平成二十三年の初詣〜鎌倉

    2011.01.07 Friday| 02:06 |
あけましておめでとうございます。「スティールブルーの夢」管理人のきゃんです。
昨年は一年間ずっと失速しっぱなしの当ブログでしたが、それでも沢山の方にご来訪いただき、ありがたいやら申し訳無いやら。
今年は、少しでも更新頻度を上げることが目標!
2011年も、何とぞよろしくお願いいたします。

このところずっと多忙を言い訳にし続けてきているわたくしですが、昨年暮れは私事の吉凶入り混じりマジでホントに忙しく、気が付いたら大晦日を迎えるに到りました…って話は年末の最終記事で書いたんだっけ。えーと。
まあ、そんなこんなで2010年も押し迫った31日にドタバタと帰省、お正月を実家で過ごし、その後自宅へと戻ってきました。
例年なら、三が日の間には必ずどこぞの神社かお寺にお参りに行くところなのですが、今年は都合が付かずに行けず仕舞い。4日になってようやく、鎌倉まで初詣に行ってきたのでした。

初詣の際は、午前中の内に、神社なりお寺なりの境内に足を踏み入れるのが吉だとか。そうか判った!とばかりに鎌倉駅に到着したのが午前10時半。
三が日は過ぎたし、それほど混み合ってないといいなあ、なーんて希望的観測を抱いて駅に降り立ったら…甘かった。十二分に混み合ってます。まあ、鎌倉は何時行っても混んでるけど、やっぱりお正月は特別だよね。
人並みを掻き分け若宮大路へ。段蔓を通り、先ずは鶴岡八幡宮を目指しました。



めっちゃくちゃ混んでるよおー。たらーっ
無論、三が日ほどでは無いんだろうけど、見渡す限りの善男善女の群れ。転倒事故などの危険防止のため、本宮へと向かう大石段の前では、ロープで仕切っての入場制限をしてました。
一度だけ元日にお参りに来たことがあるけど、その時は1時間近く待ったような記憶が…。この日はさすがにそれほどではなく、10分ほどでロープ内に入ることが出来ました。
大石段の左横にあった大銀杏が昨年春の強風で倒れてしまい、その空間がぽっかり空いているのがなんとも寂しい。
小さくて判りにくいけど画像の石段左横、木の柵で囲い注連縄が張ってある辺りが、大銀杏の跡地になります。



大石段を上がると、国の重要文化財にも指定されている本宮に辿り着きます。
お正月だからか、大きな破魔矢がぶっ違いに飾り付けてありました。
お参りを済ませた後、破魔矢と熊手を購入、お神酒をいただき、おみくじを引きました。
嗚呼これぞ日本のお正月、正しい初詣の在り様。



鎌倉には沢山の神社やお寺があるので、神社仏閣好きなら当然ながら、他にも回りたくなるのが人情と言うもの。
けんちん汁で有名な建長寺方面に行くも良し、北鎌倉をじっくり回るも良し。長谷駅周辺から大仏さんを観に行くも良しで、ルートは様々ですが、今回は銭洗い弁天へと足を伸ばすことにしました。
鶴岡八幡宮から小町通を横切り、住宅街の中を歩くこと25分ほど。源氏山公園を横目に見つつ、かなり急な坂道を登った左手に、銭洗い弁天(正式には宇賀福神社)があります。
境内の湧き水でお金を洗うと、何倍もに増えると信仰されていることで有名。
画像でご覧いただける通り、岩山を繰り抜いた洞窟が入り口になります。



洞窟を抜けると今度は幾つもの鳥居が建てられていて、そこを潜り抜けてようやく、銭洗い弁天の境内に辿り着きます。
洞窟も鳥居のトンネルもさほど長くは無いので、胎内巡りをした気分にまではならないけど、厳粛で不思議な気分になるのは間違い無し。



決して広くは無い境内に、お参りに来た人がわんさかさ。外国人の比率が高く、特にスペイン語圏の人が多かった。スペイン語のガイドブックにでも掲載されているのかなあ?
先ずは本宮でお参り。
ここではほとんどの人が線香とロウソクを買うので、狭い境内が煙だらけで画像も煙ってます。実際にかなり煙い、ケホン、ケホン。



本宮左手奥に岩屋があり、中に湧き出している清水でお金を洗います。
線香を買うと貸し出してくれるザル(だから、皆さんこぞって線香を買うのだ)にお金を入れ、シャカシャカと洗います。
直接、お金を水の中に突っ込んでもいいんだろうけど、小銭は落としやすいし、お札は流れちゃう可能性あり。ここはケチらず、ザルを借りましょう(=線香とロウソク購入)。
洗ったお金は直ぐに使ったほうが、ご利益が大きいとか。
とは言え、狭い境内には小さな御守授与所と、これまた小さな茶店兼土産物店くらいしかないんだけどね。
ここで御守や御札を購入すると、手渡す前に火打石を切ってくれます。ちょっと、いい感じ。



次に目指したのが、佐助稲荷神社。
銭洗い弁天から少し戻り、静かな住宅街の細い道を抜けて行きます。やがて、赤い鳥居が見え出したら、そこが佐助稲荷神社の入り口です。



朱塗りの鳥居が立ち並ぶ石段を、延々と上がって行きます。緑濃い樹木、うっそうと茂るシダ、すぐ下に普通の住宅街があるとはとても思えない、まるで異界の様相。
画像は、鳥居の石段を上から見下ろした図になります。



源頼朝の夢枕に立ち、挙兵を薦め守り助けたのが、この神社の祭神・宇迦御魂命だそうな。
頼朝の幼少時の名前が佐殿(すけどの)で、それを助けたから佐助なんだとか。



稲荷社なので、参道や境内にはお狐様が沢山。
こちらは凛々しいお狐様。



こちらはちょっぴり艶っぽい表情のお狐様。あまり見ない、珍しい造形だと思ったのでパチリ。
決して大きな神社ではありませんが、雰囲気があってとても良かった。商売繁盛、病気平癒、大漁満船、学業成就のご利益があるとか。
境内にはモミジの葉が沢山散り敷かれていました。紅葉の季節はさぞや見事でしょう。秋になったら、また行ってみようかな。



鎌倉初詣を終えて、旅の終着点。
夕暮れの辻堂駅から見えた、富士山です。

2010年秋、横浜西洋館巡り

    2010.11.10 Wednesday| 20:05 |
天候変化の激しい今年の秋。
何時までもずるずると猛暑を引き摺っていたかと思ったら、急激に冷え込んだり。すっかり気分が秋モードに切り替わったと思ったら、日傘が欲しいくらいの暑い日が戻ってきたり。
例年に比べて雨も多く、気持ち良い秋晴れの日が少なく、観光や行楽にぴったりの休日というのが案外少ないような気がします。
諸事情ありまして、9月以降、自宅に引き篭もる日々が続いていたのですが、たまには外出しないと心も身体も鬱屈してイクナイっ!
と言うことで、10月某日晴天の土曜日。横浜は山手、西洋館巡りに行って来ました。
横浜には度々出掛けるんですが(そりゃそうだ)、普段回るのは横浜駅周辺およびみなとみらい地区、せいぜい中華街までが多く、この山手地区という場所にはほとんど足を伸ばしません。
これと言った理由は無いんですが、まあ、ついつい食べたり飲んだり買ったりを優先してしまう俗な私のサガ故、かなあ。
考えてみたら…学生時代以来でした。久々過ぎて新鮮で、実際に行ってみたら、思った以上に楽しかったです。

先ずは中華街で早めのランチを取り、その後、延々坂道を上って港の見える丘公園に。
ルートはいくつかありますが、谷戸坂を経由すると、途中に江戸千代紙で有名な「いせ辰」の支店があります。伝統の千代紙以外に和小物なども扱っているので、ちょっと立ち寄りたくなります。
写真は撮り忘れた…ゴメン。



画像は港の見える丘公園にて撮影したもの。横浜港とベイブリッジが眼下に広がっています。
この写真を見ればお判りいただける通り、この一帯はかなりの高台にあります。山手地区に到達するまでの坂道は結構キツイので、女性の方はヒールを避けたほうが無難。
この後もずーっと歩くので、スニーカーとか歩き慣れた靴がお薦め。



先ずは一箇所目。横浜市イギリス館です。
昭和12年に英国総領事公邸として建築された建物とのこと。昭和44年に横浜市が買い取り、横浜市指定文化財となったそうな。
山手西洋館のほとんどで、見学の際には靴を脱ぐ必要がありますが、ここだけは靴を履いたままで見学可能。



イギリス館のすぐお隣にある、山手111番館。
赤い瓦と白い壁はスパニッシュスタイルなんだそうな。こじんまりとして、可愛らしい印象。
ローズガーデンが綺麗らしいのだが、私が行った時はちょうど狭間の時期だったのか、まだほとんど咲いてませんでした。残念。
ローズガーデンを見ながらお茶が出来る、カフェ「えの木てい」を併設しています。

二箇所見学後、来た道を少し戻り、信号のある交差点を左折してまた歩くと、山手外国人墓地に突き当たります。
異国情緒溢れる場所で、この日も沢山の人が散歩しておりました。
道なりに歩いていくと、山手資料館(山手十番館)、山手聖公会(教会なんだけど、この日は外壁工事中で囲っちゃってた)、山手234番館などが点在。
山手聖公会の脇の道を少し入ると、有名な北原照久さんの「ブリキのおもちゃ博物館」がありますが、これは別記事でご紹介予定です。
外人墓地の並びで緑豊かな元町公園が広がり、やがて見えてくるのがエリスマン邸です。



こちらがエリスマン邸。生糸貿易商社の横浜支配人として活躍したスイス人フリッツ・エリスマンの邸宅として、大正15年に建築されたもの。
日本の建築回に大きな影響を与え、「現代建築の父」と呼ばれたアントニー・レーモンドの設計による建物です。
昭和57年に一度解体され、その後、平成2年に元町公園内の現在地に移築されました。



エリスマン邸の内部。過剰な装飾を抑えた、落ち着いた雰囲気です。
こちらにも喫茶室あり。豊かな緑を眺めながら、ゆったりとしたティータイムが楽しめそう。



エリスマン邸を出て、再び道なりに歩いていくと見えてくるのが、ベーリック・ホールの威容です。山手西洋館の中でも、一番規模が大きいんじゃないかなあ。
イギリス人貿易商B・R・ベリックの邸宅として、昭和5年に建てられたもの。戦後、宗教法人に寄付され、平成12年まではインターナショナルスクールの寄宿舎として利用されていたとか。
寄宿舎ですよ!寄宿舎!(何を興奮しておる)
あ、資料にちゃんと書いてあった。現存する戦前の山手外国人住宅の中で、最大規模の建物なんだそうです。そうだよねえ、寄宿舎として使われるくらいなんだから(シツコイ)。



ベーリックホール内、ダイニングルーム。重厚で趣があります。
イギリス映画の中にでも、飛び込んだ気分。



こちらはバスルーム。窓のデザインがとにかく可愛い! 青のタイルもとても綺麗です。
画像には移ってないけれど、左手前にトイレ、右側にバスタブが設置されていました。



リビングルームから続き部屋になっている、サンルーム(パームルームと呼ぶらしい)です。
白黒タイル張りの床、大きなアーチ窓、とてもモダンでおしゃれ。画像にも写っている通り、この部屋では自由に座って休憩可なのだ。
本や雑誌を持ち込んで、のんびり過ごすのも良いねえ。お茶は出ないけど。



入り口の三連アーチ。繊細なアイアンワーク、タイル貼りの床、奥に見える階段と窓。実に美しく、バランスよく配置されています。

うっとりしているとキリが無いので、次に進みませう
ベーリックホールを出ると暫くはあまり見るものも無し…かと思うとそうでもない。普通に一般の方が住んでいる住宅街が続いているのだが、これがちっとも普通じゃないのだ。
まあ、ご立派。お金って持っている方は持っているんだねえ。と溜息を吐きたくなるような豪邸や、趣のある西洋館(現役使用中)が立ち並んでおります。犬を連れてお散歩なさってる地元民の方も、やっぱりなんだかハイソな雰囲気。
何が違うって、ワンコの種類がね。いかにもお高そう、珍しそうなワンコ、そして大型犬が多いのだ。
そりゃあ、あれだけ豪邸で庭が広けりゃ、大きな犬が飼えるってもんだよね。



さて、暫く歩いたところで、見えてきたのがカトリック山手教会です。
ここは観光教会ではないので、気軽に敷地に立ち入るのは憚られる。
カトリックの教会は開かれた場所なので自由に立ち入って良い、なんて話を小耳に挟んだことがあるのだが、あれは欧州での話なのか。それとも日本でも同様なのか。身近にカトリック教徒が居ないので、判らないのだ。
この日は結婚式が行われておりまして、私達が前を通り掛った時、丁度、花嫁と花婿が正面玄関から出てきてライスシャワーを浴びているところでした。
おお、映画みたい!
また、この花嫁さんが実に綺麗でねえ。首までピッタリと覆ったウェディングドレスがよく似合っていて、テレビかグラビアの撮影かと思ったくらいでした。確か、カトリック式では肌見せしちゃいけないんじゃなかったかな。でも、あれが似合う日本人は少ないだろうなあ。首が長くて細くて背が高くないと、絶対に似合わないデザインだもの。
あ、花婿さんも男前でした。お似合いのカップル過ぎて、マジで何かの撮影かと思ったくらい。
でまあ、そんな状況下だったので、建物の上の方だけ写したのが、この画像です。

眼の保養したねーなどと言いながら、またまた道なりにテクテクと。
ようやく、旅の最終地点イタリア山庭園が見えてきました。
何ゆえにイタリア山かと言えば、明治時代にイタリア領事館が置かれたことから、この辺り一帯をそう呼ぶようになったんだって。
ほら、如何にここが高台かって判るでしょ? 何せ、イタリア「山」なんだからねえ。
現在では、水や花壇を幾何学的に配した、イタリア風庭園様式の公園となっています。



イタリア山庭園内にあるブラフ18番館です。
関東大震災の後、大正末期に立てられた外国人住宅で、戦後はカトリック山手教会の司祭館として使用されていました。
平成3年に横浜市に寄付され、今の場所に移築した上で、平成5年から一般公開されたとのこと。



二階の階段付近から、踊り場の窓を見下ろして。
上下開閉式の窓、窓枠はミントグリーンに塗られていて、可愛らしい雰囲気。階段が少し急なのがレトロな感じ。パリのアパルトマンとか、こんな感じなんじゃないかなあ?



リビングルームからサンルームを見通した画像。西洋館のほとんどに、こうしたサンルームが設けられていました。
この建物内部の建具(窓枠とかドアの枠とか)は全てミントグリーンに統一されていて、実に可愛い。すっごくおしゃれ。いかにも女の子好みなインテリアでした。



同じくイタリア山庭園内、外交官の家です。明治政府の外交官内田定槌の邸宅として、渋谷の南平台に明治43年に建てられた邸宅だそうな。
設計者はアメリカ人J・M・ガーディナー。華やかな装飾が特徴のアメリカン・ヴィクトリアンの影響を色濃く残したデザイン。
ヴィクトリアンと言えば、19世紀末ロンドンではないか!(ホームズの時代だよん)
頭に「アメリカン」が付くのをスルーし、簡単にテンションが上がる単純なわたくし。



別角度から写した外交官の家。横浜市の公式サイトやパンフレットには、こちらの画像が載っていることが多い。
木造二階建て、塔屋(画像左側の八角堂みたいな部分。実質的な三階)付き、天然スレート葺きの屋根、下見板張りの外壁です。



ベーリックホールほどでは無いけれど、ここもかなり広い建物です。
この画像はどこだったかなあ、大客間から小客間を臨む位置だったかも。



お庭も見事。窓からみなとみらい方面が一望できます。
外交官の家には喫茶室あり。他の西洋館のカフェより、多少お手頃価格でした。眺望が良いので、休憩に最適です。

ここまで見て回って、夕方の五時と相成りました。
西洋館のほとんどは営業は17:00まで(夏場18:00の時期あり)なので、ご注意ください。
この日は早めにお昼を食べ、1時頃には港の見える丘公園に来ていたので、ここまででほぼ4時間を費やしたことになります。
私は展示物を結構しっかりと見るほうなので、その辺りは個人差があるでしょうけれども、逆にお茶したりしていたら、またそれで時間を食うしねえ。
全部観て回るには、最低でも半日は掛かると思ったほうがいいかも。
最初に書いた通り、イギリス館を除くほぼ全ての西洋館では、靴を脱いでの見学になります。脱ぎ履きが容易な靴じゃないと、面倒くさい。ブーツの場合はあまりぴったりとしたタイプじゃなく、ウェスタンとかエンジニアとかのサッと脱ぎ履き出来るのにしたほうがいいです。

今回ご紹介した西洋館は全て横浜市が運営管理しているものですが、入場料は掛かりません。寄付は歓迎とのことなので、配布している冊子を貰った場合などは志しをチャリンとな。
この記事では取り上げておりませんが、個人運営の山手資料館(山手十番館)は入場料が要るので、ご注意のほど。

山手西洋館めぐりの詳しい資料およびお薦めルートなどは、以下の公式サイトがお薦めです。
この記事中でも、引用させていただきました。

山手西洋館(財団法人横浜市緑の協会)



ラストを飾るのは、夕暮れ迫る横浜の街。イタリア山庭園から撮影したものです。
遠くに見えるのがみなとみらい地区、中央真下に見えるのがJR石川町駅、横を走っているのが首都高速です。
首都高速と目線がほぼ一緒。何せ、ここは山手地区だからね!

桜満開〜はむら花と水のまつり

    2010.04.13 Tuesday| 01:43 |
毎度のことながら諸事情ありまして、生マチュ捕獲作戦以降ろくろく外出も出来ずに、当然映画も観に行けず、モンモンと過ごしていた管理人です。こんばんは。
頃は春。この季節に桜を愛でずして日本人を名乗れようか!が家訓のわたくし(ちょっと嘘)。
ようやっと先週末、お花見に行ってきましたよ。

今年はどこで桜を見ようかと悩むのも、この季節のお楽しみの一つ。
昨年は横浜の大岡川沿い、一昨年は川崎の元住吉の桜並木。同じ場所に行くのはつまらないので、ネットをうろつき桜の開花情報を真剣に検証します。
その結果、今年の花見は、東京都下羽村市で開催されている「はむら花と水のまつり2010」に決定と相成りました。

羽村市と言っても、東京および近郊在住の方以外はあまりご存じない場所かと。
かく言う私とて、地名こそ知ってはいても、行った事は無い。玉川上水の源流がここにあるって言うのも、今回初めて知ったくらいです。
ただ、以前に何かのテレビ番組で、羽村市営の動物公園では他の動物園ではあまり見かけない猫科の大型獣(私の大好物!)を飼育しているというのを見たことがあり、それが記憶に残っていたのでした。
我が家から羽村市までは結構な距離があるので、動物園だけを目的にして出掛けるのは何かと効率が悪い。多摩動物園とか上野動物園くらいの規模なら良いけど、羽村市動物後援は小動物がメインの小規模動物園とのこと。いくら私が動物好きとは居え、わざわざ出張るのは少々ためらいがあります。
ところがこの時期、羽村市は上記のお祭り開催中。
何でも玉川上水沿いの桜が素敵に美しく、水田には40万本のチューリップがじゅうたんの如く広がっているんだそうな。
桜にチューリップに動物とは一石二鳥ならぬ三鳥、なんて美味しいのっ!決定っ!!
と云うことで、幸いにも好天に恵まれた先週の土曜日。お花見&動物園と洒落込んだ次第です。

さてさて、「はむら花と水のまつり」は、前期がさくらまつり、後期がチューリップまつりの二部構成。
それぞれの花の開花時期に合わせ、前期は3/26〜4/11、後期は4/9〜4/22とのことなので、私たちが出掛けた4/10は、開催時期がダブる唯一の土曜日でした。
狙った訳ではないんだけど、こういうのって得した感があって嬉しいよね。
今年は気温が上がらない所為で、桜の開花期間が長い。例年より早く3月22日頃に開花したことを考えれば、先々週の土曜日くらいが満開で先週は散りかけくらいが普通なんだろうけれど、幸いなことに桜は満開のままを保ち、美しく咲き誇っておりました。



玉川上水沿いの桜。
透明な水に桜と緑が映えて、実に美しい。



青空をバックに、桜をパチリ。
多分この日が満開のピーク、風が吹くと桜吹雪が舞い散ってました。あたり一面、人も動物も桜の花びらまみれ。



多摩川沿いの桜並木です。
ここが東京とはとて思えない、うららかでのんびりとした風景。



多摩川を挟んで向こう岸に咲く桜を写してみた。
奥に見える山は花粉症の原因たる杉山ではなく、自然豊かな雑木林。浅緑、濃緑、萌黄色の木々の中に薄紅色の桜が入り混じり、非常に美しい。



猿回しの一座が来てました。
まだ、小猿なのかな。小さくて可愛いのが、ぴょんぴょんと。



親水公園の先、根がらみ前水田と云う場所で、チューリップまつりが開催中。40万本のチューリップが植えられているとか。
こちらは始まったばかりなので、満開のピークは今週末から来週以降ってとこでしょうか。
それでももちろん、既に沢山のチューリップが咲いていましたよ。



桜のような魂を持っていかれそうな妖しい美しさは無いけれど、チューリップはやはり可愛らしくて、見ているとなんだか元気になります。

引き続き、羽村市動物公園編に続く! かみんぐすーん!!

多摩動物公園でいろんな動物に出会った〜その3

    2009.11.30 Monday| 23:42 |
多摩動物公園シリーズ。マッツお誕を挟み、10日以上も放りっぱなしで済みません。
気が付けば今日は、11月の最終日ではないかー!(愕然呆然)撃沈
この一ヶ月間一体何をしてたんでしょう、わたくしってば。このブログの主題である映画レビューは一本も挙げられてないし。ううう。
ま、まあ、何はともあれ、手を付けた分は仕上げてしまわねばと云うことで、多摩動物公園シリーズ最終回をお送りいたします。

先にも触れましたが、この一連の記事を書くきっかけとなった動物園訪問は実は10月末のこと。
天気はイマイチだったものの、ユキヒョウの赤ちゃんユキチをたっぷり観られて、わたくし大満足だったのですが。
11月20日木曜日のこと、たまたま観ていたテレビのニュースで、チーターの赤ちゃんが取り上げられておりました。
動物の赤ちゃんは大体可愛いものですが、特にネコ科動物の赤ちゃんの可愛さといったら、最強。前月にユキチを堪能してきたとは言え、チーターの赤ちゃんと云うのはこれまた国内ではなかなか観る機会が無いレア物(?)です。
ほーほー、可愛ええのお、一体どこの動物園じゃ?(何故、爺さん)
多摩動物公園で11月21日から一般公開ですってよ。
…なんですと? 
私、思わず拳を握り締めちゃいました。よくよくテレビ画面を観て見れば、それは確かについ先日見て来たばかりの、多摩動物公園チーター舎ではありませんか。決して、デジャビュではありません。現実です。
ぬーおー!ぶー 
と云うことは、我々が行ったあの日には既にチーター赤子は生まれていたと言うことで。
あの大人チーターがうろうろしていたチーター舎の裏側(かどうかは判んないけど)には、凶悪なまでにきゃわゆいチーター赤子がごろんごろんしていたということで。

そりゃもう、また観に行かなきゃだわよね。
動物園には何時だって行けるとは言っても、可愛らしい赤ちゃん時代を堪能できるのは、ほんの一時のことだもんね。

と、いうことでー。実は先週の土曜日にまたまた多摩動物公園に行ってきちゃったのでした。ええ、動物バカと呼んでください。
チーターの赤ちゃんは、午前中のみの公開。天気が悪かったり、赤ちゃんの体調次第では公開を見合わせる日もあるということでしたが、幸いなことに当日は秋晴れの一日。
めでたく、チーター赤子とご対面が叶いました。
例によって、まだ写真の整理が出来てないんだけど、取り急ぎ、一枚だけ公開をば。
とにかく人が多くてねえ…当たり前だけど。子供さん優先で大人は前列に立てない決まりなので、遠くからしかカメラを構えられない。
悪条件の中、30分以上も粘って撮影した中の一枚です。
 


可愛いでしょお〜。ラブラブ
赤ちゃん時代のチーターにはタテガミがあるのです。ほよほよでねえ、ふんわふわでねえ、触りたいよー(ジタバタジタバタ)。

本当に本当に本当に可愛かったです。お母さんチーターと一緒の写真も何枚か撮影出来たので、そちらはまた後日ご紹介の予定。
…え?また動物シリーズやるんですか? はい、やるんです!

と云うことで、以下に畳んであるのは10月末に行った時の画像の続きです。
ご興味のある方、動物好きの方はどうぞご覧あれ。

多摩動物公園でネコ科動物に出会った〜その2

    2009.11.17 Tuesday| 23:47 |
と云うことで、多摩動物公園第一弾はユキヒョウ尽くしでお送りしたわけですが。
記事を書いた後に、ふと気付きました。そういやあ、ユキヒョウの実物を見たのって今回が初めてなんじゃない?
ここ数年に限ってみても、東京および神奈川県内の動物園には全て行ったと言い切れるわたくしですが、ユキヒョウとは初対面(←なので余計に張り切って、写真を100枚も撮っちゃった)。
ユキヒョウって日本国内の動物園ではあまり飼育されていないのかなあ?と疑問に思い、ちょっとウィキペディアさんに聞いてみた。
結果は以下の通り。

【国内でユキヒョウが飼育されている動物園リスト】

・札幌市円山動物園 (※国内で最初に繁殖に成功)
・旭川市旭山動物園
・秋田市大森山動物園
・群馬サファリパーク
・東武動物公園
・多摩動物公園 (※ユキヒョウの国内血統登録を担当)
・日本平動物園
・浜松市動物園
・アドベンチャーワールド
・東山動物園
・神戸市立王子動物園
・熊本市動植物園

 
あらま、国内では12箇所でしか飼育されてないのね。都内近郊では、多摩動物公園だけ。見たこと無かったのも道理だあね。
札幌の円山動物園では先だって双子の赤ちゃんが生まれ、テレビのニュースでも可愛い姿が盛んに報道されていたけど、東京近郊の方は多摩動物公園にどうぞ。7月生まれのユキチ(昨日の日記参照!)も、可愛い&やんちゃ盛りですよんv

と云うことで本日も引き続き、ネコ科動物の画像をお送りいたします。チーター、サーバル、ライオンと三連発! 
それでは皆さま、ずずずいーっとお進みくださいませ。

※動物苦手の方、ネコ嫌いの方に配慮し、本日も記事を畳みます。

多摩動物公園でネコ科動物に出会った〜その1

    2009.11.15 Sunday| 23:54 |
こんばんは。「スティールブルーの夢」管理人のきゃんです。
本業の多忙に伴い気分と体調の低空飛行 撃沈 が続き、文章の書き方を忘れてしまったのでは?くらいな勢いで、アレコレすっかりご無沙汰しちゃっております。
ようやく少しばかり浮上してきましたので、ひょろひょろと現れてみました…って、季節外れの幽霊みたいで申し訳ない。
海の向こうのアメリカではヴィゴの「The Road」がいよいよ公開されるし、来月はマッツ映画の日本公開もあるしで、そろそろエンジンを掛けねばさ!と云うことで。

早速映画感想やら俳優がらみの記事を書きたいところなんですが、実は先日、多摩動物公園に行ってきたのです。
ご存知の方も多いかと思いますが、多摩動物公園は東京都下・日野市にある動物園。開園時、当時の最新式だった無柵放養式展示(檻や柵などを使用せず、動物を直接観賞出来る展示方法)を導入したことで有名です。
私は学生時代に二度ほど行ったことがあるのですが、久しぶりにまた行きたいなあと常々考えていたのでした。
でまあ、10月下旬のとある土曜日、ようやく再訪が叶ったと、そういった次第…って、実は三週間も前だったりする。タハハ。 たらーっ
可愛い動物の写真を沢山撮ってきたので、ブログ更新のリハビリも兼ね、本日のところはお出掛け日記をお送りしたいと思います。



多摩動物公園の入り口です。巨大なゾウの像がお出迎え。
当日は生憎の曇天で、今にも雨が降り出しそうな空模様だったのですが、さすがに土曜日だけあって結構な人出でした。家族連れ、カップル、グループ客、外国人の団体さんなど、賑やか。

丘陵地帯を切り開いて建設されたこともあり、多摩動物公園はとにかく広大です。
アジア園、オーストラリア園、アフリカ園、昆虫園の4つのゾーンに分かれているんだけど、園内ぐるり一周全てを観ようとしたら10km以上歩く計算になるらしい。まあ、園内をシャトルバスが走ってるくらいなのでね、どれだけ広いかご想像いただけるかと。
公式サイトによると、今日はアフリカ園、次回はアジア園といったように分けてみるのがお薦めらしいんだが、ここは遠いんだよお。東京のハズレですからして(日野市および近辺在住の方がいらしたらごめんなさい)。そんなに何度も通えない!と云うことで、我々はぐるり一周コースを選びました。
しかし、しつこいようだがここの動物園はとにかく広いし、動物の種類も多い。いつものペースで見ていったら、時間が足りなくなるのは必定(←わたくし、かなりの動物好きです)。
なので、今回の記事はテーマを設けましたのさ。

多摩動物公園で、ネコ科動物に出会った〜♪(下条アトムの声で)
それでは、始まり始まりー。

※画像が多くて記事が間延びするのと、動物が苦手な方もいらっしゃることを考慮し、畳みました。

柳津虚空蔵尊と会津の旅〜その2

    2009.08.20 Thursday| 23:57 |
台風一過の晴天イコール猛暑の中、会津観光を無事に済ませた、と云うより適当に終わらせた我々一行、早めに宿へと向かうことにいたしました。
会津地方は豪雪地帯として有名。ご存じ無い方は夏場も涼しいと思われるかもしれませんが、ところがどっこい、ここは広い福島県の中でも内陸部のしかも盆地。夏場はめっちゃくちゃに暑いのですよ。当然ながらこの日の気温も、軽ーく30℃を超えておりました。
同じ福島県でもウチの実家のあるあたりは中通りと呼ばれる地方、しかも南の端っこなので、気候は穏やか。夏はほどほどの暑さで冬場も雪はほとんど降らず、積もることなど滅多に無い。ついでに言うと、地震も少なければ台風もあまり通らないという、割合住みやすい場所なんですね。
そこで生まれ育った我が両親、会津盆地の暑さに完敗してしまったような次第。

会津とその周辺には沢山の温泉地があり、先にご紹介した柳津も実は温泉なのですが、今回の宿泊地は会津の奥座敷、会津藩御用達の湯治場として発展した歴史ある温泉街・東山温泉です。
会津若松市内から東山温泉へは車で10分ほど、山間を流れる湯川の川沿いに沢山の温泉旅館や観光ホテルが立ち並んでおります。



大雨と台風とが続いたこともあって、湯川の水嵩がかなり増しておりました。
この川のところどころに滝があることから、「向瀧」・「原瀧」・「瀧の湯」など、滝の文字が使われている旅館が多いとか。



こちらが我々の今宵の宿、「新滝」でございます。
「新瀧旅館」の名称が刻まれた橋の向こう側に建っているのが、ロビーやフロントのある本館。もともとは華族の別荘だった洋館を改装した旅館だったとかで、建て直された現在も、かつてのイメージを壊さないどこかモダンな雰囲気が特徴。




この旅館は、竹久夢二ゆかりの宿なんだそうです。
明治44年、大正10年、昭和5年の三度に亘りこの旅館に逗留し、会津の風景や女性たちを描いたとか。
橋の直ぐ横に、竹久夢二の歌碑が立っていました。有名な、「宵待草」の一節が刻まれています。

 ──待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな──



本館のロビー横に、竹久夢二がここの旅館に残した作品が展示されていました。
絵が好きな母と私はじっくり鑑賞。



新滝旅館本館と別館「不動滝」の建物を、川越しに撮影してみたの図。
はい、じっくり見てくださいねー。なにやらどこかで見かけたことのあるような、男前な姿が描かれているではありませんか。しかも、その横にはなんと「誠」の一文字が!
実はですね、この宿は新選組副長 土方歳三ゆかりの宿でもあったのです。

宇都宮の戦いで負傷した土方歳三が、会津藩の庇護の下でひっそりと療養していたというのは割りと有名なエピソード。実際にどこに滞在していたとか、どの程度の怪我であったのかは不明らしいのですが、会津で療養したのは確かな事実だとか。土方さん、会津藩主松平容保公の許しを得て、処刑された近藤さん(新選組局長 近藤勇)のお墓を会津に建てているんですよね…(ほろり)。
ちなみにこのお墓は鶴ヶ城を見下ろす位置にある天寧寺と云うお寺の敷地内にあり、その中には、決死隊が奪ってきた近藤さんの首が埋まっているとも、遺髪が納められているとも言われています。掘り返して調査した訳では無いので、真実は歴史の闇の中にひっそりと溶け込んでしまっているのですが。

…またもや話が大きくそれましたが、要するにその土方さんがここの宿の前身である湯治場(今の別館「不動滝」)で療養したと、言い伝えられているらしい。
実際に、会津藩御用達の湯であったことは本当だそうなので、ああ、この同じお湯に土方さんも浸かったのねーと妄想逞しくするのは、なかなか楽しかったです。ハイ。(←新選組オタク)
温泉の泉質は硫酸塩泉、効能は慢性皮膚炎、慢性婦人病、動脈硬化症、神経痛などだそうです。豊富な湯量を誇る自家自噴泉で、もちろん掛け流し。非常に良いお湯でございました。
早めに旅館に入ったのをいいことに、わたくし、すっかり温泉三昧。
元々風呂好き、温泉大好き。今回だって、夕食前に既に三つのお風呂を渡り歩きましたのさ。
何故だかどの風呂に入ってもほとんど相客がおらず、私と母の二人占め状態。お客が居ない訳ではなく、私たちが出る頃になってがやがやと混み合ってくるのです。どうやら、お風呂運(?)が良かったらしい。
食後には、「新滝」の姉妹館「千代滝」のお風呂まで遠征してきました。
徒歩7分くらいの場所にあるんだけど、高台に建っている上に最上階の10階に露天風呂があるので、会津若松市内の夜景を一望できるのです。
母は行かないと云うので私と相方とで出掛けたら、ここでも露天風呂の客は私一人! 温泉と夜景を独り占めしちゃいました。



話を戻して夕食です。この宿の料理は、地元の旬の食材を用いた会津郷土料理。
会津牛の味噌漬けやら湯葉刺し、会津地方の祝い膳につきもののこづゆなど、野菜が多くて滋味溢れる料理でした。
海の魚のお造りなど、地の物では無い料理が出てこないことに潔さを感じ、私はかなり好みでした。
お酒は会津の蔵元・末廣酒造の純米酒などなどが用意されています。旅館のお酒としては比較的リーズナブルで、しかも非常に美味しかった。やっぱり、酒は会津に限るねえ。うまうま〜。
料理を上手いこと撮影できなかったので、上の画像は宿のサイトからちょいといただいちゃいました。酔っ払っていた訳では無いよ!…多分。



ひなびた湯治場の風情が未だに残る町並み。画像は射的場です。
温泉街には付き物の遊技場だけど、まるで時代劇のセットのような二階の手すりなど、なかなか雰囲気がありました。
朝の散歩の際に撮影した画像なのでからーんとしてますが、前夜通りかかった際は、お客さんがぎっしりで盛況でしたよ。

そうそう、画像は無いのですが旅館の朝食も良かったです。バイキングなんですが、野菜中心で美味しい! 
羽釜で炊いたご飯は白米と玄米、三分突きとおかゆが選べるし、新鮮なきゅうりやトマトは丸ごと置いてあるし。思わず朝から食べ過ぎちゃいました。



旅館を出立し、猪苗代湖方面に向かいました。湖周辺に観光スポットが点在しておりまして、画像は野口英世記念館内、野口英世博士生家です。
福島県人にとって、野口博士は郷土の誇り。小学校や中学校の遠足などで一度や二度は必ず来た事のある非常にベタな観光地なのですが、来た事の無い相方のために立ち寄ってみた。



「野口英世博士誕生地」の石碑。何でわざわざ写したかと云うと、会津藩主であり京都守護職であらせられた松平容保公のご子息、松平子爵の書だからでございます。…会津に行ったお陰で、新選組ファンの血が燃えているらしい。



館内で展示されていた、野口英世博士のロボット。動いてしゃべります。みずからの足跡について熱く語っております。動きも表情も結構リアル。
でも、本当の野口英世よりちょっぴりハンサムっぽい。



前日と打って変わって雲を被ってしまっておりますが、再び、車窓から撮影した磐梯山です。
猪苗代湖周辺の観光施設でお土産を買い込み、帰途につきました。
一泊二日の家族旅行はこれにて終了、お付き合いいただいてご高覧くださった皆さまに多謝。

柳津虚空蔵尊と会津の旅〜その1

    2009.08.17 Monday| 23:53 |
一週間のご無沙汰です。先日の日記でも宣言していた通り帰省しておりましたが、先週土曜日、帰宅いたしましたよ。
出発日の8/11は折悪しく台風が襲来、公共交通機関でんしゃの乱れを懸念していたんだけど幸いなことに大きな影響は無く、夕方には無事、実家に辿り着きました。
今回の帰省は11日(火)より15日(土)まで。ここ数年、夏場は三泊四日で帰っていたんだけど、今年は一泊長い…と云うのは実は訳がありまして。
それはね、8月になってから急遽決定した家族旅行のためなのさ! 
うっふっふー、ラッキー温泉だよん♪
言いだしっぺは母、それに従い企画立案をしたのが私と相方、弟が運転と雑務を担当し、財布(スポンサー)は父でございます。
今回の旅の主目的は福島県は西会津地方、柳津町(ヤナイヅマチ)にある福満虚空蔵尊(フクマンコクゾウソン)。
日本三大虚空蔵尊の一つで、807年に創建されたと伝えられる由緒正しいお寺。福島県内ではかなり有名で、以前から一度お参りしたかったのです。いやー、念願が叶ったよ。
県内にある有名なお寺、神社仏閣巡りが趣味と広言してるくせにどうしてこれまで行かなかったかと云うと、それには理由がありまして。遠いのー。
四十八都道府県中、北海道、岩手に次いで全国三番目に広い福島県。大まかに浜通り・中通り・会津の三つの地域に分けられているのだけれども、その三地域、気候も違えば歴史風土も気質も言葉も全く違う。
同じ福島県内とは云っても私の実家があるのは栃木・茨城両県に隣接する県南地区、気分的には会津へ出掛けるのは東京に行くのと変らないくらいに遠いのですよ。
いや、現在では実際にはそこまで遠くは無いの。トンネルが通ったし道路事情が飛躍的に良くなったからね。でも、昔はマジで遠かったのだよ。同県内でも日帰り旅はきつい、なのでお泊り旅行が当たり前だったのです。
でまあ今回はスポンサーも付いたことだしイヒヒ、虚空蔵尊をお参りしてついでに会津観光&温泉と云う計画を立てたと、そう云った次第。

と云うことで出発したのは12日でした。
台風一過でなかなかのお天気、旅行日和…と云うにはちと暑いがおてんき、まあザンザン降りの雨よりは良かろう。
実家からのアクセス自動車としては東北道で郡山を目指し、その後磐越自動車道で坂下ICと云うルートが一つ。
もう一つが国道289号線から下郷町に出て、121号線〜118号線と峠を攻めるルート。昔は狭い峠道で大変な道程だったんだけど、トンネルが通り道が整備されたと言う話を聞きつけこちらをセレクトしてみた。
結果としては大正解でした。
高速道路と違って景色も変化があって飽きないし、話に聞いていた通り、道路は格段に良くなっているし。一昨年の夏に行った大内宿をあららと云う間に通り越し、およよと云う間に塔のへつりを行き過ぎて、休憩込み2時間程度で柳津に到着してしまいましたよ。

例によって前置きが長かったけど、ここからは画像をバンバン。
先ずは、今回の一番の目的である福満虚空蔵尊、地元では柳津のコクゾウ様として親しまれている霊厳山圓蔵寺(エンゾウジ)でございます。



写真でもお判りいただける通り、切り立った崖の上に建っております。なかなかの迫力。
弘法大師空海が3つの霊木を海に投げたところ、その一つがここ柳津に流れ着き、その木で刻まれた尊像こそが福満虚空蔵尊なんだそうです。



虚空蔵尊の入り口、仁王門です。大きな草鞋が奉納されておりました。



福満虚空蔵尊の本堂にあたる、菊光堂です。会津藩主松平公の庇護により、文政13年(1830年)に落慶したとか。
内部は撮影禁止だけど、外回りの木彫や扁額なども見事で見ごたえがあり、撮影のし甲斐がありました。



境内より只見川を見下ろすの図。
左下に写っている車の位置や大きさに注目してもらうと、切り立った崖の上に建てられていることが判りやすいかも。



虚空蔵尊は丑年と寅年生まれの人の守護仏とされています。それに因んで境内には牛の像が何点か置かれているんだけど、その中で一番目立っていたのがコレ。巨大赤ベコ。
福島県民なら誰でも知ってる会津地方の民芸品・赤ベコだけど、ここ柳津がその発祥の地だそうな。知らんかった。
しかし…この赤ベコは、何故「母・満子」なんだろう? 説明が無くて、意味不明。



虚空蔵尊から徒歩7分程度の場所にある、奥之院の弁天堂です。
奥之院は元々は圓蔵寺歴代住職の退隠寺(隠居寺)だったのだけれども、現在は別のお寺という形らしい。
弁天堂は室町時代中頃に建立された貴重な建造物で、大正時代に重要文化財の指定を受けております。



弁天堂正面。内部には入れないけど、覗き込むことは可能。弁天様はご開帳されておらず、何故か大黒様がいらっしゃいました。



柳津町から離れ会津若松市を目指す途中、車窓から撮影した磐梯山。
民謡「会津磐梯山」でも有名な福島県が誇る名峰・磐梯山、南側から見るこのなだらかな姿は表磐梯と呼ばれます。
桧原湖や五色沼が生まれた、1888年(明治21年)の磐梯山の大噴火。崩落した北側は荒々しくも迫力ある姿に変化し、会津富士の別名がある表磐梯に対し裏磐梯と呼ばれるようになりました。
裏磐梯高原は現在は国立公園になっていて見所も多いのだけれども、会津若松市内からはちょっと距離があるので、今回の旅では足を伸ばせませんでした。



会津藩主の居城であった若松城、一般的に称されるところの鶴ヶ城です。
戊辰戦争で焼け落ち、現在の鶴ヶ城は昭和40年に再建された鉄筋コンクリート造りのもの。以前は単に外見だけを形作った建物でしたが、最近になって博物館として整備が進んでいるようです。
…何故、「ようです」なのかって云うと、入場して見学するだけの時間と体力(私の、じゃなくて両親の)が無かったからなのさ。むー。ふぅ〜ん



米処会津は酒処としても有名。会津若松市内や近郊には多くの日本酒醸造元がありますが、その中の一つ、宮泉酒造が運営している「会津酒造歴史館」です。
冬場には実際に酒造りをしている本物の蔵を見学し利き酒も出来る、なかなか興味深くも美味しい施設。
無論、宮泉酒造が作っている日本酒や焼酎などの売店もあり。むしろ販売が主目的?と思わないでもないけれど、日本酒も焼酎も結構大盤振る舞いで試させてくれるので、お好きな方には300円の入場料は惜しくないと思われます。
我が一家は揃って熱燗酒好き、純米吟醸酒・にごり酒・焼酎と三本も買い込み、ついでに酒のアテとしてきのこ味噌とやらも購入。いずれもとっても美味でございましたよ。



内部の様子。桶の上に立っているのは人形だけど、結構リアル。
冬場は本当にここで仕込みをしているという酒蔵の内部は独特の雰囲気があって、「醸されるー」「醸したいー」などと戯言を言いつつ、楽しんでしまったわたくしです。

会津の旅は明日に続く!

夏の帰省

    2009.08.11 Tuesday| 10:51 |
帰省のため、5日ほど自宅を空けます。
従いましてこちらの更新も暫く間が空いてしまうのですが、まあ、このところそれでなくても間が空きがちなんですが、とにもかくにもご了承くださいませー。
帰省前にせめてもう一本記事を上げたかったんですが、ちょっと他所で忙しくしており、間に合いませんでした。嗚呼、私が二人居れば…。

帰省は台風と一緒に北上するルートなんだけど、電車の中に閉じ込められるような羽目にならないといいなあ。
それでは、行って参ります。

国立科学博物館、常設展示を見る。

    2009.06.14 Sunday| 23:54 |
恐竜展に引き続き、本日は国立科学博物館の常設展示についてちょぴしご紹介。
あまり需要の無い記事だと思うんですが、こういう機会に取り上げとかないと次に行くのは何年後になるか判んない場所だし、アーンド、管理人のリハビリ(文章書き)を兼ねてと云うことで。

国立科学博物館(以下、科博)はとにかく広いです。三階建ての日本館と、地下三階地上三階の地球館に分かれており、取り上げている内容の幅もとことん広い。真面目にきちんと一つ一つを見て体験(←科博は体験展示が多い)しようとしたら丸一日は十分掛かることを頭に入れ、個々人の興味関心によって取捨選択して見学するが宜しい。
終日此処で費やせるお好きな方 イヒヒ は別として、時間と興味に限りがある一般人には科博の公式サイトを検証するのもお薦め。

◆国立科学博物館公式サイトはこちら

掲載されていたお薦めコースを簡単にご紹介。

1.日本館60分おすすめコース(日本館をまるごと体験しよう)
2.日本人と自然の関わりコース(自然の豊かさと人々の暮らし)
3.地球館90分ハイライトコース(90分で地球館まるごと体験)
4.地球館60分ハイライトコース(60分で地球館をざっと一周)
5.クジラコース(クジラを探して地球館を一回り)
6.自然と共存を考えるコース(自然のリズムと未来を考えるヒントを探し地球館を回る)
7.自然史ハイライトコース(自然史系分野に絞り、地球館主要展示を回る)
8.小さいコース(小さいものに注目して地球館を回る)
9.大きいコース(大きなものに注目して地球館を回る)
10.渦巻きコース(渦巻きを探しながら地球館を回る)
11.理工系ハイライトコース(理工系分野に絞って、地球館主要展示を回る)
12.飛ぶことコース(空や宇宙を飛ぶための工夫や原理を探して、地球館を回る)


ぜーはー、ぜーはー たらーっ、書き写すだけでも結構大変でしたが、科博の展示内容が何となくお判りいただけるかと。上のコースの詳細な内容、目的やルートは、科博サイトの以下のページに掲載されております。

◆展示>常設展>おすすめコース

さてさて、恐竜展見学後にざざっと常設展示を見て回りました。
学生時代に何度か来たことあるけど、それって旧石器時代のこと?と自問したくなるくらい大昔のことなのでー 困惑、展示内容はうろ覚え。
そのお陰で、意外なほど新鮮な気持ちで見て回ることがました。
…阿修羅展に行くつもりだったので、一時間ちょっとくらいしか時間が取れなかったんだけどね。
昨日の記事でも書いた通り、結局、阿修羅様には会えなかったんだから、科博でもっとゆっくりすれば良かったよー、と言うのはまさに後の祭りでございます。



これは「真空管識計数型電子計算機FUJIK」と云う機械で、日本で最初に稼動した電子計算機だそうです。1956年、富士写真フィルム株式会社によって製造。
当時、眼鏡のレンズ設計には膨大な計算が必要で、その設計の自動化を計るため7年がかりで完成させたものだとか。真空管を1700本使用し、計算速度は人手の約2000倍。
右手前に写ってるモニター画面でノートパソコン程度のサイズですので、この機械全体の大きさがお判りいただけるかと。思わず、で、でか!と声を発したくらいに大きい。



はた織り機かドミノ倒しの仕掛けか?って感じの見た目ですが、「九元連立方程式求解機」と云う機械です。
名前を聞いても一体全体なんじゃらほいですが、この機械を使えば複雑な連立方程式をスイスイ解くことが出来ちゃうんだとか。
そもそもは1936年(昭和11年)にアメリカのウィルバーと云う技術者だか科学者だかが、土木の構造解析や経済学上の計算をするための機械を考案、製作。画像の機械はそのウィルバー機械の情報を元に、当時の東京帝国大学航空研究所において1944年(昭和19年)製作された国内初の大型計算機械だそうです。
骨の髄まで文系、「連立方程式って何だっけ?」のわたくしですからして、九元なんて言われたら全く理解不能。
とにかくこの木造の機械をどうにかこうにかすると、はた織り機がパタンコパタンコして連立方程式の答えが織り上がってくるのでしょう、多分。
これも相当大きな機械です。水屋箪笥くらいの幅と奥行でした。



一般に呼ばれるところの「ゼロ戦」 、正式名称「零式艦上戦闘機」です。復元模型ではなく、第二次世界大戦中に実際に使用された本物。
1972年(昭和47年)、ラバウル島西北110kmの海中で発見され引き上げられたものを、1974年(昭和49年)に当時の日本大学教授が購入、科博に寄贈したんだそうな。

以上の三枚の画像はいずれも、地球館二階「科学と技術のあゆみ」に展示されています。私はこのフロアーが一番好きかも。
先にも書いた通り根っからの文系なので理系分野の知識は皆無に等しいのですが、歴史好き&何でも面白がる好奇心旺盛な性質なのです。揶揄ではなく真面目に、「ヘー、ホー、すっごい!」を連発しながら見て回りましたよ。



科博常設でも恐竜や古代生物の標本が多数展示されており、地球館の地下一階および地下二階で見ることが出来ます。
この画像はコロンビアマンモスの化石。更新世中期に生きていた大型のゾウで、肩までの高さが3.5〜4メートルもある、北アメリカでは最大のゾウだとか。
更新世中期と言われても全くピンとこないので調べてみたら、180万年前から約1万年前までの期間だとか…幅が広過ぎない?
北京原人とかジャワ原人と同時代…って言われてもね、ますます判りません。

画像は無いのですが、地球館三階では「大地を駆ける生命」というテーマで、沢山の哺乳類および鳥類の剥製を大量に展示してあります。
すぐ近くの野動物園で生きた動物を飼育、展示していることを考えると、ちょいとシュール。
私は動物がとっても好きな分、剥製は少々苦手。本来、朽ちて自然に還るべき肉体を加工して永遠に姿を残すって考えると、息苦しいような気分に襲われてしまうのです。
もちろん学術的な意味で必要な行為であることは承知しておりますし、「穢れ」だの「蘇り」だのオカルト的発想や、「可哀想」といったセンチメンタリズムで言ってるつもりは無いし、怖いとかも全く思わないんですけどね。
ミイラとか即身成仏について見たり読んだりすることには非常に関心が強いんだけどねえ。動物だとどうして…ああ、そうか。そこに本体の意志が全く無いからか。
そんなことを検証しててもしょうがないので止めときますが、鳥の剥製がずらずらっと並んでいる箇所では、京極夏彦の「陰摩羅鬼の瑕」な気分に浸れます。
…って、やっぱり鳥は生きて動いて鳴いているほうがいいよお。 悲しい


とまあ、この調子で解説してたらウチは一体何がメインのブログ何だか意味不明になりそうなのでこの辺りで打ち止め。
えっ?もう既に訳の判らないよろずブログだって?…そりゃまた失礼いたしました。
最後に綺麗に締めますと、子供さんや学生の方にはもちろんですが、いい年した大人が行っても十二分に楽しめるのが科学博物館。童心に返ってワクワクしたり、真剣に感心したり、好奇心をくすぐられまくったり。
上野にあるのは動物園と国立博物館と西洋美術館だけではない!と云うことで、是非一度、科博に足をお運びください。回し者っぽい? イヒヒ



ラストの一枚は屋外展示のシロナガスクジラ像。実物大だそうです。
手前の人物の「シロナガスクジラを手のひらに乗せたい!」と云う野望に応じて撮影したのですが、成功しておりませんね。
見てお判りいただける通りかなり手前に立っておりますが、さすが全長30メートル、遠近を考慮に入れても十分でかい。

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