれない事実な訳ですが(←開き直り)、それでもあの髭面の中年男性(あ、言っちゃった…)がああも美しく見える最大の要因は、その一つ一つの動きの見事さゆえではないかと思ったのです。
戦闘シーンでの無駄の無いアクションや剣を振るう際の切れの良い動きはもちろんのこと、石壁に寄りかかっている立ち姿、力無く椅子に座りこんでいるだけの姿ですら、その姿勢や頭の動き、手足の置き方や捌き方まで実に「決まって」いるのです。
様式的とか格好付けているとか揶揄されてしまう寸前、ギリギリでナチュラルの範疇に入るよう計算された所作、そんな風に思える。
インタビューによると、剣の振い方やマントの捌き方などは闘牛士やガウチョ(アルゼンチンのカウボーイ)の動きを参考にしたとのことでしたが、然もあらん。如何にも納得です。
舞踊=フラメンコの動きも取り入れたんじゃないかしらと、個人的には思いました。

所作と云えば、ヴィゴの全身写真を見るといつも若干内股気味ですよね。アラトリステも普通に立っているシーンでは内股で、一般的にX脚が多い西洋人には珍しいなと。
先日の試写会の折りもそういう立ち方をしてましたから、多分、ヴィゴの癖なんだと思いますが、あの内股気味の立ち方って日本の剣道では正しい有り様、然る可き立ち姿なんですよね。
内股で摺り足が剣道の基本…のはず。いや、私は別に自分が剣道をやってた訳では無いので、単なる耳学問と云うか半可通なのですが。
フェンシングは外股で構えるものですし、アラトリステも戦闘シーンでは外股でしたが。
何でこんなことを言い出したかと云うと、先述の「新選組!」ですが、局長の近藤勇は天然理心流という剣術流派の宗家だったのですね。
で、その天然理心流の特徴の一つが「お突き」という技。
天然理心流は道場剣術とは一線を画した、攻撃的で一撃必殺を旨とする実践剣術だったとのこと。その一番の技が、フェンシングの技にも似た突き技だったのです。そして、やはり内股が肝心だったとか。
そう言えば野球のイチロー選手も、足の力を内側に閉じ込めることでパワーを集約させると云ったようなことを発言してたような。うろ覚えですが。
などなどつらつらと考えるに、ヴィゴ=アラトリステのあの内股気味の立ち姿は戦士のありようとして正しいと、そういう結論に(私的に)至りました。
うーん、我ながら牽強付会だなあ(苦笑)。

と、ここまでベタ褒めしているかのような管理人ですが、この「アラトリステ」という映画が映画史に残るほどの名作である!…とは残念ながら申せません。
手間と時間とお金を掛け、情熱を傾けて製作された映画なのは間違い無い。映像も美しいし、ヴィゴはひたすらに素晴らしい。ヴィゴ以外の俳優陣も適材適所で物語中に見事にはまってます。
最大の問題点は、観終わっても映画作品としての感動が残らないこと。
あれ?これってもしかして致命的な欠点かしら?
つまらないと云うことではないんです。ただねえ、やっぱり詰め込み過ぎなんだと思う。
長大な原作を2時間25分にまとめた結果だから仕方無い部分はあるんだけど、映画「アラトリステ」じゃなくて、「アラトリステ・ダイジェスト版、本編coming soon!」を観させられたような、そんな感じ。
映画評論家のどなたかが書いてらしたけど、大河ドラマの総集編を見せられたような、そんな映画なんですよね。
原作を読んだ方なら、原作のあの場面がこういう風に映像化されたのか!的な楽しみ方が出来ると思うのだけれども、原作を読んでない身としてはどのエピソードも中途半端で消化不良。
ヴィゴの熱演にも関わらず、アラトリステの哀しみや時代に流されるしかない民衆の苦悩が伝わりきらないのです。
脚本の問題かそれとも編集の問題なのかは判りませんが、長大な原作を整理しきれてないと言いきれる。
欲張らずに「アラトリステ」原作の一部を切り取って映画化するか、逆に欲張って「ロード・オブ・ザ・リング」のように三部作にするか、それともむしろ連続ドラマ、例えば日本の大河ドラマとかイギリスの「炎の英雄シャープ」シリーズみたいにするかのほうが、この「アラトリステ」という物語を映像化する上では良かったのでは無いかと思いました。

それでもやはり、スクリーンで観るべき価値は十二分にあります。
何度もしつこく書きますが、アラトリステ演じるヴィゴの所作の見事さ素晴らしさを観てるだけでも、2時間25分はあっという間。実際私は初見の際、物語を把握しきれないままでありながらも夢中になって観ちゃいましたから。
出来ればやはり、前もって十二分な知識を頭に入れてから観ることをお薦めいたします。
そうすれば、余計な???を頭に浮かべて気を散らせることなく、アラトリステ=ヴィゴの鑑賞に集中できるしね。

愛と哀しみを抱き、男は戦う〜「アラトリステ」その1

    2008.12.18 Thursday| 23:59 |
書くよ!書くよ!と云いながら、大変遅れております「アラトリステ」感想。
先週の土曜日、恒例の頭痛発作を発症→でも仕事しなきゃと日曜月曜→あれ、熱っぽい?火曜日→こりゃ、風邪ひいちゃったか水曜日?→間違い無く風邪だなあ 困惑 、ズビズバパパヤ(今ここ)。

と云った流れで、ブログも間が空いちゃってすみません。
体調の悪化とともに凹み気味の気分ですが、嬉しいニュースも飛び込んできました。
「007/慰めの報酬」、来年1月17日(土)、18日(日)、先行上映決定!
うわいっ!!やたっ!!!
試写会にも申し込んではおりますが、当たるかどうかは運次第です故、全国公開に先駆けての先行上映、見逃すわけには行きません。
願わくば、近場の行きつけのシネコンで先行がありますように〜南無八幡大菩薩〜。

話は戻って「アラトリステ」。
まさか、公開後は観に行ってないの?と思われる方もいらっしゃるかもですが(思わない?やっぱり? たらーっ)、ええ、もちろんしっかり観に行ってきましたよん♪
上記の通り公開初日の先週土曜日は頭痛発作で身動きが取れず。幸い、日曜日の仕事を比較的早く切り上げることが出来たので、仕事終りに観に行って来たのでした(…もしかして、ここで風邪を貰ったのか?そうなのか??)
場所は先の日記で騒いでいた通り、ららぽーと横浜にあるTOHOシネマズ。夕方18時半からの上映回です。
この日は丁度、TOHOシネマズ全館で1000円均一の日でしたため、混んでるかなあと思いつつ、と云うよりもむしろ、混んでいるといいなあと期待しつつ出掛けていったのですが、115席のスクリーンで4割弱程度の観客数でした…。
うーん、終了が21時を回ってしまう上映回だから、こんなものでしょうかしらねえ。
日曜日と云うこともあってか、客層はカップル客が目立ってました。それと、歴史好きといった感じの年配客がちらほら、。
早稲田松竹での「ヒストリー・オブ・バイオレンス」と「イースタン・プロミス」の二本立て鑑賞の際は、多分絶対ヴィゴのファンといった様子の女性客(←私もだ!)とクロ監督ファンらしき男性客が目立ってましたが、この日は時間帯の所為もあってか、女性一人客はあまりいなかった模様。
でも、もうちょっと客が入らないと、早々に打ち切り…なんてことになりかねないなあ。
東京南西部および神奈川以西のヴィゴファンの方、是非共、ららぽーとへお出でませ!
音響良いよ!座席も座り易いし観易いよ!今週の土曜日なら通常価格でプレミアスクリーン(全席テーブル付き)で観られるよ!ついでに、ここのポップコーンは美味いよ!
…何度も申し上げておりますが、管理人はTOHOシネマズ関係者ではございません。たーかーのつーめー(もう、いいって)。


「アラトリステ」(2006年、スペイン)

無敵艦隊を大英帝国軍に撃破されて以来、その栄華に陰りが見え始めた17世紀のスペイン。ここに、13歳より己の腕だけを頼りにたった一人で生きてきた孤高の剣士、アラトリステがいた。戦場では国王の傭兵として、また平時には最高の剣客としてその名を国中に轟かせていた。ある時、彼は戦場で命を落とした友の最期の頼みを果たすべくマドリードに戻ると、彼の息子イニゴを引き取り育てる。そんなアラトリステは、人妻でもある人気女優のマリアと許されぬ逢瀬を重ねていた。やがて、“イギリスから来た異端者ふたりを殺せ”という奇妙な依頼を受けたことから、思いもよらぬ陰謀の渦に巻き込まれていくアラトリステだったが…。(allcinemaより引用)


白状しますと、試写会で観た際は物語の筋と人間関係を追いかけるのでかなり一杯一杯でした。
前もって簡単な粗筋には眼を通してあったのですが、何せ一本の映画の中で20年以上の時間が経過するのです。
映画自体は2時間25分と短いどころか十分に長丁場なんですが、内容が詰め込み過ぎっていうくらいに詰め込んであるので、展開が非常に目まぐるしい。詰め込んだ挙句にそれでも尺が足りなかったらしく、場面転換したと思ったらあっという間に数年から十年くらい経っちゃう箇所もあったりして。
それとですねえ、非常に失礼な話ながら、途中で人物の見分けがつかなくなっちゃって…。
登場する男性のほとんどが、黒髪に髭で濃いめの目鼻だちという人々なんですよね。ついでに衣装も皆同じような黒づくめ。映画の中での時間経過によって多少髪型や髭の雰囲気が変わるんだけど、それによって尚更こんがらがったと云う。
頭の中で、これ誰だっけ?ああそうか、伯爵だ。この人は警部補だっけ。あれ、こっちは例の宿敵??とか悩んでいる間に話がどんどこ進んじゃうし…。
あれよあれよで、あっという間に「完」になってしまったと云う。

私の理解力と知識が足りないのかなあ、としばし反省。
西洋史は好きで特に大航海時代は結構いろいろと本も読んだのですが、考えてみるとイギリスに視点を置いたものがほとんどだったんですよね。スペイン史はほとんど知らないに等しい。
ヴィゴも来日時のインタビューで言及してました。映画などで扱われている歴史は、イギリスやアメリカの視点で描かれていて、スペインの視点で描かれたものは無かったという。うん、確かに。
それとやっぱり、「この後、ヴィゴ登場!」と云う期待感でいつもほど映画を観ることに集中していなかったのかも。
その辺の反省点をよくよく鑑み、日曜日に観に行った際は先ずは最初にパンフレットを購入、ストーリーと人物関係図を熟読してから鑑賞に臨みました。

事前勉強が効いたか、二度目の鑑賞ではストーリーも人間関係もかなりよく判りました。当たり前ちゃあ、当たり前だけどね。
把握できたから云う訳じゃないけど、そんなにややこしいストーリーって訳では無いんです。
ただ、上述の通り本来長い長い物語を無理矢理2時間25分に詰め込んでいることと、多分、スペイン人であれば自明の理であるような歴史的事実を他国人である我々が全く理解していない、この二点に問題がある。
例えば日本の戦国時代、織田信長の天下取りから関ヶ原の戦いまでのおおよそ20年間を映画化したとします。
日本人である我々は特別な勉強をしなくても人名や出来事などがなんとなく頭に入っておりますので、事前勉強などせずとも、混乱することも無く物語を理解出来ると思います。
でも、多分、外国の方だったらチンプンカンプンだと思うのですよ。
登場人物は多い上にどれも日本人顔だし(当たり前だが)、戦乱の場所はあちこちだし起きる理由もいま一つ判らないし、陰謀はやたらと渦巻いているし…。ほら、私たちが「アラトリステ」を観る上で、判りにくくなるのとおんなじ。
なので、これから観に行く方は出来れば先にパンフレットを購入して事前勉強をすることをお薦めします。
ネタバレがどうしてもイヤンな方は先ず一回観て、パンフ買って勉強して、二回目を観る!…うん、これが良い。これがお薦め!
このパンフレットですが、非常に充実した内容でした。
ストーリーや人物解説、出演者や監督のインタビューと云った一般的な内容のほか、人物相関図や重要語句説明、時代背景や文化的宗教的背景についての解説など実にきめ細やか。
映画鑑賞をする上でもお役立ちですが、勉強にもなりました。

さてさてあらためまして、試写会と公開後と二回観てようやっともろもろが理解出来た管理人の感想でございます。

勇壮な歴史スペクタクルドラマや勧善懲悪的英雄譚を期待して観に行った方がいらっしゃったとしたら、ちょっと肩すかしを食うかもです。
主人公ディエゴ・アラトリステは剣の達人であり、その人となりも優れて皆に慕われる存在ではありますが、「カピタン(隊長)」とは単なるあだ名でありその実態は下っ端の傭兵でしかない。
戦場に出ていない時の彼は金で暗殺などの汚れ仕事を請け負う、これまた一介の剣客です。
当時のヨーロッパは徹底的な身分社会であり、王候貴族と一般庶民とでは厳然たる差異がある。社会や歴史を動かし名を残すのは王侯貴族と身分の高い僧侶や一部の知識階級であり、日々の労働に励む一般大衆や戦場で使い捨てられる兵士たちにはそう言った栄誉は決して与えられない。
「アラトリステ」はこういった歴史的事実をリアルに描いた作品です。
アラトリステがどんなに剣の達人であっても、命を賭けて戦いに挑んでも、社会や歴史を動かす英雄とは絶対になりえないことをこの映画は冷然と描いている。ハリウッド的ヒーロー像とは程遠い存在、それがアラトリステなのです。
それでですねえ、そのアラトリステが実に哀しい男なんですよ。
この時代既に、戦場では銃や火薬が大きな役割を果たしています。剣客であるアラトリステも、実際の戦場で剣を持って華麗に戦うなんてことはほとんど無く、一兵卒として銃を撃ったり、爆薬による破壊活動を担ったりしています。
アラトリステが他の兵士らと一緒に並んで、上官の号令に従って銃を撃っては後ろに引っ込んで玉を籠め、また号令で前に出て打っては引っ込むというシーンを観ていて、私なんだか悲しくなっちゃいまして。
どんなに剣の達人であっても、こういった場面で彼の真の力が発揮されることなんてまるで無い訳です。単なる駒の一つでしかないというその描写が、あまりにもリアル過ぎてねえ。

以前にも何度か書いておりますが、わたくし、洋画に凝りだす前は某大河ドラマ、端的に云えば「新選組!」にずっぽりハマりこんでいた時期がありまして。
皆様ご存じの通り、新選組は幕末期、徳川幕府に殉じて滅びた剣客集団ですが、ドラマや映画、小説等で新選組が描写される際によく使われるフレーズが「剣に生き剣に死んだ」と云うもの。
己の剣術の腕だけを信じ武士としての栄達の道を夢見た、武士ならざる彼ら(近藤勇や土方歳三の出自は百姓です)は、その滅びゆく過程の中で、時代を制するものは既に剣に非ずということを思い知らされたはずです。
鳥羽伏見の戦でも、その後、関東東北北海道と敗走していく過程でも、薩長軍を中心とする新政府軍の銃によって打ち負かされてしまうのです。
銃の無い時代、せめて銃が戦いの趨勢を決定する時代以前に彼らが生きたのであれば、彼らの剣客としての運命は変わっていた筈。
まさに剣一本で人生を切り開き、栄耀栄華を誇ったかもしれない。時代の変遷に取り残された、遅れて生まれた才能の悲劇。
私はアラトリステに、彼ら日本の剣士達と同じ哀しみを見ました。

リアルと云えば、アラトリステが剣を揮うシーン。ここの殺陣が凄まじいほどにリアルで、容赦無く残酷で、実に素晴らしかったのです。
ヴィゴ自身もインタビューで語っておりますし、その点についての監督のインタビューもパンフレットに掲載されてますが、まさにリアルファイト。
演劇的に美しく作り上げた見せるための剣劇ではなく、ひたすらにリアルを追求した殺陣です。
格好良さではなく相手を倒すこと殺すことだけを目的とした動き、飛び散る汗や激しい呼吸、流れでる血、切り裂かれた痛みをまざまざと感じさせられる戦闘シーン。
さすが、ボブ・アンダーソン(「ロード・オブ・ザ・リング」の剣術指導)の指導によるものだなと、感動しました。

長いなあ…まだまだ書き終わらないなあ。
申し訳無い!今晩はこの辺で一旦切らせていただいて、明日に続く!

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