発売決定! 「007/慰めの報酬」日本版

    2009.04.17 Friday| 22:42 |
お待たせしました! 待ってました!
6月26日、「007/慰めの報酬」日本版DVD発売決定!!

本日付け、TUTAYAオンラインから速報が届きました。
既にalexさんのブログ「碧い瞳に魅入られて」にて取り上げていらっしゃったのでご存知の皆様も多いかと思いますが、うちも本来はダニエルブログ。
修羅場の最中の私ではありますが、記事に取り上げなければファンが廃るってなもんです。

007 / 慰めの報酬 (2枚組特別編) 〔初回生産限定〕 [DVD]
007 / 慰めの報酬 (2枚組特別編) 〔初回生産限定〕 [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

amazonで予約受付中ですが、内容詳細がまだ未掲載。
発売元の20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパンによる、内容詳細は以下の通りです。

【 収録内容 】

本編ディスク(107分)
特典ディスク


【 キャスト&スタッフ 】

ジェームズ・ボンド:ダニエル・クレイグ (小杉十郎太)
カミーユ:オルガ・キュリレンコ (佐古真弓)
ドミニク・グリーン:マチュー・アマルリック (家中 宏)
M:ジュディ・デンチ (此島愛子)

監督 : マーク・フォースター
製作 : マイケル・G・ウィルソン
製作 : バーバラ・ブロッコリ
脚本 : ポール・ハギス、ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド

字幕翻訳 : 戸田奈津子 
吹替翻訳 : 松崎広幸


【 特典内容 (映像特典) 】

<本編ディスク Disc-1>
 ★ミュージック・ビデオ ♪アナザー・ウェイ・トゥ・ダイ
 ★劇場予告編 1
 ★劇場予告編 2

<特典ディスク Disc-2>
 ★メイキング・オブ・「007/慰めの報酬」
 ★撮影開始
 ★メキシコ&パナマでの撮影
 ★ボンド・ガール オルガ・キュリレンコ
 ★監督 マーク・フォースター
 ★ミュージック・ストーリー
 ★プロダクション・レポート〜ブログ映像集


悔しいのは、Blu-rayは一週間も早、19日に発売されること。ずるい!ムキー!
特典内容は変わらないみたいなのが、せめてもの救いでしょうか。

007 / 慰めの報酬  [Blu-ray]
007 / 慰めの報酬 [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

とにもかくにも、あと2ヶ月ちょっとでボンドと再会出来る訳です。
DVDがおウチにやって来たら、気になっていたあの箇所、この箇所をじっくり精査する所存。
あと2ヶ月ちょっとか…長いなあ。

ボンドのお誕生日!

    2009.04.13 Monday| 23:54 |
4月13日は、007ことジェームズ・ボンドのお誕生日です! 
ドンドンパフパフ〜♪
…って、実は胃弱日記のまさきさんにご指摘いただくまで、うっかり忘れていたりしたんですが。各方面、ゴメンなさい。

とにもかくにも、お誕生日は(ほぼ)世界共通でおめでたい出来事。ミスター・ボンドは本日で41歳になられましたよ。
ここで注意せねばならないのは、4月13日生まれなのはあくまでもダニエル演じるところの六代目ジェームズ・ボンドだということ。
イアン・フレミングの小説007シリーズに於けるボンドは1922年2月1日生まれ。実在するなら(しないけど)87歳のご老体な訳ですが、映画シリーズに於ける007はその時々のボンド役者の年齢に合わせての生年月日設定があったそうな。

はい、ここでおさらい。ダニエル=ボンドの簡単なプロフィールは以下の通りです。

【生年月日】 
 1968年4月13日

【出生地】
 ドイツ(当時の西ドイツ)・西ベルリン

【両 親】
 父 アンドリュー・ボンド(死去)
 母 モニク・デラクロア・ボンド(死去)
 ※両親共に、登山中の事故により死亡。

【教 育】
 11歳まではスイスおよびドイツで教育を受ける(語学に堪能な所以?)。
 両親の死去以降は、叔母であるシャーマイン・ボンドに個人教育を受ける。
 12〜13歳 イートン校(おお!エリート校!)、放校
 ※度重なる門限違反とメイドとのトラブルによる。
 13〜17歳 フェテス校(亡父の母校)
 ※様々な体育競技会で優勝。ボクシングは学校代表、柔道は公立学校柔道リーグを組織。
 17歳〜 英国海軍入隊
 30歳〜 MI6配属


おさらい終了。
小説のボンドはオックスフォード大学に入学しておりますが、ダニエル=ボンドはフェテス校(多分、公立高校)卒業後、大学には進まず海軍に入隊している点などが割りと目立つ違いでしょうか。
他にも、小説のボンドと2006年公開の映画「カジノ・ロワイヤル」のボンドでは経歴にいろいろ違いが有りますが、これは原作執筆当時と現在とでの社会情勢や時代背景やらの違いを反映させているのではないかと推測。
時代設定を現代においているのなら、キャラ設定だって現代に合わせなきゃ、物語自体が陳腐になってしまうもんね。大きな嘘(=フィクション・物語)をいかにも本当っぽく見せるには、細かな部分は出来るだけリアルに設定するのが物語創造上の基本テクですし。
可笑しいのは、イートン校を放校になった理由。メイドと間違いを犯したから、と云うのだけは映画も原作も共通なんだよね。13歳でメイドとうんちゃらかんちゃらってどれだけ早熟なんだよ、ボンド。

それにしても早いもので、「007/カジノ・ロワイヤル」で六代目ジェームズ・ボンドに惚れ込んで、もう三度目の春が巡って来たんだなと、しみじみ。
その間にこうやってブログを始めたり、ブログを介して様々な方と出会ったり、いろんな活動始めたりとボンドさんのお陰で私の人生は彩り豊かになりましたよ。何度も何度もしつこく書きますが、自分の人生でまさかジェームズ・ボンドにハマるなんて、小指の爪先ほども予測して無かったよ。
以下、懐かしの写真シリーズ。


up 六代目ボンドのお披露目時の中の人(=ダニエル)。
今になって見ると、まだ、全然ボンドっぽくないやね。初々しい感じで、可愛いぞ。


up 「カジノ・ロワイヤル」公開時のポスター。
このポスターに釣られて映画を観に行った友人に連れられて、観に行ったわたくしでした。


up デンマーク・プレミアでのダニエル・マッツ・エヴァのスリーショット。


up これもどこぞのプレミアでのダニエル=ボンドとマッツ=ル・シッフル。
ダニエルがマッツをガン見してます。お揃い(?)の黒のスーツが二人ともお似合い。
カジロワん時は、ボンドとル・シッフルのこういったツーショットが沢山見られましたが、「慰めの報酬」の時はボンドとドミニク・グリーンのツーショットってほとんどなかったよね。ちょっとばかり残念でした。

次にボンドと再会出来るのが何時になるのかは現時点では予想もつきませんが、ダニエルが筋トレに飽きてメタボ腹になる前に、早いとこ撮影して欲しいところ。
…ってか、ダニエル。別にボンドを引退しても身体は鍛えていいんだよ?


up おまけの画像。中の人、17歳(推定)のみぎりの写真だそうです。
逆光だったのかまぶしそうに眼を細めている所為で、めっちゃ人相悪いです。17歳って言うよりもっと幼い感じに見えるけど。しかーし、眉間の皺は既に存在。
ボンドはこのくらいの見かけの時に、メイドと間違いを犯しちゃったのかしらねえ。たらーっ

おめでとー!ダニエル!!

    2009.03.02 Monday| 19:58 |
本日、3月2日は我らがダニエル・クレイグのお誕生日です!



1968年生まれのダニエル、今日で41歳ですねえ。ハリウッドスターの場合だと普通は「その年齢には見えないよ!」だの「いつまでも若い!」だのって台詞が付随するもんですが、ダニエルの場合は…えーと、まあ、その「年齢相応に素敵!」とか「年齢を重ねてより格好良くなったね!」とかのほうが相応しいよね!(←かなり苦しいたらーっ
ま、まあ、老け顔なのは今に始まったことでなし、眉間の縦皺も頬のくっきりホウレイ線も含めて、大好きだよダニエルラブ

今年は今のところはっきりしたお仕事情報が伝わって来ませんが、そこはそれダニエルのことですから、演じ甲斐のある良い役をじっくりとセレクトして良いお仕事をしてくれることを期待。
それでもって、日本の配給会社がダニエル出演作を躊躇わず公開してくれることと、DVD制作会社が未公開ダニエル出演作をDVD発売してくれることを切に祈る次第です。



いつか日本でもDVDが発売されないかと祈り倒してるのが、このup「Some Voices」です。
ダニエルファンの間では既に伝説的作品だけど日本では未発売、本国イギリスでもDVDの在庫が無いらしい。なーぜー?
ジェームズ・ボンドとしてのダニエルしかご存知無い方が観たら、ダニエル演じるところのRayのそのあまりの可愛らしさに驚くこと請け合い。切ない胸キュン(←死語)のラブストーリーなんだけど…だからかなあ、007はもちろんのこと、最近のダニエルが演じている役柄とはかけ離れすぎてるもんねえ。
むしろそれが話題になるし、注目されそうにも思うのだが。
いーや、私はまだまだ諦めないぞ!「ゴッド・アーミー」の例だってあるしね!



カジロワ三人衆、デンマークプレミアの時のショット(多分)。
マッツのあまりにも肩に力の入ってない服装&軽装(寒くない?)が印象的。ダニエルはいかにも上等なコートを着用しております。



これまたファンの間では伝説的、デンマークの音楽番組にマッツと一緒に出演した際の画像です。
いかにもホームゲームといった気楽な雰囲気のマッツに対し、こういう仕事はイマイチ苦手なんだろうなと一目で判る肩に力の入りまくったダニエル。
出番の合間の様子を映した楽屋裏映像が出回ってますが、遠慮無しに酒は飲むわ煙草は吸うわのマッツと、借りてきた猫みたいなダニエルがこれまた両極端で可愛かったのでした。



「Jの悲劇」のジョー先生。眼鏡っこダニエル。この作品も、最初にDVDで観た時は衝撃的でしたねえ。作品自体もダニエルも超素敵、超お薦め。

お誕生日を記念し、ダニエル出演作個人的ベスト10でも挙げてみようかと考えたのですが、アレコレ考え出したら時間が掛かりそうなのでこの記事中では断念。
そちらの企画は後日あらためてチャレンジしたいと思います。


生き延びるために〜「ディファイアンス」

    2009.02.26 Thursday| 23:55 |
アカデミー賞発表、日本作品のダブル受賞で日本全国大騒ぎの大盛り上がりでしたねえ。
翌日朝刊には、昨年のノーベル賞三人受賞時よりも大きいくらいの扱いで記事が掲載されておりましたし、映画館は早朝から行列が出来たとか、書店にはそれぞれの作品関係の書籍の注文が殺到しているとか、お祭り騒ぎの様相。
「おくりびと」は日本アカデミー賞を総なめしたこともあって、発表以前から結構騒がれてましたけど、短編アニメーション賞の「つみきのいえ」はほとんど話題にも上がってなかったような…。
熱しやすく覚めやすいのが日本人の特徴で、それは時に長所でもあり短所である訳ですが、タレント本が〇〇万部売れただの、ろくろく演技も出来ないようなジャリタレ…じゃなくて前途有望なお若い俳優諸氏の映画が大ヒットだのって言うよりは一万倍くらい良いかと。
本が売れて活字を読む人が増えることは絶対的に良いことだし、映画館に観客が集まれば映画業界だけでなく飲食店や周辺の小売店だって潤うし。この不況下、人が動いてお金が回るというのは何よりですからねえ。
先日もちょっと触れましたが、政治や経済面での地盤沈下が続き、存在感が日に日に薄れゆく気配だった日本、せめて文化面だけでも「ここに日本あり!」と世界にアピール出来たのも素晴らしいこと。
二つの映画に携わった方々は多分、「自分たちは良い映画を作ろうと思っただけ」とおっしゃるでしょうけれどもね。

さて、アカデミー賞と云えば、今回の授賞式で二度目のプレゼンターを務めたダニエル・クレイグ。
そのダニエルが主演した「ディファイアンス」も、何気にアカデミー賞作曲賞にノミネートされていたのですが…いまいち存在感を示せませんでしたようで。
いや、実際の「ディファイアンス」の音楽に存在感が無いということではなく、受賞の下馬評もろもろですっかりスルーされていたということで…orz
ま、ま、しょうがないよね! 他の部門で何にもノミネートされてない、しかも地味でシリアスな映画の音楽が受賞することはあんまり考えられないし。ノミネートされただけでも良しとすべしかと。

と云うことで「ディファイアンス」の感想でございます(と、無理やり話を展開するわたくし)。
公開から二週間近く経ってしまったので、多少新鮮さが薄くなっているかもしれませんが、よろしければお付き合いをば。
それでは、例によって独断と偏見に塗れた妄想レビューの始まり、始まり。
尚、こちらも例のごとくネタバレが多く含まれます。未見の方でネタバレNGの方はスルーいただきたく、よろしくお願いいたします。


「ディファイアンス」(2008年、アメリカ)

第二次世界大戦下、ドイツによる近隣諸国の蹂躙は日ごとに苛烈さを増していた。標的となったのはユダヤ人。ベラルーシの小さな村に住むビエルスキ兄弟は、ナチス親衛隊とそれに迎合した地元警察によるユダヤ人狩りで両親を殺される。長男トゥヴィア(ダニエル・クレイグ)、次男ズシュ(リーヴ・シュレイバー)、三男アザエル(ジェイミー・ベル)は末っ子のアーロンを連れて森の中に身を隠すが、やがて、噂を聞きつけたユダヤ人が次々と森に逃げ込んでくるようになる。
トゥヴィアは同胞を見捨てることが出来ず已む無く彼らを保護するが、過酷な環境下、食料、武器、薬品といった必要最低限の品々の調達すら覚束無い。
やがてトゥヴィアのやり方に不満を持ったズシュは兄に反発し、同調する数人を引き連れ、ナチスドイツと戦うソヴィエト開放軍に合流してしまう。残されたトゥヴィアらは共同体を築き上げ、逃げてきたユダヤ人全てが生き延びるための方法を模索し始める……。



実話を元にした物語なだけに、とても重厚で見応えのある作品でした。
事前にあまり情報収集せずに観に行ったこともあり、銃撃戦やらゲリラ戦やらが延々展開される映画かと思い込んでいたのですが、実際には、人が必死で生きる姿を丁寧にリアルに描いた作品でした。
もちろん肉弾戦や銃撃戦を含め戦闘シーンは沢山あるのですが、見終わった後に強い印象を残すのはむしろ、過酷な状況下で時に手を取り合い、時にいがみ合い、仲間割れをしながらも生き延びようとする人々の姿です。
ダニエル演じるトゥヴィアは、「ビエルスキ・パルチザン」と呼ばれた非正規抵抗軍のリーダーとなるのですが、彼はそもそもはごく普通の一般市民でしかなく、気高い理想の元に立ち上がったカリスマ的存在という訳では全くありません。
言ってみればトゥヴィアは成り行きでリーダーとなってしまい、人々を守り養う羽目になってしまったのです。しかし、一旦そうなったからには一人でも多くのユダヤ人を救うことを目的として、トゥヴィアは毎日を戦い続けます。
共同体をまとめ導こうとする彼の努力はまことに崇高なものです。しかし哀しいかな、共同体の人数が増えると同時に人々の思惑や欲望は交差しすれ違いだしちゃうんですね。
食料が足りないことへの不満はリーダーへの不満となって表れ、時にトゥヴィアは共同体の人々に半ばつるし上げられるようにしながら食料やら物資の調達をせざるを得なくなる。
このくだりは正直なところ、観ていて結構腹が立ちましたね。
「お前ら、文句ばかり言ってないで、自分でやってみろよ!」とか「ガタガタ抜かすんなら共同体から出ていけ!」とか言いたくなっちゃった。と云うか、私なら言う。絶対言う。
でもね、トゥヴィアは言わないんですよ。悩み苦しみ傷つきながらも、老人や女子供といった弱い人々ひたすらに守ろうとする。そして、幾数倍もの装備や人員を備えたドイツ軍や警察との戦いに挑むのです。

ユダヤ人に同情的な村人は警察によってリンチされ惨殺され、食料や物資の調達は日に日に難しくなっていきます。そして厳寒期、食料事情が遂に最悪な状況となると、共同体の中の一部の男たちが「食料は調達してきた者のものだ」と言い出し、力にモノを言わせてそれを実行しようとします。
この時のトゥヴィアの決断が凄まじかった。
そのリーダー格の男は共同体の初期からトゥヴィアたちと行動を共にしていた仲間であり昔馴染みなのですが(多分)、事を知らされ件の男を前にしたトゥヴィアはためらいも見せず、彼を撃ち殺してしまうのです。
その事件より以前の彼は「自分たちは強盗ではないのだ」と語り皆に言い聞かせ、食料調達の際も過激な行動や発言をする男たちを諌めていました。
「ドイツ軍に密告されるから殺してしまおう」と男たちが主張した農夫を殺さずに解き放ち、実際に密告されて窮地に陥ったことがありました。そうしたトゥヴィアのやり方を弱腰、優柔不断と捉え彼に対して不満を持つ者も少なからずいたにも関わらず、それまでのトゥヴィアはみだりに人を殺すことを厳に戒めていた。
これはある意味では至極納得なのです。トゥヴィアはこういった状況に至るまでは人を殺したことなど無いごく普通の一般市民であり、敬虔なユダヤ教徒だった訳ですから。
しかしこの最悪な状況下、一部の男たちの暴走を許すことは共同体の崩壊を意味し、それは多くの人々の死に直結しかねない。瞬時にそのことを悟ったトゥヴィアは、自分の中での禁忌であった同胞殺しを躊躇無く実行するのです。

私がこのくだりで思い出したのが、ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」でした。
有名な作品ですからご存知の方も多いと思いますが、飛行機の墜落で無人島に置き去りにされた少年たちが、当初は協力し合って生き延びようとするものの、次第に対立するようになるという小説です。
内なる獣性に目覚めた少年たちが互いに殺しあうまでに至ってしまう悲劇的な物語は、人は決して善なるものとしてだけ存在するのではないという哀しくも辛い真実を読者に突きつけるのです。
「蝿の王」での少年たちの暴走は、彼らを救出に来た大人たちの視線(=一般社会の常識)によって終結します。
しかしこの森の中で男たちの暴走を止めたのは、力でした。
銃による殺傷という意味ではありません。人々を守る、一人でも多くの命を助けるという、それは強烈な意志の力です。男たちから優柔不断と看做されかかっていたトゥヴィアの信念が男を殺し、共同体の崩壊を差し止めたのです。



この一件の後、人々を率いる真のリーダーとなったかに思えたトゥヴィアの元、共同体は人数を増し、「ビエルスキ・パルチザン」の名は有名になっていくのですが、業を煮やしたドイツ軍による森の徹底包囲が始まります。
多くの弱者を抱え、武器も足りないトゥヴィアたちは森を捨てて逃げ出すのですが、森の切れたその先には果てしないほどの沼が続いておりました。
ここまで必死に戦い人々を叱咤激励し続けてきたトゥヴィアでしたが、ここに至って混乱し決断を下せなくなってしまいます。そんな兄の姿を見て、それまでずっと兄の背中に隠れていた三男が立ち上がります。兄を一喝し、ありったけのベルトやロープを繋ぐことを人々に指示して、皆で数珠つながりになって沼を渡っていくのです。

ここのシーンは見ごたえがありましたねえ。
力強い二人の兄の影でいつもオドオドしていた三男はいつの間にか立派に成長し、生きるために決して諦めない大人の男になっていた…!
三男を演じたジェイミー・ベル。それまではひよわでいかにも頼りない風情だったのが、きりっと男らしく、身体まで一回り大きく見えるような演技を見せておりました。
一方、それまで皆を守り率いてきたトゥヴィアのまるで人が変わったような惨めな姿は、彼がこれまで如何に必死で自分を鼓舞し皆のために力強く振舞っていたかの表れであり、その反動だったのだろうと思います。
精根尽き果てて、張り詰めていた糸が切れてしまったトゥヴィア。
それでもってこの時のダニエルの、濡れて汚れてプルプル震えている捨てられた子犬のような風情がなんとも愛おしく切なく。
こういった演技や存在自体の振り幅の広さが、ダニエル・クレイグの真骨頂だと私は思うのです。
典型的なカリスマヒーロー像などではない、リアルで等身大の生身の男。己の信念に従って悩み苦しみ時に惑い、時に失敗しながらも必死に生きようとする一人の男。ダニエルはそれを実にリアルに演じておりました。

終盤、とうとう彼らはドイツ軍に追いつかれてしまいます。
女子供や老人たちを逃がし、実戦部隊の数人だけで何とか時間を稼ごうと必死になるトゥヴィアたちですが、多勢に無勢、遂にドイツ軍に包囲されてしまいます。
絶体絶命のその瞬間、ソ連軍に加わって共同体を離れていた弟ズシュが、トゥヴィアたちを助けに飛び込んできます。
ソ連軍に身を置きロシア人兵士らと互いに「同志」と呼び合いながらも、自分達はやはりユダヤ人でしかないことを実感したズシュは仲間を引き連れソ連軍から脱走し、同胞を守り導く兄に同調する道を選んだのでした。
多くの犠牲を出しながらも遂に「ビエルスキ・パルチザン」の面々はドイツ軍を撃退し、多くのユダヤ人の命は救われます。再会した兄弟たちは固く抱きあい、再び手を取り合って人々と共に生きるための道を歩みだすことを誓うのでした。

ビエルスキ兄弟を中心とするこの共同体は、この後数年間、森の中で千人を超える人々を守り生かし続けたとのこと。彼らの話はシンドラーや杉原千畝の逸話ほどには有名ではなく、これまではあまり語られていなかったそうです。
長尺の映画ですが、語られるエピソードの一つ一つ全てがとてつもなく重く大切で、カット出来なかった監督の苦労が判るような気がします。
派手なヒーロー物語でもなくお涙頂戴的粉飾もなく、時に薄汚く時に暴力的で愚かでありながらも、人は人として必死に生きその必死さゆえに人は美しく愛おしい。
そういった人々の実像をリアルに描いた佳作です。
人は本来的に善なる存在ではない。しかし善たることを心から望み、必死で足掻き命を賭けて悪に堕ちることを拒否するのもまた人間の真実である。
是非、映画館でご覧ください。

カミーユとボンドとその他アレコレ〜「慰めの報酬」その4

    2009.02.19 Thursday| 01:34 |
先日の記事で取り上げたマティスとボンドの一件については、管理人の妄想と願望が目一杯込められたそれこそミスリード的解釈なので、そこんとこよろしく。
これが絶対に正しいのよ!正答なのよ!ということでは全くございませんのでー。
でもって引き続き、「慰めの報酬・二箇所のミスリード編」のその2でございます。
本日の記事もネタばれ大爆発、しかも妄想だっててんこもり!なので、ご容赦くださいませ。

ラストの山場、ボリビアの砂漠の真ん中にあるホテルでのバトル&爆発シーン。
メドラーノ将軍を討ち果たし家族の復讐を成し遂げたカミーユですが、燃料電池の爆発による火事で、身動きが付かなくなってしまいます。
単純に火にまかれたということだけでなく、それは彼女のトラウマ故──子供の頃、メドラーノ将軍によって家族が惨殺され自宅に放火された──なんだよね。例の背中の火傷(日焼けに見えちゃうヤツね)はこの時に負ったもので、彼女は復讐を忘れないために敢えてその火傷の痕を隠すことをしないという設定らしい。字幕では説明されないから(笑たらーっ)判んないけど、カミーユ演じるオルガ・キュルリレンコ自身がそう語っております。
爆発に次ぐ爆発の中、何とかカミーユの居る部屋まで辿り着いたボンドだけど、時既に遅し。入り口付近は完全に火が回り、逃げ場はどこにもなくなってしまう。
火に怯えるカミーユ、身体を小さく丸めて「焼け死ぬのだけはイヤ」とつぶやき続ける姿はなんとも痛ましい。観ているこちらが痛ましく思うくらいだから、現場でカミーユを抱きかかえているボンドにはそれ以上に痛ましく辛いはず。
ちなみにこのシーン、前作「カジノ・ロワイヤル」でのボンドがヴェスパーを宥めるシーンに酷似しております。もちろん、意識的なものだと思う。
ボンドが人を殺すシーンに居合わせ、自らもそれに手を貸してしまったヴェスパー。あまりのショックに怯えシャワーに打たれ続けているのを見つけたボンドは、服も脱がずにシャワーの下に座り込み、怯えて震えるヴェスパーを抱き寄せるという素晴らしいシーン。
人と人が心を寄り添わせるには余計な言葉なぞいらない。相手を愛おしむ気持ちと互いの温かい体温さえあれば事足りるんだなあと思わせてくれる、美しいシーンでした。

話を戻して「慰めの報酬」でのこのシーン。
復讐を果たしても殺された家族が戻ってくる訳じゃない、何年もの間、復讐の念だけを凝らし張り詰めていた緊張の糸がプッツリ切れたカミーユ。業火への恐怖が相俟って、まるで子供返りしてしまったようなカミーユをボンドは子供をあやすがごとく優しく抱きしめます。
逃げ場は無い、どうすればいいのか?とばかりに周囲を見回すボンドは落ちていた銃を発見。カミーユに気づかれないようにそっと銃に手を伸ばしたボンド、カミーユを宥めながら銃を構えるのです。
決意したように表情を引き締めカミーユの目を覆ったボンド、今まさに引き金を引こうとしたその瞬間にカメラは、壁が崩れて現れた燃料電池を映し出します。
一瞬の躊躇いも無くボンドは燃料電池を銃打ち抜き、電池は大爆発。ぽっかりと開いた壁からボンドはカミーユを促して脱出するのです。

ここで皆さんに質問です。
このシーンでボンドがカミーユを撃つんじゃないかと思った人!居たら、手を挙げて!
ハーイ!私、私!って、まさかボンドガール=ヒロインをボンド自ら撃つはずは無いんですがね。
ボンドの遣る瀬無い視線と悲哀の籠もった表情、「焼け死ぬのはイヤ」とだけ繰り返すカミーユ、迫る業火…と重なったら、この可哀想な子供(ボンドにとってはカミーユは子供にしか見えないと思う。セクシャルな対象では絶対にない)を焼死の憂き目に合わせるくらいならいっそ自分の手で苦しまないように止めを刺してやろう〜ボンドはそう考えたに違いないと、見た瞬間に私は思ったわけです。
これは私だけの解釈ではなく、観客がそう思うように仕向けた意図的なシーンだと思うのですね。
本当のところボンドが何をどう考えていたのかは説明されず、実際には判りません。
カミーユを撃って彼女を楽にしてやることは足手まといが無くなるということでもあるんだけど、ダニエル=ボンドの行動パターンとしてそれは考えにくい。自分一人なら脱出出来るという段階では既に無かったのも確かだし、そもそもそんな風に考えるならカミーユを救うために探したりもしなかっただろうしねえ。
もしかすると、カミーユを撃とうとしたという解釈自体が全く間違っている可能性だってある。
と云うのも、カメラが燃料電池を映すタイミングがずるいと言うか微妙なんだよね。
その時点まで観客にはそこに燃料電池が存在することは判らない。でも、現場にいたボンドには何かが見えていたか、判っていたのかもしれないし、闇雲にでもいいから壁付近を銃で撃って死地を脱しようと思っていたのかもしれない。
いろいろなパターンが考えられるし、様々に解釈出来るのです。
いずれにせよ作り手側は観客をミスリードし、そして最後に二人が無事脱出することでカタルシスを与えようとしたのであろうと。まあ、見事に引っかかって翻弄された観客がココ(←私)に一人居るわけですが。
しかし、このシーンでのダニエルの微妙精妙な表情はまさに絶妙でした。
こんな風に逡巡する姿は007というキャラクター本来の不撓不屈の精神にはそぐわないはずなんだけど、ダニエル演じるところの悩み惑うジェームズ・ボンド、冷徹な仮面で優しく脆い素顔を覆っているボンド像にはとても似合っていて相応しいと思う。


さてさてミスリード編がようやく着地したところで、その他あれこれ乱れ撃ちです。
ちょっと駆け足ですが、これを書いちゃわないと心穏やかに「ディファイアンス」の感想が書けない管理人なもので、ご容赦をば。


★ Mがすっかりお母ちゃんである件
まあ、前作のカジノ・ロワイヤルの時点でMはすっかりお母ちゃんキャラだった訳ですが、今作では一層それが際立って、いっそ肝っ玉母さん的な雰囲気すら漂っています。
MI6の皆さんからはすっかり「マム」呼ばわりだし、本人ももう当たり前に受け止めてるし。前作ではボンドに「マム」って呼ばれてプリプリしてたような気がするんだけどなあ。
前任のブロスナン=ボンドの時の彼女とは大分雰囲気が変わったようにも感じます。ダニエル=ボンドとブロスナン=ボンドとのキャラクターの違いがあるんだろうけれども。
新007になってからのMのほうが、より人間的魅力に溢れていると思う。お母さん的な包容力だけじゃなくて、ボンドとの関係性にほんのちょっぴりだけどセクシャルな匂いのある点などが、Mというキャラクターに深みを与えていると思う。
「CIAが何よ!私は自分の部下を信頼してるのよ!」と云う台詞には痺れましたねえ。
初回観に行った時、私たちの隣に座っていた50代くらいの男性なんてそこのシーンで拍手してましたよ。流石に音は立ててなかったけどね。

★ フィリックス・レイターはボンドに甘い。
とにかくもう徹頭徹尾ボンドの味方ですね、彼は。
前作「カジノ・ロワイヤル」では時の氏神のごとくボンドに資金提供をしてくれたレイター、今作ではボンドをさんざん庇いだてした挙句に、同僚を謀ってまで情報を提供する役柄。
何でそこまでしてくれるんだ、レイター?まあ、ボンドの人間性と男気に惚れたんでしょうね。きっと(ほくそ笑むわたくし)。
まあねえ、レイターだけじゃなくMI6の皆さんも揃ってボンドには何かと甘いしね。そもそもMだって、ボンドにはなんのかんの言いつつ大甘なんだからしょうがないんだけど。
ところでこの「フィリックス・レイター」と云う名前ですが、カジロワん時のプログラムでは「フェリックス・レイター」になってたので私はずっとそれを遵守していたんですが、今作では「フィリックス」表記になってました。どっちやねん。
ちなみに創元推理文庫版のイアン・フレミング著、井上一夫訳による「007 カジノ・ロワイヤル」では「フェリックス」でした。英語の音を日本語表記する上ではどうしても違いが出ちゃうのはしょうがないんだけど、出来ればシリーズでは統一してほしいなあ。いろいろと支障がでるじゃないか!(←ごく個人的支障)

★ ボンドってば甘えん坊さんラブ
いやもう、腐っててすみません。
でもね、でもね、前作でもその片鱗は見せまくってましたが、今回のボンドはとにかく甘えっこだったと思いません?
本来、007と云えば女性にモテまくり&女性に甘いというキャラクターな訳ですが、ダニエル=ボンドは男女問わずに甘やかされ&甘えまくっている気がしてならないのです。
MやMI6の皆さんに対してはもちろんのこと、マティスに対してもレイターに対しても、彼らが自分を助けてくれるって全く疑ってないのが凄い。どっから来るんだ、その自信。
それでまた、お得意の上目遣い甘えっこビームを発射すると、頼られた連中ってばぼやきつつ困りつつもやっぱりすっかり手を貸すしねえ。
あんな鋼のような肉体に厳しい顔立ちをした男なのに、なんであんなに甘えん坊なんだろう?しかも、それに違和感が無いんだろう?
…これぞ、ダニエル・クレイグの魔法、もしくは魔力。
「Some Voices」を観よ!「Infamous」を観よ!
って、どちらも日本じゃDVDすら出てないけどさ。どちらの作品にも、最強兵器上目遣い甘えっこビーム出しまくりのダニエル満載でございますわよ。
あ、そだそだ。最近になってウチにお出でくださったダニエル・ファンの方がもしいらっしゃたら、上記二作品についての感想をこのブログのどっかで書いてますので、ページ上のSerachにて検索してくださいませ。
うっとうしく何ページにも渉って書き綴っておりますので。

マティスとボンド〜「007/慰めの報酬」その3

    2009.02.16 Monday| 23:38 |
先週の土曜日、この日が公開初日だったダニエル主演作「ディファイアンス」を観て来ました。
136分とかなり長い作品でしたが、非常に見応えのある良作だったと思います。
早速感想を書きたいところなのですが、「慰めの報酬」についてまだ少々書き足りない。
一つのことを終わらせないと次に取り掛かれない融通の利かない&要領の悪い性格なもので、「ディファイアンス」感想はちょっと先送りさせていただき、今日は「慰めの報酬」アレコレ乱れ撃ちと題して、諸々書き連ねてみようかなと。

えーと、何を書こうと思ってたんだっけ…ごそごそ(と、前に自分が書いた記事を読み返す)。
そうだ「二箇所のミスリード」だ、これこれ。

本日のお題 : 二箇所のミスリード〜私はこう解釈した!

※例によってネタバレ大爆発です。ネタバレNGの方は読まないでね。

正確にはミスリード(読者を誤った解釈に誘導する文章、内容)とは違うのかもしれないんだけど、今回のお話の中、ボンドの取った行動で非常に解釈に迷うシーンが二箇所あったのです。
先ず取り上げるのは、ボリビアでの「グリーン・プラネット」のパーティの後、ボンドとカミーユの乗った車がボリビア警察に停止させられ、トランクを開けろと指示されるシーン。
『何故、トランクを?』と疑問符を飛ばしながら(←気づけよ。観客はほぼ100%気づいてるぞ)ボンドがトランクを開けたら、そこには瀕死のマティスが押し込められていた訳です。
ボンド驚愕、辛うじて息をしているマティスを慌てて抱き上げようとするんだけど、その瞬間、警察官が「生きてるぞ!」と叫び、銃撃するんですね。ボンドの背後から撃っているので、普通ならその弾はボンドに当たるのが順当。
ところがどっこい、弾が当たる寸前にマティスを抱え上げたボンドの身体が反転、ボンドとマティスの立ち位置が逆転してしまうのです。
観てない方には判りにくいかもだけど、えーと、要するに、ボンドがマティスを盾にしたように見えるのね。
私が敢えてまだるっこしい表現してるのは、ボンドがそうした(=瀕死のマティスを盾にした)と考えたくないからなのですが、最初に観た時はどうにもそう見えちゃったのですね。
しかも、その撃たれたマティスの身体をボンドってば警察官に向かって投げ付けるのです。前作からの流れや今作のここまでの流れを考えずにこのシーンを見ると、「あーやっぱりスパイって非情なのね、酷い…」とか単純に考えてしまいそうなのですが。
でもねえ、案の定警察官を返り討ちにし瀕死も瀕死のマティスとの最後の会話をするボンドを見てると、とても自分の身を守るためにマティスを盾にしたとはとても思えない、思いたくないのですよ。
で、私は考えた。

その1.全ては訓練された諜報員としての本能的な動きであった。
ボンドにはマティスがボコにされた理由とその犯人が瞬時に判ったはず。怒りで頭が沸騰したところに銃がぶっ放されたものだから、反射的に手近なブツ(=マティス)を盾にしてしまった。
100%無いとは言い切れない解釈ではないかと。
自分の身を守らねば任務(&復讐)は遂行できないし、あんな至近距離で撃たれてマティスと自分の両方を守ることは不可能。そう瞬時に身体が判断し、結果的にマティスが犠牲になってしまった。
…でもねえ、他のスパイ映画ならいざ知らず、007しかもダニエル演じるジェームズ・ボンドのキャラクターにはそこまで冷酷非情なことは例え反射的であれ出来ないし似合わないのではないかと。
なので、個人的な希望も含めてこれは却下。

その2.全ては偶然の成せる業であった。
いくらボンドが屈強でも、マティスが割と小柄でも、男一人を抱えあげるのは結構重い。しかも相手が瀕死の重傷を負っていたりしたら尚のこと重い。
なので、よっこいしょと抱え上げた反動で身体のバランスが崩れたところにそのタイミングどんぴしゃで銃が撃たれ、自衛本能で身体がクルリ回転。その結果としてマティスを盾にすることになってしまった。
ちょいと苦しい解釈かなあ?
その後のマティス投げ付けの一件については、どうせ撃たれちゃってるし(酷い言い方だが曲げようの無い事実)もう仕方が無いという判断が半分と、自棄のやん八が半分ってとこではないかと。
上記のその1と、下に書いたその3の中間的な解釈でございますです。

その3.瀕死のマティスからの最後の贈り物であった。
ベテラン諜報員だったマティスのことだから人の死も沢山見てきただろうし、かなりの修羅場だってかい潜ってきたはず。自分の今の肉体的状態なんて重々判っているし、自分たちが置かれている状況がかなりヤバイのも判る。
それでもって責任も感じていたはず。自分の友人だと信じ、ボンドを紹介した相手に思いっきり裏切られたんだもんね。
撃たれる!と判った瞬間、残っていた僅かな体力と気力を振り絞って、ボンドと自分の身を入れ替えたのではないかと。マティスが身を挺してボンドを守ったのではないかという解釈です。
この解釈、ちょっと綺麗すぎるのは確か。何でマティスがそこまでボンドに献身してくれたのか?という疑問だって残るしね。その点について語りだすとまたとんでもなく長くなりそうなので割愛しますが、最後のボンドとマティスとの会話をしみじみ検証した結果、案外これが正解かもという気がしてきた。
私が確信を持った理由の一つが、ボンドの言ったこの台詞。
「僕が守ってあげていれば」
マティスと警察署長を残してその場を離れたこと、マティスに付いていてやらなかったことをボンドは心底後悔しているんだよね。もし、ボンドがマティスを盾にしていたとしたら、いくらなんでもこんな白々しい台詞は吐けないんじゃないかなあ。
最後の会話でマティスはボンドに、死んだヴェスパーとボンド自身を許すことを促します。マティスはボンドを理解し許し、ボンドはマティスに理解され許されそして救われたのだと思う。
マティスが息を引き取ってもボンドは泣かない。弱音を吐くこともしない。しかしその青い瞳には間違いなく慟哭が宿っていた。

と云うことで、三回目の鑑賞時点で私はその3の解釈を取ることに決めました。
うん、いいんだ!私はそう解釈したんだもーんだ!!

って、やっぱり長くなったので、もう一箇所の疑問点は明日に回させていただきます。
ちっともアレコレ乱れ撃ってないけど、花粉症がいよいよ始まったので集中力が続かないのです。ご勘弁くだされ。

さてさて「ディファイアンス」感想は果たしてどうなる?!実は「ベンジャミン・バトン」も観たけどこっちだって感想書きたいぞ!待て次号、乞うご期待!!
…花粉症の薬が脳に回ったらしいですよ?

「慰めの報酬」ボックスオフィスと映画評

    2009.02.05 Thursday| 23:57 |
こんばんは。すっかりこちらを留守にしてしまって、申し訳ありません。修羅場を乗り越え無事打ち上げ、約10日ぶりにこちらに戻ってきた管理人です。
その間、「007/慰めの報酬」の動向はと云いますと、以下のような状況。

★★国内映画ランキング★★

先ずは気になるのが全国公開がスタートした、最初の土日の興行収入です。
1/27(火)付けで発表された、国内ボックスオフィス(週末興行成績1月24日〜1月25日)は…。
ジャジャンッ!第一位は「007/慰めの報酬」でした!
前週の先行上映で2億7160万円の興収を上げていたので、大方の予想でも首位スタートは間違い無し!とされていたようです。
初日と二日目の合計興行収入は3億1393万円、先行上映と合わせて5億8000万円を突破したのはまあまあの滑り出しと云えるのではないかと。
ちなみにこの週の二位は前週封切りだった「感染列島」、三位は「炎神船隊ゴーオンジャーVSゲキレンジャー」でした。
「慰めの報酬」と同様、この週が封切りだったディカプリオ主演「レボリューショナリー・ロード」は五位。アカデミー賞最有力!って宣伝してた割には、作品賞や主演賞ではノミネートされなかったからねえ。
暮れからこっち、予告編をずいぶん観たけど…ごめん、うっとうしい男女のうざったいお話?としか、予告編からは汲み取れ無かったよ。…って、観てもいないのに済みません。

さてさて、公開二週目となる先週末(1/31〜2/1)の興行成績はと言いますと。
「慰めの報酬」は第三位に落ちてしまいました。あら、イヤン。
一位は「20世紀少年 第二章」、興行収入6億2000万円だそうな。あー、まあねえ、やっぱり強いやねえ。
ちょいと、と言うかかなり予想外だったのが二位の「マンマ・ミーア!」です。何と、前週の「慰めの報酬」を凌ぐ、4億3600万円だって!
基本的に日本ではミュージカル映画はウケない、特に明るく楽しい系のミュージカルはウケないはずなんだけどなあ。日本でのミュージカル映画のオープニング記録としては過去最高だそうです。
確かに宣伝はかなり派手だった。「レボリューショナリー・ロード」とは真逆で、あの予告編を見せられるとなんとなく観たい気分になるもんね。
ちなみにこの興行収入等のデータ、日本の映画情報サイトだと順位くらいしか掲載されてないのに、アメリカのサイトだと公開スクリーン数やその週末興収、合計興収などが詳しく掲載されていて便利。
BOX OFFICE MOJOというサイトによると、日本における「慰めの報酬」のこの週の興収は$2,645,847だったそうな。1ドル=90円換算で約2億3800万円ということになります。

BOX OFFICE MOJO

ご存知の方も多いと思うけど、このサイトには欧米各国や日本だけでなく、アフリカや南米など世界中の国々のボックスオフィス詳細が掲載されていて、なかなか興味深いです。

先行上映から始まっての合計金額が$12,613,658なので、約11億3500万円。
ちなみに前作の「007/カジノロワイヤル」の日本での興収が約22億1000万円だったそうな。現時点で半分程度か。うむむ。
前作は12月初旬封切りでお正月を挟んでの公開だったからなあ。…ソニーの馬鹿たれ。
 


★★映画評など★★

映画雑誌や専門誌の映画評は端から興味を持っている人が読むものだからいいとして、むしろ気になるのがファン以外、マニア以外が目にする率の高い新聞や一般雑誌の映画評。
私の手元にある新聞や雑誌の切抜きから、いくつか抜粋してご紹介。


「読売新聞」(1/23夕刊)
スマートというより荒々しく、ダンディというより無骨。ダニエル・クレイグ演じるボンドは、心に傷を抱え、悩み、怒りを制御できない人間臭さに溢れている。
カーチェイス、海上ボート対決、空中戦、さらに鍛え上げた肉体による格闘場面もたっぷり。
監督は変わったが、次々繰り出すスピード間あふれるアクションは更に激しさを増している。
だが、人間ドラマで定評のあるフォスター監督、孤独な戦士の苦悩をきっちりと描き出している。


内容は抜粋しました。良いとこばかりを拾ってくれてかなり褒めてます。ちょっと観に行きたくなるレビューで、読売新聞さんありがとう!って感じ。
ちなみに読売新聞は、翌週の金曜日の夕刊にはマーク・フォスター監督のインタビューも掲載しておりました。
監督は、女性と戯れるボンド像を「あまりにも陳腐」と感じていたそうで、今作の依頼にも当初はあまり乗り気で無かったとか。しかし、前作でダニエルが演じた新生ボンドの、深い悲しみを背負って容赦なく敵に立ち向かう男の姿を見て、孤独を抱えた人間ボンドを描こうと考えたんだそうです。
プロデューサーは予想以上に自由にやらせてくれた、とも語っております。


「週刊文春」(1月30日号)
シネマチャートと云う、割と辛口な映画欄です。
映画評論家、作家ら五人による三行レビューと☆付け。前作のカジロワでは☆5が二人、☆4が二人、☆3が一人とかなりの高評価でした。
今回の「慰めの報酬」は、☆5が一人、☆4が二人、☆3が一人、☆2が一人でした。
☆5は言わずとしれたおすぎなので置いておくとして(笑)、他の四人(同じ面子です)は前作よりも一個ずつ星を少なく付けてます。
面白いのは、敵役ドミニク・グリーン(マチュー)の評価が真っ二つなところ。

映画評論家某氏「アマルリックの敵役がいい」
作家某氏「悪役演じるマチューが物凄く怖い」


と、☆4つのお二人はマチューを高評価。三行しかないレビューの中にわざわざ織り込んでるんだもんね。
ところが、☆2のコラムニスト某氏曰く「悪玉が小粒」だそーです。
いやあれはね、小粒なんじゃなくてね…と、この件を語りだすと長くなるのでまた明日以降に回しますが、どうやらこのコラムニスト某氏は新生007がとことん気に入らないらしい。
カジロワでは☆3付けたものの「007には優雅さと茶目っ気が欲しい」とくさしてましたが、今回は「ボンドが苦悩するなんて」とおっしゃっております。ダニエル=ボンド完全否定だね、こりゃ。
☆2の評価の意味合いは「暇だったら…」ということなので、彼女はとことんとにかく今の007が徹底してお嫌いらしい。
私はこのコラムニスト某氏の著作を何冊か持っておりまして、文芸や映画関連についての批評には非常に同意するものがあったので、個人的にはちょっと残念です。まあ、人の好みはそれぞれ、それぞれ(と呪文を唱えるわたくし)。


「週刊新潮」(2月5日号)
スクリーンという映画欄、「慰めの報酬」は匿名批評で81点が付いておりました。
80点台は「大満足。是非観てほしい」ということになるので、私も大満足。

ダニエル・クレイグの6代目ボンドは、見る前に跳んじゃうあんちゃんキャラ。感情のコントロールがいまいちヘタで、上司Mを母親のように心配させたり。
今回もあんちゃんキャラが前回、陸海空を使った生身のアクションの大盤振る舞いは笑えるほど。
戦う相手が複数なのも今風で、共演女優もタフ。


ちょっとだけ抜粋しました。
小馬鹿にしているようにも取れる文章だけど、点が高いので好意によるものと解釈しよう。
共演女優がタフっていうのは同意。
今どきの女はこうなんですよ。色っぽく腰くねらせて流し目してるだけの女が、過酷な現実を生き延びられる訳が無い。

以上、各誌映画評抜粋でした。
次回は、課題の「ドミニク・グリーンは果たして小粒な悪役か?」に迫ります。

ボンドとの再会〜「007/慰めの報酬」その1

    2009.01.25 Sunday| 22:40 |
祝!「007/慰めの報酬」、日本公開!!

昨日1月24日(土)は──待ちに待って待たされ過ぎて管理人すっかり不貞腐れ、でも先週の先行上映でやっぱりボンド格好良くてすっかりご満悦さ──全国一般公開開始!でした。おめでたい!(←のは、管理人の頭)
ええ、もちろん、行って参りましたとも。先週と同じシネコン、同じスクリーン、奇しくも座席まで全く同じ!
お客さんが沢山入って満員御礼!だといいなあ♪ってワクドキしながら出向いたんですが、446席中、6割弱程度の入り…あ、あれっ?
先行上映の初日初回上映でも6割程度の入りだったんですが、先行上映を知らない人もいるだろうし、先行だとポイントカードの無料券が使えないとか制限があるので、一般上映を待つ人も多いんじゃないかなと、希望的観測を持っていたのですが。
もっとも、このシネコンはちょっと特殊事情があったりする。
ここいら周辺、東京西部から神奈川県東部付近ってちょっとしたシネコン激戦区なんですね。
私が昨日行ったのは109系なんですけれども、3キロくらいしか離れていない場所にワーナー・マイカル系のシネコンがあるんですね。でもって半径10〜15キロぐらいに範囲を広げてみると、東宝系が2館、109系が2館、ワーナー・マイカル系が2館って、ちょっとそれはあり過ぎだろうって云うくらいのシネコン天国(経営側には地獄)。
※館数、距離範囲については私が大まかに把握している情報ですので、正確ではありません。

都内と違って、遠方からその映画館を目指してくる人はほとんどおらず、原則的には近辺の住人がターゲットな訳です。
都市近郊ベッドタウンで人口はそこそこ多いけど、決まったパイを奪い合う訳だから必然的に競争が激しくなり、割引合戦になっている。
09シネマズ港北なんて、ポイントカード会員ならいつでも1000円で観れちゃうんだよ!…ウチからは交通費を考えると意味が無いので、行かないけど。
とまあ、そんなこんなの状況なので、400席超のシアターで6割ならまあまあの観客数と云えるのです。多分。いや、きっと。

えーと、神奈川在住の方以外にはあんまり関係無い話題で済みません。
本題に戻ります。
先行上映で観た際は、大まかなストーリーと字幕を追いかけるだけで結構一杯一杯な状況でした。
必死で(ちっちゃい)眼を見開いて耳の穴(これもちっちゃい)かっぽじって、全身全霊で映画世界を堪能し尽くそうとしたのですが、待たされ過ぎたお陰で期待はめっちゃくちゃ膨らんでるし、惚れたお人に惚れたきっかけの映画の続編な訳ですから冷静に観ようと思ってもやはり無理。
難解なストーリーって訳ではない…と思うのです(前作を観ていれば、という条件つきだけど)。
要するにわたくし個人の前作「007/カジノ・ロワイヤル」への思い入れが大きすぎるが敗因。
続編であるこの「慰めの報酬」の全てを確認し、理解、堪能しようと欲張り過ぎた故。まあ簡単に云えば、頑張り過ぎて脳味噌がショートしたと、そういうことですね。
でもって、ようやっとの二度目の鑑賞。
ストーリー展開、登場人物、大まかな台詞が既に頭に入っていることで、少しだけ冷静に、かつ細部まで映画を鑑賞出来たような気がします。

注意!
以下の記事には、大量のネタばれが含まれます。映画未見の方でネタばれNGの方は、お読みにならないようお願いいたします。
また、管理人の思い込みによるかなり偏った見方&感想が展開されておりますので、こちらもあらかじめご了承の上、お読みいただけますようお願いいたします。



「007/慰めの報酬」(2008年、イギリス・アメリカ)

英国情報部の諜報部員ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、カジノ・ロワイヤルでの事件で心から愛した女ヴェスパー・リンドを失った。ボンドは事件の黒幕と目されるホワイトを連行し尋問しようとする。
ところが、情報部内にまで入り込んでいた敵方の手によりホワイトは奪還されてしまう。
ボンドは少ない情報を頼りにハイチに飛び、謎の女性カミーユ(オルガ・キュリレンコ)と知り合う。
不幸な過去を持つカミーユは、ボリビアのメンドーサ将軍への復讐に燃えていた。
カミーユを通じてボンドは、環境関連団体のCEOを名乗るドミニク・グリーン(マチュー・アマルリック)の存在を知る。グリーンはボリビア政府の転覆と、それによって貴重な天然資源を独占することを企んでいた。
CIAと通じているグリーンは各国の要人とも繋がりがあった。ボンドは、世界的規模で広がっている謎の組織の存在に気付く。
ボンドの暴走を危惧する上司M(ジュディ・デンチ)にカードやパスポートを止められたボンドは、カジノ・ロワイヤルの一件でボンドと疎遠になっていた元情報部員マティスに協力を求める。
マティスと共にボリビアへ向かったボンドに、組織の魔の手が迫る…!



冒頭からいきなり始まる激しいカーアクションを皮切りにアクションに次ぐアクション、イタリア、イギリス、そしてハイチ、再びヨーロッパに戻ったかと思えば今度は南米ボリビアへと目まぐるしく物語は展開します。
前作に比べて40分も短い「慰めの報酬」は、1時間40分の尺の中にこれでもかという位に山盛りのアクションとエピソードを詰め込んであり、観客はジェットコースターに乗り込まされたがごとく振り回され、物語に圧倒されます。
飽きてる暇などある訳も無し、うっかりすると瞬きすら忘れそうなノンストップストーリー。
それでいて、細かいところまで丁寧に作り込まれているのがくっきりと判る映画です。
これだけの大作ですから当然と云えば当然なのですが、プロット、ストーリー、脚本、美術、衣装、そして何よりも役者の演技、どれ一つとっても手抜きが無い隙が無い。
さすがポール・ハギスと云うところでしょうか、脚本には深みがあり、登場人物それぞれに命があります。書き割りのような薄っぺらい人物などは存在しません。
例えばMI6の職員たち、例えばドミニク・グリーンの名前も判らない部下、そういった二言三言台詞が有るか無しかの脇役ですら、彼らには彼らの生きてきた歴史やここに至るまでの物語が存在する、そんな風に感じさせられます。
物語の展開はとにかくスピーディで、しかも破綻がありません。
前作「カジノ・ロワイヤル」の続編であり、補完編であり、次のより壮大な物語へと続く第二の序章として完璧に成立しています。

そして何よりも、賞賛すべきはダニエルの演技です。
ダニエルが演技の上手い役者であることなど何をいまさらってなもんですが、この「慰めの報酬」での彼の演技は、ダニエル・クレイグという役者の現時点での最高峰と云いきれるのではないでしょうか(…最新作なんだから当たり前!などと云う突っ込みは無しの方向でよろしく)。
ボンドの怒り、哀しみ、苦悩、激情、秘められた優しさや愛情、信頼できる人にだけ向けるほんの少しの甘えや信頼。
常に揺れ動き変化していくボンドの全ての感情を、大仰では無い抑えた演技で、しかも的確に表現しています。
例えば、伏せた睫毛や微かに震える口元。それだけであれほどの深い感情を表現できるダニエルは、やっぱり凄い。

昔の007のようなユーモアが無いなどと云われているようですが、注意して観ているとところどころに可笑しみのある台詞が散りばめられ、ちゃんと観客への配慮がなされていることが判ります。
人間は緊張を持続出来ないのが普通なので、ハードなアクションやシリアスなシーンばかりでは緊張感MAXになった挙句にその緊張の糸が切れてしまう。そのため、どんなシリアス映画にでもちょっとした息抜き的台詞やシーンを入れ込むことは映画作法として必然なのですが、この「慰めの報酬」と云うハードで凝縮された物語の中にそれを入れ込むことはかなり難しいことだったのではないでしょうか。
個人的に好きだったのは、ボンドがボリビアへ乗り込んだシーン。
現地係員フィールズ(ジェマ・アータートン)に案内された安ホテルが気に入らないボンドは、高級ホテルへ向かおうとします。
フィールズ「休暇中の学校教師なんだから!」
…要するに、学校の教師が高級ホテルに泊まるのは不自然ということらしいのですが、ボンドってば強引に案内させた挙句到着した高級ホテルのフロントに向って一言。
ボンド「宝くじを当てた学校教師だ」
フロント係員「それはおめでとうございます」

また、こんなシーンも。
車を乗り付けたカミーユがボンドに「早く乗って!」と促すシーンが二回出て来ます。
一回目は二人の出会いのシーン。お互いに勘違いがありましてカミーユがボンドに銃をぶっ放し、ボンドは慌てて車から飛び降りるんですね。
二回目は逆のシチュエーション、カミーユがボンドを助けに来るシーン。先ほどのシーンの再現のように「早く乗って!」と叫ぶカミーユに対して、ボンドは「今度は撃たない?」と聞き返す。
ここのボンドの言い方がめっちゃ可愛かったのと、カミーユのスルーぶりがなかなか可笑しかったのでした。

こんな感じのやりとりが何か所か出てきて、ダニエル=ボンドのストイックな風貌とも相俟って、独特のユーモアを形成していると思います。
昔の007は粋でオシャレな会話の妙と云うのがウリの一つだったと思いますが、古き良き時代の優雅なスパイにはその小粋さが似合っていても、ギスギスした現代社会をリアルに生きている諜報部員にとっては浮世離れし過ぎ。
そういう観点から考えると、何か所かで見受けられるこのちょっとした会話の妙は、「慰めの報酬」と云う映画の中できっちり必要不可欠な分だけのユーモアを観客に提供していると思います。
多少、やりすぎかも?っていう箇所もありましたが。
逃げるボンドとカミーユを追いかけるエルヴィス(グリーンの部下)を、フィールズが足を引っかけて階段から落とすシーンがあります。階段から転げ落ちるエルヴィス、その頭はなんと!…カツラでした。
確かにあのキノコ頭は最初っから違和感あったけどね、まさか、そんなだとはね…と、観客に思わせたかったのでしょう。
映画全体のトーンを考えた場合、良し悪しは別としてかなり思い切ったシーンなのですが、カツラが外れるのは一瞬で直ぐに画面が切り替わっちゃうから、気づかない観客もいるかも。
私はここのシーンよりも、その後でエルヴィスが登場したと思ったら首にコルセット巻いてたって時が可笑しかったけどね。

惜しむらくは、コンパクトに物語を終結させることに主眼を置き過ぎた故か、当然描かれるべき人物像やエピソードを全体に端折り気味になってしまっていること。
あと20分、尺を伸ばしてくれて良かったのにねえ。詰め込み過ぎて、明らかに尺が足りない。
詳細はまた後日書くつもりですけれども、例えばマティス。
マティスは今回の作品中最重要人物の一人として挙げられるべき存在ですが、彼とボンドが許しあい理解しあい信頼しあう過程をもう少しだけ丁寧に描いてくれれば、二人の最後のシーンでは間違い無く観客の涙腺が決壊しちゃったはず。
他にも例えばフィリックス・レイター。例えばドミニク・グリーン。彼らについてももっと時間を割いてくれれば、この映画の奥行きはもっともっと深くなって、スパイアクション映画だのヒーロー物だのといった枠を遥か超えた高みにまで作品の価値が上がったのではないかと思いました。
個人的な願望ではありません。あきらかに彼らにはもっと何かある、何かを秘めている、そんな風に思わされる物語だし展開だし役者たちの演技なのです。
主人公がピンチになると必ず助けに現れる友人だの、いかにも漫画チックで判り易い悪の親玉だのといったような、物語の都合に合わせて存在するハリボテの人形ではない。「慰めの報酬」の登場人物たちは、そういう血が通い心のある人間たちなのです。
説明不足なエピソードとしては、例えばカミーユの背中の件。
彼女の背中に一見すると日焼けで皮が剥けたように見える跡があるんだけど、これは、火傷の痕なのです。プログラムにも書いてあるので間違い無いんだけど、劇中でそれを説明する台詞が一言も無い。
ちゃんと観てればもちろん判るんだけど、うっかりすると「あーあ、日焼けして剥けちゃったのね」と思われかねない。私も、初めて背中が映るシーンでは一瞬そんな風に思っちゃったし(後でちゃんと気付いたよ!)、某映画雑誌で某ライターさんなんて「背中の皮が剥けててエロい」とか実際に書いてましたしねえ(←このライターさんの理解度もいかがなものかとは思いますが)。

それと、もう一つ。
前作の倍も入れたというアクションシーン。確かにスピーディでハードで見ごたえがあるっちゃあるんですが、動きが早過ぎて全体が見通しにくいんですよ。何がどうなってこうなったかを頭で理解出来ないでいる内に、話とアクションがどんどん進んでいってしまう。
専門的なことは判りませんが、カット割りや画面の切り替えが多すぎる、アップが多すぎるという編集の問題があるんじゃないかなあ。
一つ一つのアクションシーンが、ほんのちょいとばかり長すぎてしつこすぎるようにも思った。これでもか!って言う位に繰り返されることで、少々飽きてくるんですよね。
正直、そこ少し削ってマティスを描けよ。ドミニク・グリーンの狂気をもっと強調しろよって思ってしまいました。
ダニエルのアクション自体はすっごく良かったです。
出来るだけ自分自身で演じたとのことですが絶対に無理!というシーンも相当多く、そういったシーンは当然スタントマンが演じているんだけど、ダニエル本人が演じている部分での彼の動きが鋭くてキレがあるので、繋がりに違和感が全く無い。
身体のキレという点では、明らかに前作カジロワ以上だったと思います。
個人的に好きなのは、ボリビアのホテルMI6の同僚を叩きのめし、ホテルの吹き抜けを辿って逃げるシーン。ひょいって感じで手すりを飛び越えるシーンなど、実に滑らかで無駄の無い美しいと云ってもいいくらいの動きです。
ダニエル=ボンドには優雅さが無いとおっしゃる筋(某映画評論家!)に、あのアクションこそスパイならではの優雅さだろう!と云いたいぞ。

以下、少々暴言です。ちょっと隠します。

カジロワにしろこのQOSにしろ、批判的な感想を述べている映画評論家や識者の方々のほとんどが、昔ながらの007映画への郷愁が先ずありきの論調なんですよね。
「007が苦悩しているのはらしくない」とか「このボンドには優雅さもユーモアも無い」とか、正直、勝手に昔のビデオでも引っ張り出して観てなさい!って言いたくなるんですが。
…あ、済みません。わたくしは、基本的には他の方の考えや批評をみだりに批判するのは好みません。
人の好みや考え方は千差万別な訳ですし、自分自身がかなり偏った嗜好&思考の持ち主だという自覚もあるし。
ただ、カジロワ以降、新007シリーズとダニエル=ボンドを批判する方のほとんどが、「昔の007はこうだった」なんですよね。「007はかくあるべし」と云った調子で、年寄りの「昔は良かった」話の如く語られるのが、もう癇に障ってしょうがない。
私自身が昔の007シリーズに思い入れを持ってないと云うのは認めますが、そんなに新007シリーズが気に入らないんだったら、何をどうすりゃいいの?どんな007なら満足していただける訳?って逆に質問したい。
ダニエルのような鍛え上げられた肉体と厳しい風貌の俳優では無く、スタイルが良くて甘ったるいハンサム・ガイを先ずはキャスティング。タキシードの下には秘密兵器、陸海空を自在に走るスーパーカーを操り、ゴージャスな悪女を次々と虜にしていく優雅でおしゃれなスパイ映画、でしょうかねえ。
21世紀、この緊迫した時代にそんな映画がもし公開されたとしたら、私にはパロディかコメディとしか思えないけどなあ。
えっ?007映画は昔からそういうもんだったって?…やっぱり、昔のビデオでもデジタルリマスターしたDVDでも観ていてくださいな。


暴言終了。失礼しました。

前作「カジノ・ロワイヤル」はボンドが007になる物語と謳い、実際ラストシーンのボンドはそれまでのボンドとは違う、洗練された大人の男の雰囲気をまとっておりましたが、この「慰めの報酬」において、やはりボンドはまだまだ007になりきっていなかったことが判ります。
「慰めの報酬」の中でやっとジェームズ・ボンドは復讐の念を乗り越え、ヴェスパーと自分自身とを許し、ようやく本当の007になるのです。
「カジノ・ロワイヤル」で始まった、新しい007のシリーズはまだ終わっていません。
大いなる企みを持っている組織=クウォンタムの存在が明らかになり、ドミニク・グリーンからその情報を引き出したボンド。MI6から逃れたホワイトの行方も気になりますし、次の作品でいよいよ謎の組織=クウォンタムの全貌が明らかになるのでしょうか。

えーと、まだまだ全く書き足りないんですが、私、今週一杯、ちょっとした修羅場でございまして。ごく個人的な用事なんですが、ブログを書いている余裕が時間的にも精神的にも取れそうにない。
2月になればそちらの案件が終了いたしますので、そうしたらまた、この続きを叫ばせていただきたいと思います。
なーんて言っておいて、辛抱堪らずまた出没したりして。てへ★

個人的覚書〜これから書きたいこと】

★ドミニク・グリーンは果たして小粒な悪役か?
★二箇所のミスリード〜私はこう解釈した!
★マティスとボンドの最後の会話
★Mはすっかりお母ちゃん(マム!)
★フィリックス・レイターはボンドに甘い
★と云うか、ボンドってば甘えん坊さん(はーと)

Yahoo!映画、ダニエル・クレイグ インタビュー

    2009.01.22 Thursday| 19:40 |
Yahoo!映画に、「007/慰めの報酬」ダニエル・クレイグのインタビューが掲載されました。
本日7時半現在Yahoo!を開ければ否が応でも目に入ってくるので、皆様ご覧になっていることと思いますが、後々のためにもリンクをペタシ。

「007/慰めの報酬」ダニエル・クレイグ、インタビュー

ページの一番上に掲載してある写真が綺麗です。瞳と同じ青い色のシャツを着ているんだけど、とても似合ってる。
カジロワでダニエルが一挙に有名になった頃によく言われていた、「クレージーブルー」な眼の色が強調されたとても良い写真です。大きい画像で欲しいなあ。



インタビューの内容自体は特別目新しいものではないかな?
ダニエルのインタビューを読むといつも思うのだけれども、基本的に真面目な人だなと。それと結構不器用そう。
優等生って言うのではなくてかなり率直な物言いもするけれど、本質的なところは非常にまじめ。
耳触りの良い建前論を述べるのではなくちらちらと本音を垣間見せてしまうところなんて、やんちゃキャラって言うよりも、やはり不器用さの表れのように思います。

今週末から、ついに一般公開が始まります。
テレビCMもこれでもか!って言うくらいに打ってますねえ。ここに至ってやっと本気になったのか?ソニー・ピクチャーズってば。
私はもちろん、座席予約をしっかり済ませておりますよん。
待ち遠しいよお、早く観たいよお。早いとこ、グリンちゃんの「ンニャアッ!」 猫 が聞きたいよお(←よりにもよってそこかよ、私)。
何せ夢にまで出てきましたから、ボンドとグリンちゃんのキャットファイト 猫 (←よほど印象的だったらしい)。
…いやあ、ある意味007の歴史に残る、ボンドVS悪役(ボスキャラ)の戦いだったと思うよ。あれ。

「慰めの報酬」公開記念!

    2009.01.19 Monday| 00:21 |
「007/慰めの報酬」公開記念!を謳って、テレビ朝日が007シリーズの旧作をオンエアしてくれています。

最初に予告編を観た時、おっ♪これはもしや、「007/カジノ・ロワイヤル」地上波初放送か?!とヌカ喜びしたんですが、そんな気の利いたことはしてくれませんでしたよ。ちょいとガッカリ。
いえね、自分はカジロワDVDは当然持ってますし(英国版もね!)、テレビ放映を待たなくてもいつでも観られるわけですが、カジロワ未見だけど今度の慰めの報酬はちょっと気になるーって思ってくれてる人も世の中にはいらっしゃるだろうし(ってか、いるし。ねっ、Dさん?)。
カジロワをテレビで観ることでちょっくらナグホとやらも観に行ってみるべさ(どこの言葉?)って思う人が続出し、結果として観客動員が増えるという可能性だってもちろん高いし。
絶対どっかの局で放送してくれるに違いない!って予想してたんですが…どうやらその気配は無いねえ。
テレビ局も収益悪化で製作費切り詰めだそうなので、まだ公開後二年しか経ってない、しかも世界的大ヒット作のテレビ放映は予算的に難しいのかしら。

などとぼやきつつ、本日はしっかりと「ゴールデンアイ」を鑑賞いたしました。もちろん、アレック(ショーン・ビーン)目当て。
実はこの作品も手元にDVDがあります。
テレビ放映だとCMが入って気が削がれるし、何よりもテレビだと吹き替えになっちゃうからショーンの声じゃない。日頃は吹き替えでは絶対観ない!とか言ってるくせにわざわざテレビ放送を観るというのは、我ながら不思議な心理だと思います。
言い訳としては、DVDを吹き替えで観ることとは先ずあり得ないけど、せっかくの機会だから情報量の多い吹き替えで観ておこうというのがある。
もう一つ大きい理由は、ほぼ日本国中(系列などの関係で放送されてない地域もあると思うので「ほぼ」付き)の視聴者の皆様が同じ時間にテレビの前でアレックを観てるかと思うと何となく嬉しいというワケワカメなファン心理。
「ボンドを観てる」じゃなくて「アレックを観てる」、アレック本位主義なのがいかにもでしょ?
それと、「せっかくテレビで放送してるんだから観とかないと損」と云う、これまた意味不明な貧乏性(?)もあるみたいです。
可笑しなもんだねえ。

一応、(今回)観た感想を記しておきます。
十分知ってはいたけど、つくづくアレックが色っぽい。顔面に火傷を負っているという設定で実際に引き攣れが作ってあるにも関わらず、それがゆえに尚のこと色っぽくて綺麗。歌舞伎用語の色悪と云う言葉がぴったりすぎる容貌です。
色悪ショーンと云えば「カラヴァッジオ」でのラヌッチオですが、「ゴールデンアイ」のアレックは演じているショーンが年齢を重ねた分、熟しきった果物のような濃密で危うく、そして官能的な匂いをまといつけているように思います。
ただねえ…やっぱり吹き替えで観るもんじゃないね。
もしかして声優さんのファンの方がいらっしゃったら申し訳無いし、そもそも判ってて観てるのに文句言うのもなんですが、ショーンの顔からはショーンの声が出てこそ、その美が完成されると思うのです。
いや、わざわざ書くも馬鹿馬鹿しい当たり前な事なんですが。
そういやあ、M(ジュディ・デンチ)の声もなんだかピンと来ませんでした。ちょっとよぼよぼし過ぎで、おばあちゃん過ぎるような。
不思議なもので、ボンド(ピアース・ブロスナン)の吹き替えの声は全然気になりませんでした。こんなもんだよねって感じで。
…要するに、俳優に対しての愛情と思い入れの違いですね。ハイ。

映画自体は、カジロワ以前の007ってこんな感じだったよねっていう展開です。
ロジャー・ムーア時代のボンド映画、特にその終わりかけの頃よりはアクションや設定にリアリティを持たせているけど、それでもやはり、ご都合主義やあり得ないアクション満載。ボンドを含めた登場人物全体のキャラ設定の軽さとか薄っぺらさとかが、私にはどうしても気になっちゃう。
やっぱり私は007ファンなのではなく、あくまでも「007/カジノ・ロワイヤル」からのジェームズ・ボンド、ダニエル演じるところのボンドとその物語のファンなんだなあと、つくづく感じ入りました。

あー。うずうずしてきちゃった。しまった、無理にでも都合付けて今日も「慰めの報酬」観に行ってくればよかったよお 困惑 (←仕事だったの)。
一般公開は今週の土曜日。感想書くのはそれからって思ってたんですが、辛抱堪らず明日くらいに感想書きに再び現れるかもです。

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