ショーン・ビーン、お誕生日おめでとう!

    2010.04.17 Saturday| 23:23 |
ショーン! 51歳のお誕生日、おめでとう!!

大切な家族に囲まれて、もしくは多くの友人たちに囲まれて、満面の笑顔でお誕生日を過ごしているといいな。
もっともショーンは現在、撮影で海外滞在中らしい。アイスランドの噴火の影響で、帰国も出来なきゃ、家族も駆けつけられないだろうから…。でもまあショーンのことだから、撮影のスタッフとキャストに囲まれて、満面の笑顔で誕生日を過ごしているんじゃないかな。そうだと、いいな。
51歳になったショーンの一年が素晴らしいものでありますよう、心からお祈りいたします。



新作「Black Death」は、英国では5月公開の模様。
アメリカ公開が決定してない段階では日本公開の可能性は低いか?と云う気がしないでもない、と云うか大いにしちゃいますが、ほんのちょっとの可能性に賭けて、念を籠めております。



見よ!「ロード・オブ・ザ・リング」のボロミアを彷彿とさせる、ショーンの勇姿を!!
ボロミアが非業の死を遂げることなくあの闘いを生き延びて、エレスサール王統治下のゴンドールで執政なり、大将なりの地位に付いていたとしたら。その10年後の姿ってこんな感じだったのではないかと妄想…。
観たいよー。出来れば映画館のスクリーンで、この姿のショーンを観たいよお!(ジタバタジタバタ)



この絵面を見て、心を騒がす乙女(?)は多いと思うのだ。
配給会社さーん、もしかすると意外なスマッシュヒットになるかもよ?
是非とも、日本公開をご検討いただきたく!!


余談 : 朝一で「おめでとう」をツイートしたもので、すっかり任務完了の気分。
ブログ更新をうっかり忘れるところでした…。ふー、危ない危ない(と汗を拭く)。
ひ、ひ、日付詐称なんてしてませんから!(←大嘘吐き)

お誕生日おめでとう!ショーン!!

    2009.04.17 Friday| 23:53 |
修羅場と言いつつ、本日2本目の投稿です。
4月17日は当ブログ四枚看板の一人、ショーンの50回目のお誕生日でしたー! おめでとー、ショーン!! 拍手 ケーキ2 拍手 ケーキ2 拍手 ケーキ2



up ショーンと言えば…の画像ですが。背景の緑と、ショーンのグリーンアイズが綺麗。

2007年の「ヒッチャー」以降、日本での劇場公開が無いこともあって、四枚看板だと言いつつブログ記事で取り上げる機会が少ないことはまことに残念なのですが。
DVDは「必殺処刑人」(…それにしても酷い邦題)という作品が昨年夏に発売されてはいるんですけどね。一応、観たんですがね…作品自体があまりにも〇〇(自粛)な映画でして、取り上げる気も失せたと云う。
最近のショーンは英国内での仕事が多いようで、家庭や家族に配慮してのことなのか、まさかとは思うけどオファーの有無やら大人の事情だったりするのかは判りませんが、とにかく(日本での)露出が少ない。欧州からは遠く離れた極東でファンをやってるのは、結構辛い状況だったりしますなあ。

でも! 先日のEmpireの授賞式のお陰で、愛が再燃焼した気分です!!
ありがとうEmpire!



up 二人共ピカピカの笑顔。髪がグシャグシャだけど、この笑顔の前には些事だよね!



up 壇上でのハグ! 酒瓶持って!(笑)

50歳になったショーン。
容貌こそ確かに年齢相応なだけの年輪を刻んでるなとは思いますが、それでもあの素敵な笑顔と深みのある声は健在。
最近になって新しい作品情報もチラホラと聞こえ始めているので、その内にまた、素晴らしい映画に出演して日本のファンの前に姿を現してくれるだろうことを信じてます。



トロント映画祭でのツーショット。
いつかヴィゴとの再共演があることを、祈って祈りまくってます…。

ショーン・ビーン、家庭内暴力で勾留!?

    2008.07.28 Monday| 12:49 |
一週間ぶりのブログ書き込み、しかもショーン関連の話題はひっさびさ!…なのに、こーんな記事を取り上げるのも如何なものかと思わないでも無いのですがムニョムニョ
詳細はこちらからどぞ

シネマトゥディ
「ショーン・ビーン、妻が通報!家庭内暴力の疑いで拘置所へ!」


先週、新聞報道されていたクリスチャン・ベール逮捕の一件で記事を検索してたんですよ。
そしたら、関連記事と言うことでたまたま見つけてしまった…んだけど、正直見つけなきゃ良かったかなと(だったら、ここにも書くなよ!って突っ込みは置いといて)。
記事を読んで貰えれば判るんですが、要するにちょっとした夫婦喧嘩の挙句に新妻が警察に通報し、ショーン勾留!となったらしい。うーん…。
この記事だけだと詳細が掴みにくいので英国メディアもちょっとだけ検索してみた結果、私の解釈としてはこんな顛末かと。

”徂愀嘩勃発
 ※殴る蹴るといった暴力沙汰ではなく(新妻は無傷)、押したり突いたり程度のやりとりらしい。
 
新妻、警察に通報
 
7抻,駆けつけ、ショーンは新妻と警察官に付き添われて出頭。
 
ぃ胸間ほど勾留されるも、新妻が訴えを取り下げ、釈放。
 
タ刑福◆峪笋皀轡隋璽鵑盡亀い世掘大丈夫!」と語る。
 
ζ鷽諭仲直りする。ラブイチャ写真、流出。

以上は、この辺 の記事の抜粋です。他にもあったけど、割愛。適当に流し読みしただけなので、内容が間違ってないといいんですが。
THE Sun
Mail Online

まあ、所詮はゴシップ誌の記事なんですけど、一旦は逮捕勾留となったのは間違い無いっぽい。
私は、理由はどうあれ男性が女性に対して暴力を振るうのは一切合財何が何でも許しません!という主義ですが(最近は逆もあるらしいけど)、この一件はねえ。あのその。
要するに単なる夫婦喧嘩でしょ?ショーンが殴ったり蹴ったりした訳ではまったく無さそう。
そりゃあ、勢いでぐいっと押したりはしたのかもしれないけど、そんなちょっと派手めな夫婦喧嘩程度で通報って。
って云うか、あの新妻、ちょっとやそっと押したり突いたりしたってビクともしなさそうじゃないか!!ぶー(暴言ご容赦)
むしろ、ショーンの俳優としての立場を考えたら、そのくらいのことで警察に通報するなんて、アンタ何考えてんの?と思わざるを得ない。
百歩、いや一万歩くらい譲って、その段階では暴力沙汰にはなってなくても、新妻が命の危機を感じるほどの殺気をショーンが発してたと仮定しましょう。
恐怖感に囚われた新妻が警察に助けを求めたと、無理矢理にでも仮定してみましょう。
でもね、もしそうだったとしたら、どうしてその後あっさりと「私たちラブラブ〜ラブ」になれるのさ。
新妻側の立場で良いほうに解釈したとしても、頭に血が昇って、もともと軽い頭だから勢いに乗っちゃって通報したっていうのがせいぜい。
悪く解釈すれば、有名人であるショーンの立場を逆手に取っての嫌がらせとも勘ぐれる。もしそうだとしたら、性格も悪いけどそれ以上に頭も悪いね。
そんなん、自分がショーンの妻である以上、最終的に自分に跳ね返ってくるだけじゃないか。ショーンのキャリアに傷をつけることで、自分に少しでも得になることがあるとでも?
それとも、可哀想な悲劇の若妻を演じたかったのか?もしくはやっぱり、単なるお〇鹿さん?

呼ばれた警察も困ったことでしょう。
「主人が暴力を振るうんです!」っていうエマージェンシーコールを受けて慌てて駆けつけてみれば、そこは誰もが知ってる有名人夫婦の自宅。
ヒステリックに泣き喚く妻、うんざりしてる夫、割れた皿にひっくり返った花瓶、床には飲食物がぶちまけられ…(あくまでも管理人の想像です)。
『夫婦喧嘩は内々で収めてくださいよ』って、さぞやうんざりしたんだろうなあ。

ショーン、最近はあまり大きな仕事はしていないみたいだし、「ヒッチャー」以降、日本公開されそうな映画の情報も全く無いし。
巷の噂では、新妻との交際が始まって以来ずっとそんな調子だって聞くし。
わたくし、別に新妻に嫉妬はしておりませんよ?結婚のニュースが流れた折には本心から「今度こそ上手くやれよー」「幸せになってねー」と思っていたのですが。
世界的に活躍する有名俳優と、年若い無名の女優。玉の輿やシンデレラ物語を囁かれてしまう二人の関係性から、どうしたって、彼女が悪く言われがちなのも判るのです。
彼女を選び、こんな騒動になっても受け入れ続けているのはショーンな訳だし、ショーンにだってもちろん責任はある。
でもね。
昔の人は言いました。朱に交われば赤くなる
ショーン…、お嬢さんたちが可哀想だよ。

4度目のショーン

    2008.02.22 Friday| 23:58 |
英国俳優ショーン・ビーンが、4度目の結婚をいたしました。
現地時間19日のことなので既にご存知の方も多いだろうし、取り上げるタイミングを逃しちゃった気がしないでも無いのですが、ウチのブログの四本柱の一本(と勝手に決め付けてる)の慶事を全く取り上げないのもちょっと何かなと思いまして、遅ればせながらの記事でございます。

仕事のほうでバタバタしていたこともありネット探訪を怠りがちだったもので、某方から教えていただくまで全然知らなかった私。
慌てて見にいった英国メディアのサイトでいきなり飛び込んできたのが、ショーンとお相手との思いっきりなキスシーン。おおっと…(のけぞり)。
いやあ、「本当」に結婚しちゃったんですねえ。
先月だったか、挙式が延期になったとか云うタブロイド紙発のニュースを耳にした際は、イマイチ半信半疑だったんだけど。
今度こそ間違い無いらしい。「らしい」じゃないよ、どう見たって映画のワンシーンではない。

以下は、日本の映画情報サイトの記事。キス写真じゃないので、ご安心くださいな。↓

「ショーン・ビーンが19歳年下の女性と4度目の挙式」(Cinema cafe net)

うーんと、なんと言うか非常に微妙な気分。

前にもちょっと触れたかもですが、私は基本的には俳優の私生活(含む女性関係)はあんまり気にしないほうなんですね。
映画の中で何かの役を演じている彼らを観てファンになったのであって、個人としてのダニエルだったりマッツだったりヴィゴだったりショーンだったりのアレヤコレヤを気にしても仕方ない、と思うようにしているのです。
私生活が全く気にならないとはもちろん言わないけど、「私の○○が女と付き合ってるー!キイーッ!悔しい!!」という風には考えない。
世間で有名なお馬鹿女(パ○ス・○○トンとかね)と自分の好きな俳優が付き合ったりしたらがっかりするとは思うけど、相手がどうっていうよりも、そんな女を選ぶなよ…っていうがっかり感のほうが圧倒的だったりする。

俳優や有名人を対象にした擬似恋愛的空想っていうのは確かに楽しいし、私だって、誰かのファンになったからにはそういう感情が全く無いなんて空々しいことは申しません。
ただ、そういうことは個人が心に秘めてこっそり楽しむ感情であって、それを表に出して騒ぐのはあんまり…っていうのが私のスタンス。
格好付けたがりなので、自分の美意識としてそういう反応は肯んじ得ないというのもあるし、彼らの私生活が充実することでより素晴しい仕事をしてくれるならそれに越したことはないと思うのです。
これはもちろん、私のごく個人的な私見ですので、これが正しい!とか、こう考えるべき!とか他の方に押し付けるような気は毛頭ありませんよー。誤解の無きよう、くれぐれもお願いしますね。

そんなこんななので、ダニエルとサツキ嬢の件も全く気にならない。
彼女のクレバーさ(イメージだけどね。本当のところ彼女がどういう人物なのか知らないし)は非常に好ましいし、むしろサツキ嬢には、頑張ってダニエルを支えて欲しいなって思ってる。
でもねえ、ショーンの場合はねえ。4回目だしねえ。大丈夫…か?って考えちゃうんだよね。
今度こそ生涯添い遂げて幸せになって欲しいなあと、つくづく思うのです。
えーと、ほら、四度目の正直っていう言葉が確かあったよね!(←無い)
あ、違う、違うよ!三度あることは四度あるだよ!(殴)(←いろいろ間違い過ぎです)

まあ、冗談はさて置き。
結婚して諸々が落ち着いて良い映画に出て良い演技をしてくれて、日本でショーンの映画が沢山公開されるようになればいいなあって心から願います。
ダニエル出演作の公開は暫らくはヤキモキしないで済みそうだし、ヴィゴ出演作は遅れ遅れでも日本公開がありそうな雰囲気。マッツは…デンマーク映画の公開はなかなか難しいけど、昨年は「アフターウェディング」公開とかDVD発売とかあったし、期待は持てる。
でも、ショーンの出演作が公開されるような気配が…ちっとも無いんだもん。
それがねえ、とっても残念で。ショーン出演作でまだ観られてないのがかなりあるので、ボチボチDVDを観て楽しもうとは思っているのだけれども、でも今のショーンが見れる映画も観たいよね。


三人のお嬢さんたちが微妙な表情をしているように見えるのは、気のせいかしら?
なんと言っても一番心穏やかで無いのは、やっぱりお嬢さんたちだろうしねえ。いくら慣れてるとはいえ、例えお嬢さんたちと新妻ジョージナさんとの関係が上手くいっているとしても、諸手を上げて賛成!っていう風にはならないのが普通の感情だろうし。

でもね、これを見て!


満面の、まさにお日様笑顔のショーン。嬉しそうなお相手。
まあ、これを見れば、外野(=ファン)がガタガタ云う筋合いじゃないのは丸判りだし、ショーンが幸せならばもちろんそれで良し!な訳です。
うん、その笑顔が見れるんならいいや。末永くお幸せに!!祝

地獄への道行き「ヒッチャー」

    2007.12.05 Wednesday| 01:36 |
と言うことで、「ヒッチャー」感想です。
サスペンス映画、しかも現在上映中だと言うのにネタバレだらけになりそう。ネタバレNG!の方は、回れ右にてお願いいたします。


「ヒッチャ−」(2007年、アメリカ)

学生カップルのグレースとジムは、休暇を利用しグレースの故郷へドライブに出かけた。深夜、土砂降りのハイウェイを走行中の車の前に突然男が立ち塞がる。咄嗟にハンドルを切ったことで事故は免れ、男は無事だった。男は車の故障で立ち往生していたらしかったが、見知らぬ男を車に乗せることを嫌った二人は、男を置いて走り去ってしまう。
その後、二人がガソリンスタンドで休憩をしていたところに、先ほどの男が姿を現す。ジムは隣町のモーテルまで乗せていって欲しいという男の頼みを断りきれず、二人はジョン・ライダーと名乗るその男を伴い再び車を出発させた。
車中、男は徐々に不穏当な言動を始め、遂にはナイフを取り出すとジムを脅しグレースに乱暴しようとする。必死の抵抗で男を車から蹴り落とす二人。翌朝、ドライブを再開した二人は、すれ違った家族連れの車の中にはくだんの男が乗っていることに気付く。車を追いかけ、車中にいる男が危険人物であることを告げようとする二人だったが、対向車が迫ることに気付かず事故を起こしてしまう。
車は大破し、ハイウェイをトボトボと歩く二人の行く手に、先ほどの車の姿が見えた。恐る恐る近寄った車の中には、既に事切れた子供と母親、虫の息の父親が残されていた。父親だけでも助けようと近くの町へ車を走らせる二人。やっとたどり着いたレストランで警察を呼んで貰おうとするが、駆けつけた警察はグレースとジムを殺人の重要容疑者として逮捕してしまう。
地元警察に連行され尋問を受ける二人。ところがそこにまた男が現れ、警察官を皆殺しにして姿を消してしまう。手に手を取って逃げ出す二人だったが、地元警察に連絡が付かないことを不審に思った州警察によって追われる身となってしまう。廃屋に身を隠すグレースとジョンに一人の警察官が投降を命ずるが、執拗に二人を付け狙う男が警察官を撃ち殺してしまう。警察官殺しの罪まで着せられ、再び逃げ出した二人を州警察が追いかけ、そこにまたもや男が現れる。ライフルを持った男は警察車両を殲滅しグレースとジムを追い詰めるが、二人は命からがら逃げ延びることに成功する。
疲れ果て何も持たない二人はモーテルに忍び込み、暫しの休息を取ろうとする。公衆電話を探して家族へ連絡をすべくジムが外出し、一人休んでいたグレースに男の魔手が近づく。銃をかざして一旦は男を撃退したグレースだったが、あまりにもジムの帰りが遅いことに気付き彼を探しに出ると、ジムは鎖で括られ、二台のトラックの間に繋がれていた。泣き叫び助けを呼ぶグレースを嘲笑うように、男はトラックを発進させようとする。助手席に乗り込み男を阻止しようとするグレース。通報を受け州警察が駆けつけるが、男はグレースの懇願も警察の制止も無視し、トラックを発進させてしまう…!


何せ1回こっきりしか観てないので、上記粗筋には誤りがあるかも。重大な齟齬があった場合、ご指摘大歓迎です。
元映画であるルトガー・ハウアー版は未見で、そちらの内容を前例としたり比べたりといったことはしておりませんので、そのあたりもご了承いただけると幸い。


えーと、一言で云えば、非常にツッコミどころが多い映画でした。
ジョン・ライダーは雨のハイウェイに突然現れ、グレースとジムを追い詰め、ひたすらに殺人を繰り返していくのですが、彼が何故にそういった行動を取ったかは映画の中では説明されません。
理由も意図も全く判らないままただひたすらに殺人を繰り返すジョン・ライダーの姿は確かに不気味、ハラハラドキドキの映画なので、観ていてつまらないとか退屈するってことはもちろん無いんだけど、何となく喰い足りないという感じがするのは何故かしら?
人間って意外と緊張感が長続きしないものだし、恐怖にも徐々に慣れてきてしまうものだと思うんですよ。
最初はひたすらに恐ろしい存在だったジョン・ライダーなんだけど、ジョン・ライダーがグレースとジムを追い詰める、他の人間が殺される、グレースとジムは命からがら逃げのびる。ジョン・ライダーがグレースとジムを追い詰める、他の人間が殺される、グレースとジムは命からがら逃げのびる。ジョン・ライダーがグレースとジムを追い詰める、他の人間が殺される、グレースとジムは命からがら逃げのびる…(タイピングミスじゃないよー)と何度も繰り返されると、なんと言うか、えっと、飽きてくる。
もちろん手変え品変えはしてくるんだけど、恐怖感が徐々に増していくという展開にはならず、テンションがあまり変わらないままの繰り返しなので、ダレてくるんだよね。
実際、最初は水を打ったように静まりかえっていた館内が、映画が進むにつれ徐々にざわめきだしてた。飽きると云うほどではないけど、緊張感を持続し集中して観ているというほどでもない、そんな感じ。

私が考えるに、ダレてしまうもう一つの要因が、グレースとジムのカップルの行動があまりにも考え無しなところ。
自ら墓穴を掘るというか、鴨がネギしょってついでに鍋まで持参してやってきたというか、要するに、その場その場で一番マズい道を選んで突っ走ちゃうのよ、このお二人さんは。
まあそもそも最初っから、女連れの若者が見知らぬヒッチハイカーを車に乗せてしまったことがイケナイっちゃイケナイんだけど、それを言ったら物語が始まらないのでこの点はまあ置いておくとしよう。
ナイフを取り出して二人を脅すジョン・ライダーを二人掛りで撃退して、車から突き落とす。ここまでも良いんだけど、この揉み合いの際に二人は携帯電話を失ってしまうのね。つまり、家族にも警察にもことの顛末を連絡出来ない。それなのにこの二人、路肩に車を止めて仮眠を取ったりしております。疲れているのは判るけど、先ずは、公衆電話を探して連絡すべきでしょう?
車から突き落としたからといってジョン・ライダーが死んだと決まった訳で無し(死んでたとしたら、それもそれでとっとと連絡しないと二人は殺人犯だよね)、また何か仕出かさないとも限らない。
いくら広大なアメリカ大陸のハイウェイだとしても、数十キロくらい走れば公衆電話の一つや二つ、ドライブインくらいはあると思うんだけど(これについては何せアメリカについての知識が無いので、当てはまらないかもしれない)。
で、惨劇が起きてしまう訳です。
何をどう騙くらかしたのか、ジョン・ライダーは家族連れの車にまんまと乗り込み、偶然にもその車に出会ったグレースとジムを嘲笑うがごとく、一家を惨殺してしまう。いくら一本道とは言え、ここで出会ってしまう偶然と言うかご都合主義も如何なものかと思わないでもないけど、まあ、それもいいや。
で、家族連れを惨殺したジョン・ライダーは次の獲物を求めてのことなのか、一旦姿を消してます。
グレースとジムは生き残った一家の父親を病院に連れて行こうと車を走らせ、やっとドライブインを見つけるんだけど、車の中に瀕死の父親とジムを残し店内に駆け込んだグレースが叫んだ言葉が「警察を呼んで!」「タオルを貸して!」…従業員はあきらかに不審気だし、店内に居た客は何が起こっているのかちっとも判って無いし。
ハイウェイに殺人鬼が出た!人が殺され、重症者が外の車の中にいるから直ぐに警察と救急車を呼んで!誰か手が空いてる人は、車の中の怪我人を見てあげて!
何故そんな風に言わないの?ちゃんと説明しないから…ほーら、やっぱり。駆けつけた警察に、殺人犯として逮捕されちゃう二人。警察に連行されてからも、グレースはまだしもジムは興奮して叫ぶばかりで、これじゃあ理解して貰えるわけ無いよね。
推理小説を読みなれた日本人としては、いくら目撃証言が無いと言っても車の中の指紋を調べれば、この場に居ない人間の指紋が出てくる訳だし、前夜立ち寄ってジョン・ライダーを乗せる羽目になったドライブインだってきちんと調べれば判るはずとか思っちゃうし、何故、順序だてて説明出来ないんだこの二人はとイライラしてしまうのです。

でもまあ百歩譲って、ここは、二人が恐怖と疲労で思考回路が全く働いてないと考えてあげよう。
ところがその後も、同じような考え無しの行動を繰り返すんだよね、このバカップルは。
警察署員がジョン・ライダーに皆殺しにされたことを知った二人はやっとの思いで屋外に出るんだけど、丁度そこに州警察が駆けつけてくる。二人は顛末を話したところで信じてもらえないという理由で、裏山から逃げ出しちゃうの!
いや、あんたたち身元を知られちゃってるから逃げたところで捕まるし、署内にはジョン・ライダーの指紋がベタベタ残ってるし、やってきた州警察の警部だってこれは大学生なんかに出来る殺しじゃないって、ちゃんとおっしゃってますよ?
逃げた挙句に廃屋で警察官と対峙してしまった時、グレースは警察官に銃を向けてしまいます。
撃つ気は無かったにせよ、アメリカというお国柄を考えたら、この場で射殺されてもおかしくないはず。
それでもって、二人を付け狙うジョン・ライダーが警察官をライフルで撃ち殺してしまったことから、二人は再び逃げる逃げる。警察から、ジョン・ライダーから、何とか逃げようとするんだけど。
でもね、グレースは実際には撃ってないんだから、硝煙反応調べれば彼女が警察官殺しの犯人じゃないことなんて一目瞭然ですが?
警察もとっちらかってて間抜けっちゃ間抜けなんだけど、とにかくこの二人の行動のトンチンカンぶりは半端じゃない。一事が万事、この調子なんだよ!逃げるべき時と踏みとどまるべき時がイチイチ逆目なんだよ!ゼーハー…(←興奮してる)
それにしてもジョン・ライダーは、どうしてあんなに簡単に逃げる二人を見つけ出すのか?警察も警察で、たった一人の殺人犯によってパトカー数台とヘリコプターをあっさり迎撃されちゃうのか。
ジョン・ライダー恐るべし。ナイフ使いも凄いし射撃は百発百中だし、もしかして特殊部隊にでも所属してたのかしら(笑)?

この映画の場合、ご都合主義は構わないと思うの。
理由も無いままに殺人鬼に追い詰められる恐怖を描いた作品なんだから、男が非人間的なまでに強力なことの恐怖、逃げても逃げても何度も出くわしてしまう恐怖、警察が自分達をちっとも守ってくれず、それどころか犯人と決め付けられてしまう恐怖、そういった不条理な恐怖を描く上ではご都合主義はむしろ必須。
なのに何故喰い足りないとかダレるとか感じたかと言うと、この映画で一番描くべき不条理な恐怖を、どこぞの映画評にもあった通り中途半端で思わせぶりなエピソードを散りばめることで、むしろ曖昧にしてしまったからだと思う。
例えば、序盤におけるドライブインのシーン。二人に置き去りにされたジョン・ライダーはドライブインにたどり着き、公衆電話からどこぞに電話して「こっちは大丈夫だ」と一言述べます。
何が大丈夫だったのか、電話の相手は誰だったのか、それは最後まで判りません。そもそも、彼が名乗ったジョン・ライダーという名前も実は他人のもので、彼が本当は何者であったかは最後まで判らないままなんだけど。
ジョン・ライダーは左の薬指に指輪をしているんだけど、その指輪について彼は「誠実そうに見えるから付けている」と語ります。これも本当の意図は判らないまま。
そしてジョン・ライダーは、本当ならどの時点でも二人を殺せたと思う。ところが、まるでネズミをいたぶる猫のように二人の首根っこを押さえては放し、また押さえては放し、まるで追っかけっこを楽しむがごとき行動を取る。ジムはこのことを、出逢った最初の時、豪雨の中を置き去りにしたから、そしてその後、車から突き落としたから、それを怨んで自分達を付け狙っているんだと考えるんだけど、どうもそれだけじゃない何かを感じさせるんだよね。と言うか、感じさせるようにエピソードを盛り込んでいる。

ジョン・ライダーは「I want to die」という言葉に固執し、ジムにもグレースにもそれを言わせようとします。
物語の中盤、グレースがジョン・ライダーに銃を向けるシーンがあるんだけど、普通の女の子でしかないグレースには、どうしても引き金を引くことが出来ずに躊躇します。そこでジョン・ライダーはくだんの台詞「I want to die」を繰り返すのです。
結局この場面でのグレースはジョン・ライダーを撃てないままなんだけど、その時、ジョン・ライダーはまるで吐き出すように「やくたたずめ!」とグレースを罵るのです。
うーん、彼は死にたかったんだろうか?
と、言うように考えてしまった時点で、ジョン・ライダーという男のあり様がぶれてしまうんだよね。
理由が無いまま主人公に恐怖を与え続ける殺人鬼だったのか、それとも、何らかの理由や目的あっての行動だったのか。
前者だとしたらジョン・ライダーの内心を現すエピソードは単に思わせぶりなだけで不要だし、後者だとしたら不条理な恐怖感は薄れて謎解きサスペンスとなってしまう。
でもって、この映画、結局ジョン・ライダーが何者だったか何を目的としていたかは判らずじまいで、散りばめられたエピソードは全く回収されないまま。だったら、やっぱり不条理な恐怖を描きたかった、ということなんだよね??
うーん、脚本が整理されてないのか、監督がいろいろと欲張っちゃったのか。
まるでゾンビのような不死身の殺人マシーンがただひたすらに主人公を付け狙う不条理な恐怖を描きたかったのか、何らかの理由によって心が壊れてしまった男が自分自身を含めたこの世界の全てを破壊しようとしている姿を描きたかったのか、どちらだったんだろう。
もし、ジョン・ライダーを不条理な恐怖を実体化させた存在として描きたかったとしたら、ショーンはミスキャストだったかもしれないとも一瞬思った。
ショーンがヘタクソでジョン・ライダーを演じきれてないというのではなく、ショーンは微妙な表情や目の動きで繊細にその人間を演じてしまうタイプの役者だと思うのですよ。なので、ショーンが演じるとその人物の過去や心情を見ているこちらがついつい思い描いてしまう。
これは観ている側=ショーンのファンである私の多大なる思い込みもあるだろうし、何よりも、先述の通りキャラ設定のブレがあるので、ショーンには責任は無いと思います。

物語の構成上の問題をさて置けば、ショーンの演技自体は非常に良かったと思う。不気味さ凶悪さ虚無感、そういったものを余すところ無く演じきっておりました。
短く刈り込んだ頭に歪んだ微笑が印象的で、非常に怖い見た目です。でもね、どうしても唇が乾くのか、お得意の唇ぺロリがやっぱりあるのよね。
あれをされるとダメなんだよねー。あれだけ凶悪なルックスに作っているのに、おっと可愛いぜラブとか思ってしまう。ああ、馬鹿なファンってしょうも無い。
結局のところ、スクリーンでショーンが観られたから良かったです(こんなに長々と書いておいて、最終的にそれかよ!)


ショーン以外の役者さんも触れておくと、グレース役のソフィア・ブッシュがなかなか頑張っておりました。細身でスタイルも良くて、とても可愛い。日本人好みの容貌なんじゃないかな。
実年齢が25歳っていうのには驚いた。20歳そこそこにしか見えなかったよ。

たまにとっちらかるけど、健気に頑張るグレースちゃん↑

ジム役のザカリー・ナイトン。ごくごく普通のアメリカ青年っていう感じなのかなあ?グレースのほうが目立ってるなー、と思って観てたら。あらら…。
さすがに詳細は伏せますが、ある意味とても目立ったとだけ申しておきましょう。

明日は「ヒッチャー」

    2007.11.30 Friday| 23:52 |
明日の土曜日、ショーンの「ヒッチャー」を観に行きます!
場所は銀座のシネパトス。何でも、高さ6メートルの巨大なショーンの看板が立ってるんだって!目が光ってるんだって!
単館上映の割にはテレビコマーシャルも打ってたし(一回だけ、辛うじて確認しました)、配給元さん割と力を入れてくれてるのかしら…。

あちこちで見聞きする映画評はあんまり芳しくないみたいだけど、いいんだ。ショーンをスクリーンで観るの、これが初めてなんだもん…(何せファン歴数ヶ月)。
週刊新潮今週号の映画評では、こんな感じ。

曰く、「徹底的に不条理を描いた一作目に比べ、様々な場面を意味ありげに見せてしまったため、不条理さが際立たない」

…ふーん。他でもそんな感じの記事は読んだことあるし。私、負けない!

曰く、「ショーン・ビーンの不気味さはいい

わーい、ショーンが褒められてる!…んだよね?
ちなみに、週刊文春では取り上げられていませんでした。
まあね単館上映だし…同じ単館の「アフター・ウェディング」は両雑誌で絶賛されてたけど、「アフター〜」と違って「ヒッチャー」は賞レースには掠りもしなかった作品だし、仕方ない。
「インベージョン」なんてこの両雑誌では触れてもいなかったから、それに比べればまだましと云って良いのかなあ。
評価点は「普通」でした。


「不気味さが良い」ショーン…(笑)。alexさんおっしゃるところの、チンピラ豆でございます。

綺麗な綺麗な悪い男「スカーレット/続・風と共に去りぬ」

    2007.10.02 Tuesday| 23:57 |
いつまでも夏の熱気を引きずってたのに、月を越したらいきなり秋。しかも、一挙に晩秋の気配すら漂っております。
ここ数年ずっと云われてるけど、秋が本当に短いよね。ブラウス一着で過ごせる時期がごく短くて、夏からあっという間に冬になってしまう、そんな雰囲気。
でも、秋の夜長って好きなんですよね。もう暑さの名残も消えて、でも冬場の寒さにはまだ至らない。夜になってちょっと肌寒くなってきた頃合いに、カーディガンを羽織ってお茶を飲みつつ読書三昧・・・至福です。
と言うことで、読書ならぬショーン・ビーン文芸シリーズ、ようやく第二弾です!
かの有名な「風と共に去りぬ」の続編として書かれた小説「スカーレット」(もちろん、作者は別人)を原作に、テレビ映画として製作された作品。ビデオ3巻、合計6時間の長丁場です。
さあいくぜいっ!


「スカーレット/続・風と共に去りぬ」(1994年/アメリカ)

<第一巻>
メラニーの葬儀でアシュレーの嘆きを目にしたスカーレットは、自分が本当に愛しているのはレット・バトラーであることに気付く。彼女はもう一度出直すために生地タラへ戻り、そこで哀しくも乳母マミーの最期を看取る。いつも守ってくれたマミーの温かい胸を失ったスカーレットは、レットの愛を取り戻すべく、彼の住むチャールストンへ旅立つ・・・。

<第二巻>
レットの子供を身ごもったスカーレットのもとに、レットからの離婚証明書が届く。怒り絶望したスカーレットは、レットからそしてアメリカから遠ざかるように、父の故郷アイルランドへ旅立つ。いとこのコラムのもとに身を寄せたスカーレットは、どこかレットを思わせる英国貴族フェントンと知り合う。しかし、スカーレットの束の間の幸せはレットの再婚の知らせで脆くも崩れ去った・・・。

<第三巻>
難産の末、レットの子を出産したスカーレットだったが、レットの再婚に自暴自棄となりフェントンと深い仲に陥る。一方レットは、妻アンと生まれてくる子を猛威を振るった黄熱病で亡くしてしまう。心の底でレットを愛し続けるスカーレットは悲報を聞き、フェントンとの関係を清算しようとする。しかし、彼女がレットの胸の中に戻るためには、更に大きな試練を経なければならなかった・・・。
※三巻とも、ビデオパッケージ裏面解説より引用。


な、長い…。日本のお正月長時間時代劇みたいな枠での放送だったのか、それとも、連続ドラマだったのか知らないんですが、一挙に観ようなんて決して思っちゃいけません。
上記のあらすじですが、物凄く手抜きでビデオパッケージ裏面の解説をそのまま引用させて貰っちゃいました。時間が長いだけに登場人物も多いし、舞台はアメリカ・アイルランド・イギリスと大西洋をまたに掛けてあっちゃこっちゃ飛ぶし、話は複雑って程でも無いんだけど展開が派手なので、掻い摘んで書こうと思ったらそれだけで一日掛りになっちゃいそうなんだもん。
それぞれの巻の文末の「・・・」以降については、うーん、まあ、昼メロとかジェットコースタードラマとかを思い起こして想像してみてください。多分、そんなに大きくは外れないと思うよ!(ひどい言い草)
お目当てのショーン・ビーンは二巻にならないと出てきません。それについては前もって情報を得ていたので、一巻は結構辛いかなと思いつつ観始めたのですが、割とそうでもなくそれなりに面白く観ることが出来ました。
この面白いというのはですね、作品のクオリティ云々っていうのとはすこーし違うのです。一言で言っちゃえば好奇心ってヤツ?
「風と共に去りぬ」の原作を読んだ、もしくは往年の名作映画「風と共に去りぬ」を観た人なら誰でも持つであろう、時を経て別の小説家の手によって描かれた続編への興味関心ゆえに、面白く観れたっていうことです、多分。
ストーリー的には原作のラストから上手いこと話を繋げ、上述の通りジェットコースター的に次々と話が進んでいきます。物語に深みは感じられないけど、それなりに飽きずに観ることは出来る。
意外だったのは、途中から舞台はアイルランドに移っていったこと。
スカーレットの亡父はアイルランド出身で、移民としてアメリカに渡り成功した人物なのですが、常に自分の出自を誇り故郷への想いを抱き続けていました。それを誰よりも知っていたスカーレットは、失意のどん底にある時にアイルランド行きを決意するのです。
実際にはスカーレットの現実逃避っていう要因が大きいんだけど、アイルランドに渡った彼女は、父祖の地を守り続ける父の親族達と出会い、少しずつ変わっていきます。
アイルランド人とイギリス人の根深い確執や差別なども、なかなか丁寧に描かれています。このあたりの展開はなかなか興味深いなーと思いました。

ご都合主義な描き方も結構あったけどね。
スカーレットやレットは何度もアメリカとイギリスを行き来するんだけど、この時代、そんなに簡単に往来できるものかしら?
南北戦争(1861年〜1865年)が終わって数年後が時代背景なので、蒸気船による大西洋航海は確立されてたはずだけど、それでも飛行機でチュインッ!って飛んでくような訳にはいかないはずなのに、実に気軽に行った来たするんだよね。
まあ、航海中のあれやこれやまで描いてたら、大河ドラマ並みのボリュームになっちゃうだろうけど。スカーレットのことだから、絶対、船の中でもいろいろ騒動を巻き起こすだろうし。
それと、スカーレットがスーパーウーマン過ぎます。事業もアイルランドでの村興しもどんどこ成功させちゃって、もうスカーレットのためにこの世は回ってるのか?って感じ。目端は利くし先は読むし度胸も満点、気風も良い。それなのに、レットとの仲だけは上手く行かないんだよね。
と言うか、むしろ、自ら選んで上手く行かない方向に進んでいるように見える。この辺はアレですね、昔ながらの悲恋物のすれ違い話。
二人ともちゃんと落ち着いてお互いの想いを打ち明けあって、納得できるまで話し合えばいいのに、レットは何もかも自分で勝手に決め付けちゃってスカーレットを信じようとはしないし、一方のスカレーレットは思い込みで突っ走ったり、空気を読み違ったり。
確かに、「風と共に去りぬ」の二人もそうだったんだけどね。でも、「風と共に〜」のレットはもうちょっと大人の余裕と冷静さがあったし、スカーレットは若く情熱的であるが故の未熟さっていう風に思えて許容できた。
でも、時は過ぎ去き、二人の精神的支えだったメラニーもマミーも亡くなってしまったというのに、この二人ちっとも成長してないんでやんの!と思ってしまった、今作品のレットとスカーレット。

それとね、スカーレットのキャラがぶれてるの。
レットに対しての愛情表現や意地っぱりぶりも結構ブレブレなんだけど、まあ、人は恋愛してると不安定になるもんだからそれはまあいい。
どうも判んないのが、賢くて目先が利くかと思ったら、空気が読めなかったり妙にお馬鹿だったりするところ。
第三巻の大詰めで、スカーレットは殺人の罪に問われます。スカーレットのロンドンの舘で同衾していたフェントン卿が殺され、ナイフを握り締め叫んでいたスカーレットが逮捕され法廷に掛けられるんだけど、実は真犯人はフェントン卿に弄ばれ彼を恨んでいたスカーレットの小間使い。
彼女は悩み苦しんだ挙句に眠り込んでいたフェントン卿を刺し殺し、屋敷を出奔します。
でもさ、普通、殺人のあった夜に忽然と姿を消した人物がいたら、いくら状況的にスカーレットが怪しくても、少しはそのもう一人の人物を疑ったり探したりしない?
ところが、屋敷の使用人たちも含め皆がスカーレットを犯人だと信じて疑わないし、ロンドン警察も端から決め付けて掛かってて、小間使いを探そうともしやしない。まあ、この時代の警察なんてそんな程度だったのかもしれないけど、
小間使いとフェントン卿の間柄を知っていたスカーレットですら、彼女が人を殺すなんて絶対に有り得ないとか言い出します。
しかもスカーレットってば、打ち明ける必要性なんて全く無い過去の自分の殺人(前作でのエピソード。戦争中、レイプされそうになって銃で相手を撃ち殺した)をぺラっと話しちゃうし。それでもって、スカーレットはますます犯人だって決め付けられちゃうんだよ?
途中までも利口なんだかお馬鹿さんなんだか判らないって思ってたけど、やっぱりお馬鹿さんなのか?

キャラクターの矛盾といえば、この小間使いも相当のモンでした。
信仰が篤くアイルランド人である自分を誇りに思ってる清純な乙女にしては、アイルランド人を侮蔑し憎んでいるフェントン卿に身を任せるってどうよ?最初は、そりゃあ騙されたのかもしれないけど。脅されてたにしても、命令どおり、人目を忍んでフェントン卿の寝所に通うんだよねー。哀しい女心なのかしら。
最終的にフェントン卿を刺し殺し逃げ出しちゃうんだけど、それによってスカーレットは濡れ衣を着せられます。
彼女にとってスカーレットは大恩人のはずなのにスタコラ逃げ出して、彼女が裁判で死刑判決を受けるかもしれないという噂を聞くと神に懺悔して涙にくれる。
神よこの罪深い私をお許しください…んな暇あったら、スカーレットに懺悔しろよ!あー、もうっ!はきつかない、いらいらする女だなあ!!

コホン・・・少し落ち着きましょう。まあ、ちょっと熱くなりましたが、物語は予想通りに展開します。
そう、レットがアメリカから駆けつけスカーレットを救うために奔走し、最終的に小間使いを探し出して彼女を説得、スカーレットは無事に釈放されます。
物語のラストではこれまた予想通り、スカーレットとレットはお互いの愛情を確認し、めでたしめでたし。
うーん、やっぱり昼メロかハーレクイン(読んだこと無いけど)って感じかなあ。あまり深く考えないで、物語に身を任せて観てる分にはそれなりに楽しめる作品。でも、それだけなんだけどね。感動は別に無い。
まあ、そんな風にブツクサ考えつつも、ショーン演じるところのフェントン卿が登場するまで眠くもならず、フェントン卿が殺されちゃってからの1時間以上もの時間も、放り出すことなく観れたのは幸いと言うべきかな。

スカーレットを演じたジョアンヌ・ウォーリーですが、うーん、鼻っ柱の強い美人っていう意味では役柄にあってるんだろうけど、安っぽいと言うか風格が無い。ヴィヴィアン・リーが演じたところのスカーレット・オハラのようなスケール感が無いのです。
頑張って演じてたけどね、これは容姿も含めたキャラクターの問題。キャスティングが悪かったとしか言いようが無い。
レット・バトラーはティモシー・ダルトン、4代目のボンドさんです。彼はまあまあって感じ。おおらかでクラシックな雰囲気を作ってて、なかなかにレット・バトラーしてました。ただ、これはやっぱり脚本の問題だと思うけど、前作のレットに比べて、少しばかり大人気ない感じがしたね。やっぱり、小者じみてたように思う。

さあて、これが最終目的であるところのショーン・ビーンですが。
いやー、悪い男でした。がちがちの貴族至上主義で差別主義者、性欲と嗜虐欲解消のために小間使いに手をつけたりするモノホンのサディストです。劇中では明確に描写してないけど、縛って打って蝋燭使ったりしてるっぽい。
表面は上品で優雅に取り繕ってるけど実は最低最悪に酷い男なんだけど、これがメチャクチャ綺麗な男なんだよねえ。
いや、ホントに半端無いっていう位の美貌です。悪くて綺麗で色っぽい男。歌舞伎で言うところの色悪そのものっていう感じ。
この「スカーレット」におけるショーンの美形極悪ぶりについては、以前alexさんが言及されておりましたが、自分の眼で見て百回くらい頷かされましたよ。うんうん、確かに。
クラシックな貴族の衣装がスタイルの良さを際立たせています。広い肩と引き締まった細腰、長い足をこれでもかっていうくらいに見せ付けてくれます。豪奢な金髪を綺麗にセットしてるんだけど、当時の風俗なのかな?少しだけ揉み上げが長く整えてあって、これがまた色男ぶりを引き立ててます。私、あんまり揉み上げ長いのって好みじゃないんだけど、このフェントン卿の揉み上げに関しては、これでなきゃいけないって気がしました。ヘアメイクさん、グッジョブ!
フェントン卿の殺害シーン。彼の正体に気付き別れようとするスカーレットを強姦し、コトが済んだ後、失神したスカーレットを横目にベッドでのうのうと眠っているフェントン卿は、恨み骨髄の小間使いに刺し殺されます。
この時のショーンの格好が、真っ白いゆったりとしたシャツ(多分、絹だね!)だけを上半身に羽織っているというシロモノ。
あれですよ、ほら、よく言うところの男の夢ってヤツ。美女がすっ裸に男物のシャツだけ羽織って…っていうアレとまんま同じ。
この場合は乙女の夢?
それにしてもまあ、長くて真っ直ぐで体毛の薄い綺麗なおみ足です。それを見せ付けるがごとく長々と伸ばしベッドに横たわるショーンは、凶悪なほどに色っぽかったです。散る寸前の刹那の美しさってヤツ?(ちょっと違うなあ)。
この映画の前に「チャタレイ夫人の恋人」を観てたんだけど、あちらでは労働者階級の身分低い森番だけど真剣にヒロインに恋する役柄で、こっちでは鼻持ちなら無い貴族で女を手玉に取る色悪。間逆です。ギャップが激しくって、何だか混乱してしまうけど、どっちのショーンもちゃんと違っててそれぞれ違った美人オーラを出しまくってるから凄い。
ショーンを観賞するという目的だけで、この長い作品を観る価値は十分にあるかと。マジで、中古市場を漁ろうかと。1巻はいらないけどね!ショーン出てこないから。

フェントン卿について今ひとつ判らなかったのは、彼がスカーレットに近づいた目的。
最初はやたらと紳士的です。二人が知り合った時、スカーレットは身ごもってるんだけど、フェントン卿、彼女が出産して身軽になるのちゃんと待ってる。でも、愛があるとは全然思えない。と言うか、愛は無い。実は酷い男だっていう正体がばれたら、スカーレットを殴って強姦しちゃうしね。
スカーレットのお金?とも思ったんだけど、劇中でフェントン卿が経済的に困ってるという様子は無かった。スカーレットの美貌やアメリカ女性の強烈な個性に魅かれ独占欲が発露したと考えるのが真っ当なのかもしれないけど、そう考えるには、ジョアンヌ・ウォーリーのスカーレットにそこまでの魅力が無く説得力が無い。
フェントン卿の亡父はアイルランドの地主で、地元の人々の決起によって死んだという経緯があるらしいので、アイルランドの村人達の希望の星となったスカーレットを自分のモノとすることで、父を殺したアイルランドに対しての間接的な復讐と支配が目的だったのかな、などと考えたのですが。原作ではどうだったのかしら。

もう一つ。二巻のあらすじで「どこかレットを思わせる英国貴族フェントン」というくだりがありますが、どこにもレットを思わせる要素はありませんから!容貌はもちろん、スカーレットに対しての態度やその他の言動、どっからどう見ても、レットとフェントン卿では全く似てないよ!!
フェントンが誰かと似てるとしたら、むしろアシュレーに似てるよ。もちろん、本性を現す前までのことだけど。
原作ではどうか知らないけど、この解説書いた人は本編をちゃんと観たのかしら?


残念ながら日本ではDVDやBRでは未発売。中古のVHSビデオなら入手可能です。
レンタル店でも、さすがにVHSを置いているところは少なくなってしまったのですが、この頃のショーンの美貌は凄まじいばかりなので…思い切って購入しても良いかもです。

「スカーレット/続・風と共に去りぬ」

    2007.10.01 Monday| 00:35 |
いつまでも夏の熱気を引きずってたのに、一夜明けたらいきなり秋。しかも晩秋の気配すら漂っております。
ここ数年ずっと云われてるけど、秋が本当に短いよね。ブラウス一着で過ごせる時期が本当に短くて、夏からあっという間に冬になってしまう、そんな雰囲気。
でも、秋の夜長って好きなんですよね。もう暑さの名残も消えて、でも冬場の寒さにはまだ至らない。夜になってちょっと肌寒くなってきた頃合いに、カーディガンを羽織ってお茶を飲みつつ読書三昧・・・至福です。
と言うことで、読書ならぬショーン・ビーン文芸シリーズ、ようやく第二弾です!
かの有名な「風と共に去りぬ」の続編として書かれた小説「スカーレット」(もちろん、作者は別人)を原作に、テレビ映画として製作された作品。ビデオ3巻、合計6時間の長丁場です。さあいくぜいっ!



「スカーレット/続・風と共に去りぬ」(1994年/アメリカ)


<第一巻>
メラニーの葬儀でアシュレーの嘆きを目にしたスカーレットは、自分が本当に愛しているのはレット・バトラーであることに気付く。彼女はもう一度出直すために生地タラへ戻り、そこで哀しくも乳母マミーの最期を看取る。いつも守ってくれたマミーの温かい胸を失ったスカーレットは、レットの愛を取り戻すべく、彼の住むチャールストンへ旅立つ・・・。

<第二巻>
レットの子供を身ごもったスカーレットのもとに、レットからの離婚証明書が届く。怒り絶望したスカーレットは、レットからそしてアメリカから遠ざかるように、父の故郷アイルランドへ旅立つ。いとこのコラムのもとに身を寄せたスカーレットは、どこかレットを思わせる英国貴族フェントンと知り合う。しかし、スカーレットの束の間の幸せはレットの再婚の知らせで脆くも崩れ去った・・・。

<第三巻>
難産の末、レットの子を出産したスカーレットだったが、レットの再婚に自暴自棄となりフェントンと深い仲に陥る。一方レットは、妻アンと生まれてくる子を猛威を振るった黄熱病で亡くしてしまう。心の底でレットを愛し続けるスカーレットは悲報を聞き、フェントンとの関係を清算しようとする。しかし、彼女がレットの胸の中に戻るためには、更に大きな試練を経なければならなかった・・・。


な、長い…。日本のお正月長時間時代劇みたいな枠での放送だったのか、それとも、連続ドラマだったのか知らないんですが、一挙に観ようなんて決して思っちゃいけません。
上記のあらすじですが、物凄く手抜きでビデオパッケージ裏面の解説をそのまま引用させて貰っちゃいました。時間が長いだけに登場人物も多いし、舞台はアメリカ・アイルランド・イギリスと大西洋をまたに掛けてあっちゃこっちゃ飛ぶし、話は複雑って程でも無いんだけど展開が派手なので、掻い摘んで書こうと思ったらそれだけで一日掛りになっちゃいそうなんだもん。
それぞれの巻の文末の「・・・」以降については、うーん、まあ、昼メロとかジェットコースタードラマとかを思い起こして想像してみてください。多分、そんなに大きくは外れないと思うよ!(ひどい言い草)
お目当てのショーン・ビーンは二巻にならないと出てきません。それについては前もって情報を得ていたので、一巻は結構辛いかなと思いつつ観始めたのですが、割とそうでもなくそれなりに面白く観ることが出来ました。
この面白いというのはですね、作品のクオリティ云々っていうのとはすこーし違うのです。うーんと、簡単に言っちゃうと好奇心ってヤツ?
「風と共に去りぬ」の原作を読んだ、もしくは往年の名作映画「風と共に去りぬ」を観た人なら、程度問題はあれ誰でも持つであろう、時を経て別の小説家の手によって描かれた続編への興味関心ゆえに面白く観れたっていうことです、多分。
ストーリー的には原作のラストから上手いこと話を繋げ、上述の通りジェットコースター的に次々と話が進んでいきます。物語に深みは感じられないけど、それなりに飽きずに観ることが出来る。
意外だったのは、途中から舞台はアイルランドに移っていったこと。スカーレットの亡父はアイルランド出身で、移民としてアメリカに渡り成功した人物なのですが、常に自分の出自を誇り故郷への想いを抱き続けていました。それを誰よりも知っていたスカーレットは、失意のどん底にある時にアイルランド行きを決意するのです。
実際にはスカーレットの現実逃避っていう要因が大きいんだけど、アイルランドに渡った彼女は、父祖の地を守り続ける父の親族達と出会い、少しずつ変わっていきます。アイルランド人とイギリス人の根深い確執や差別なども、なかなか丁寧に描かれています。このあたりの展開はなかなか上手いなーと思いました。

ご都合主義な描き方も結構あったけどね。スカーレットやレットは何度もアメリカとイギリスを行き来するんだけど、この時代、そんなに簡単に往来できるものかしら?
南北戦争(1861年〜1865年)が終わって数年後が時代背景なので、蒸気船による大西洋航海は確立されてたはずだけど、それでも飛行機でチュインッ!って飛んでくような訳にはいかないはずなのに、実に気軽に行った来たするんだよね。まあ、航海中のあれやこれやまで描いてたら、大河ドラマ並みのボリュームになっちゃうだろうけど。スカーレットのことだから、絶対、船の中でもいろいろ騒動を巻き起こすだろうし。
それと、スカーレットがスーパーウーマン過ぎます。事業もアイルランドでの村興しもどんどこ成功させちゃって、もうスカーレットのためにこの世は回ってるのか?って感じ。それなのに、レットとの仲だけは上手く行かないんだよね。
と言うか、むしろ、自ら選んで上手く行かない方向に進んでいるように見えます。この辺はアレですね、昔ながらの悲恋物のすれ違い話。
二人ともちゃんと落ち着いてお互いの想いを打ち明けあって、納得できるまで話し合えばいいのに、レットは何もかも自分で勝手に決め付けちゃってスカーレットを決して信じようとはしないし、一方のスカレーレットは思い込みで突っ走ったり、空気を読み違ったり。
確かに「風と共に去りぬ」の二人もそうだったんだけどね。でも、「風と共に〜」のレットはもうちょっとゆとりと冷静さがあったし、スカーレットは若く情熱的であるが故の未熟さっていう風に思えた。時は過ぎ去き、二人の精神的支えだったメラニーやマミーも亡くなってしまったというのに、この二人ちっとも成長してないんでやんの!と、思っちゃいました。

それとね、スカーレットのキャラがぶれてるの。
レットに対しての愛情表現や意地っぱりぶりも結構ブレブレなんだけど、まあ、人は恋愛してると不安定になるもんだからそれはまあいい。
判んないのが、賢くて目先が利くかと思ったら、空気が読めなかったり妙にお馬鹿だったりするところ。
第三巻の大詰めで、スカーレットは殺人の罪に問われます。スカーレットのロンドンの舘で同衾していたフェントン卿が殺され、ナイフを握り締め叫んでいたスカーレットが逮捕され法廷に掛けられるんだけど、実は真犯人はフェントン卿に弄ばれ彼を恨んでいたスカーレットの小間使い。彼女は悩み苦しんだ挙句に眠り込んでいたフェントン卿を刺し殺してしまい、屋敷を出奔します。普通、殺人のあった夜に忽然と姿を消した人物がいたら、いくら状況的にスカーレットが怪しくても、少しはそのもう一人の人物を疑ったり探したりしない?
ところが、屋敷の使用人たちも含め皆がスカーレットを犯人だと信じて疑わないし、ロンドン警察も端から決め付けて掛かってて、小間使いを探そうともしやしない。まあ、時代的に警察なんてそんな程度だったのかもしれないけど、
小間使いとフェントン卿の間柄を知っていたスカーレットですら、彼女が人を殺すなんて絶対に有り得ないとか言い出します。
しかもスカーレットってば、わざわざ打ち明ける必要性なんて全く無い過去の自分の殺人(前作でのエピソード。戦争中、レイプされそうになって銃で相手を撃ち殺した)をぺラっと話しちゃうし。それでもって、スカーレットはますます犯人だって決め付けられちゃうんだよ?途中までも利口なんだかお馬鹿さんなんだか判らなかったけど、やっぱりお馬鹿さん?

キャラクターの矛盾といえば、この小間使いも相当のモンでした。信仰が篤くアイルランド人である自分を誇りに思ってる清純な乙女にしては、アイルランド人を侮蔑し憎んでいるフェントン卿に身体を任せるってどうよ?最初はね、そるりゃあ騙されたのかもしれないけどね。
挙句にフェントン卿を刺し殺して逃げ出しちゃうんだけど、それによってスカーレットが濡れ衣を被せられる。
彼女にとってスカーレットは大恩人のはずなのに、すたこら逃げ出して、彼女が裁判で死刑判決を受けるかもしれないという噂を聞くと神に懺悔して涙にくれる・・・。スカーレットに懺悔しろよ!あー、はきつかない。いらいらする女だなあ!!

コホン・・・少し落ち着きましょう。まあ、上記でちょっと熱くなりましたが、物語は予想通りに展開します。
そう、レットがアメリカから駆けつけスカーレットを救うために奔走し、最終的に小間使いを探し出して彼女を説得し、スカーレットは無事に釈放されます。
物語のラストではこれまた予想通り、スカーレットとレットはお互いの愛情を確認し、再び一緒に生きていくことに合意して、めでたしめでたし。
うーん、やっぱり昼メロかハーレクイン(読んだこと無いけど)って感じかなあ。あまり深く考えないで、物語に身を任せて観てる分にはそれなりに面白い作品。でも、それだけなんだけどね。感動は別に無い。
まあ、そんな風にブツクサ考えつつも、ショーン演じるところのフェントン卿が登場するまで眠くもならず、フェントン卿が殺されちゃってからの1時間以上の時間も放り出すことなく観れたのは幸いと言うものかな。

スカーレットを演じたジョアンヌ・ウォーリーですが、うーん、鼻っ柱の強い美人っていう意味では役柄にあってるんだろうけど、安っぽいと言うか風格が無い。ヴィヴィアン・リーが演じたところのスカーレット・オハラのようなスケール感が無いのです。頑張って演じてたけどね、これは容姿も含めたキャラクターの問題。キャスティングが悪かったとしか言いようが無い。
レット・バトラーはティモシー・ダルトン、4代目のボンドさんです。彼はまあまあって感じかな。おおらかでクラシックな雰囲気を作ってて、なかなかにレットしてました。
ただ、これはやっぱり脚本の問題だと思うけど、前作のレットに比べて、少しばかり大人気ない感じはしたね。やっぱり、すこしばかり小者だったように思う。

さあて、これが最終目的であるところのショーン・ビーン。
がちがちの貴族至上主義者で差別主義者、上述の小間使いに手を付けたのは性欲と嗜虐欲を解消するためだけというサディストです。劇中では明確に描写してないけど、縛って打って蝋燭使ったりしてるっぽい。
悪くて酷くて表面だけは上品に取り繕ってる最低の男なんだけど、これがメチャクチャ綺麗な男なんだよねえ。
いや、ホントに半端無いっていう位の美貌です。優雅で綺麗で悪くて色っぽい男。歌舞伎で言うところの色悪そのものっていう感じ。この「スカーレット」におけるショーンの悪くて綺麗な男ぶりについては、以前alexさんが言及されておりましたが、自分の眼で見て百回くらい頷かされましたよ。
クラシックな貴族の衣装がスタイルの良さを際立たせています。広い肩と引き締まった細腰、長い足をこれでもかっていうくらいに見せ付けてくれます。金髪を撫で付けてるんだけど、これは当時の風俗なのかしら、少しだけ揉み上げが長く整えてあって、これがまた色男ぶりを引き立ててます。
私、あんまり揉み上げ長いのって好みじゃないんだけど、このフェントン卿の揉み上げに関してはこれでなきゃいけないって気がしました。ヘアメイクさん、グッジョブ!

ショーンを観賞するという目的だけで、この長々しい作品を観る価値は十分にあります。マジで、中古市場を漁ろうかと。1巻はいらないけどね!ショーン出てこないから。

性愛の行き着くところ「チャタレイ夫人の恋人」

    2007.09.18 Tuesday| 23:58 |
今月に入り、ブログの間が空き気味。
文章を書いてない訳ではなく、手を広げすぎの結果なのですよ。書きたいことは頭の中にあるし実際書いているんだけど、あっちもこっちもで一つ一つをきちんと形に出来てないという状況。もうちょっと上手に時間を使わねば…と反省しきりのわたくし。

このところ集中して観てるのは、ショーン出演作の中でも文学作品を原作としている何作かです。
D・H・ロレンス原作「チャタレイ夫人の恋人」を始めとして、トルストイ原作「アンナ・カレーニナ」、「風と共に去りぬ」の続編として製作された「スカーレット」など。
読書の秋も間近ですし、名付けて「ショーン文芸シリーズ」、いざスタート!

さて、第一弾として取り上げるのは「チャタレイ夫人の恋人」です。
原作は発表当時より大胆な性描写が論議を呼んだ作品で、日本でも、昭和26年に新潮社から出版された伊藤整翻訳版が猥褻文書として告発され、裁判沙汰となったことで有名。
映画化も何度かされており、ショーンが出演した93年版は三度目の映画化になるらしい。
93年版はもともとテレビ用に作られたとかで、ビデオまたはDVDとして市場に流通しているものとしては、「ノーカット完全版(232分)」と「劇場公開版(115分)」の2種類が存在します。
私が当初レンタル店で見つけたのは、劇場公開版のビデオでした。

これ↓はDVDのジャケットだけど、参考まで。

「チャタレイ夫人の恋人(劇場公開版)」(1993年/イギリス)

借りるのに多少の勇気が要りましたよ。だって、思いっきり官能映画の棚に置いてあるんだもん。
ティーンエイジャーじゃあるまいし、それほどそういうことに頓着するほうでは無いんだけど、官能映画の棚の前で物色してる様子を知り合いやご近所さんに見られるのはさすがにマズイ。
他の作品と取り混ぜそそくさと借りたんだけど、我ながら、漫画雑誌と混ぜてエロ本を買う高校生かよっ!等と考えたりして。
そんなこんなで借りたビデオ、結構劣化しておりましたが、ショーンが若くて綺麗で色っぽいのを十二分に確認出来たのでそれなりに満足していたんだけど。
うほほーいっ♪某方のご好意で、完全版のDVDをお借りしてしまったのですよ。私、本当に幸せモノです。


「チャタレイ夫人の恋人(ノーカット完全版)」(1993年/イギリス)

第一次大戦で怪我を負ったクリフォード・チャタレー卿(ジェームズ・ウィルビー)は、地方の領地で隠遁生活を送っていた。
チャタレー卿と若く美しい妻コニー(ジョエリー・リチャードソン)の二人は一ヶ月足らずの夫婦生活を送り、新婚の身で戦場に赴いた夫は下半身不随となってしまったのであった。回復の見込みが無いことから心を荒ませる夫に、コニーは献身的に尽くしてはいたが、少しずつ追い詰められ孤独感に苛まれていく。
そんなある日、コニーは領地の森の中で、森番のオリバー・メラーズ(ショーン・ビーン)という男を見かける。メラーズの美しく逞しい肉体に心魅かれるコニー。
鬱屈するコニーを慰めるべく姉が気を配ったことから、チャタレイ卿の看護人としてボルトン夫人を雇い入れられた。ボルトン夫人が夫の面倒を看てくれるようになったことから自由な時間を得たコニーは、安らぎを求め森を散歩し、あの森番と再会する。メラーズとコニーは徐々に心を通わせるようになり、身分違いの不倫の恋であることを承知の上で二人は結ばれる。
メラーズとの恋と性愛に溺れどんどん美しくなっていくコニーに、夫は愛人を作り子供を生むよう求めてくる。その条件は、同じ上流階級出身の口の堅い男であること。コニーと愛人との間に生まれた子供を、チャタレイ家の跡継ぎにするためであった。しかしコニーはメラーズとの間に子供を身ごもっていた。
前妻の中傷から森番を辞め、炭鉱で働かざるを得なくなったメラーズは、新天地を求めカナダに移住することを決意する。
感情的な行き違いからメラーズと仲違いしてしまうコニーは、チャタレイ家を出て一人で子供を育てることを決意する。二人の関係とコニーの決意を知ったチャタレイ卿は激怒するが、コニーは意に介さない。
家を出るその日、コニーの元にメラーズからの手紙が届く。それにはカナダ行きの日程と共に、コニーを愛する気持ちが記してあった。車を飛ばし、港へ急ぐコニー。カナダ行きの船が出港する…。


最初に観た劇場公開版は何せ尺が短いので、話がドンドコ進んでいきます。その所為で、コニーとメラーズの感情変化が急激過ぎるような気が多少しました。お互い一目惚れだったってことで片付けるんなら納得出来なくも無いんだけど、感情描写よりも性愛描写が目立っちゃってね。まあ、そもそもがショーン観賞目的なので、それほどの不満は無かったんですが。
ところが完全版のほうでは、コニーとメラーズはもちろんのこと、チャタレイ卿やボルトン夫人らの心理描写がキメ細やか。多くのエピソードをたっぷり繋ぎ時代状況も丁寧に描かれており、まさに文芸大作といった風格抜群、とても充実した内容でした。
確かに性愛描写は沢山あります。
奥方様と身分卑しい森番との不倫の恋の物語、当然ながら内容はスキャンダラス、森番小屋で着衣のままで性行為に及んだかと思えば、屋外で全裸で抱き合ってみたり。でもその行為描写は物語を紡ぐ上で必須なものであり、コニーとメラーズの恋愛を描く上でなくてはならないものだという説得力のある描写がなされています。
そもそもお互いの肉体に魅かれあったことから、コニーとメラーズの関係はスタートします。
半身不随の夫の元で若い身体を持て余していたコニーは、明らかに性的欲求不満を抱え、性的な夢を見てしまうことに悩んでいます。

〜欲望の象徴とされる黒い馬に乗ったコニーが、半裸の若い男たちが身体に花を纏って居並ぶ小径を進んでいくと、池の前に出る。池の中には夫のチャタレイ卿が浮かんでいるが、彼は池の中に沈んでいってしまう。呆然と見詰めるコニーがふと眼を上げると、池の向こう側にはメラーズが立っている〜

メラーズを森で見かけた後に、コニーが見る夢なんだけど…判りやす過ぎ!フロイトもユングも必要無い、簡単な夢判断。
一方のメラーズも、前妻と別れ一人森の中での暮らしをしているのですからそういう欲求が無い訳が無い。メラーズは、コニーと出会った最初から、奥方様ではなく若く美しい一人の女性として彼女に興味を示します。奥方様に対して大丈夫なの?って思うくらい判りやすい、意味ありげな視線と態度をコニーに見せ付けるんだもん。おぼこな奥方様はイチコロだと思うのよ。
かと云って、メラーズが悪い男っていうんでは無いんだよね。いや、時代を考えたら、主筋の奥方に手を出すなんてとんでもない悪党って言われてもしょうがないし、実際、そういう噂が立ったお蔭で、職も村も追われる羽目になっちゃうんだけど。結局のところ、メラーズは悪党ではない、悪い男にはなれない。
一目惚れだったのかなー、高嶺の花にちょっとだけ触れてみたかったのかなー、観ていてううっかりそんな風に思ってしまうピュアな雰囲気も、ショーン演じるメラーズには漂ってました。

不倫の恋というだけでなく、彼らにとってもう一つの障壁は身分違い。現代の我々には今ひとつピンと来ないけど、当時の英国社会を考えたら、それはとんでもなく大きな障害だったはず。
チャタレイ卿の身分と階級へのこだわりは凄まじいもので、彼の眼には召使や森番、使用人といった身分の低い人間にだって感情も誇りもあるってことが判らないらしい。判ろうとする意志が全く無いのです。彼が根本的に悪い人間ではないことが観ていて判るだけに、同じ階級以上の人間にしか人格や人間性を認めないというその頑なさは、いっそ無邪気なほどでした。
階級社会って怖いね。
終盤、コニーがメラーズを追ってチャタレイ家から走り去っていくシーンで、それまでは常に感情を見せないようにしていたボルトン夫人やメイドたちが、まるでコニーを応援するかのような笑顔を見せたのが印象的だった。…皆、我慢してたんだなー。

この作品の本意は、不倫の恋を描いたスキャンダラスなメロドラマと言うことでは決して無く、階級社会への強力な問題提起であり、人間本来の本能から生まれでる純粋な愛情を、肉体を持ってして、肉欲という形で表現したものであると思うのです。
そういう意味で、この93年版「チャタレイ夫人の恋人」は原作の精神を忠実に描こうとした秀作なのではないかと思ったのでした。
コニーとメラーズの恋。その発端は確かに肉欲からだったかもしれないけど、彼らの肉体が結びつき関係が深まっていくにつれ二人の心も深まり、その間柄は純愛と云っても過言ではない真摯な恋愛に変化していく。
そんな風に思わせるだけの説得力のある作品だったと思います。

ショーン。いや、これがまた、実に素晴しかったと云うか見応えがあったと云うか。チャタレイのショーンは良いって噂には聞いておりましたが、ホントに良いです。
チャタレイ卿や上流の人間に対してチラチラと見せる、反抗的だったり挑戦的だったりする目つきと、コニーと心を通わせてから本心から愛しそうに彼女を見る時の柔らかな視線の対比が良い。身分の低い使用人としての自らの立場を十分に理解していて時に卑屈になりながらも、自尊心や誇りを捨て去ることも出来ない、反骨精神旺盛な青年の屈折した心理を丁寧に演じていました。
容貌の面では、この頃のショーンってもしかして、最も完成された美しい盛りだったのかしらって思ったほどだった。
そもそも、その美しく逞しい肉体でコニーを惑わす森番役なんだから、肉体の見事さは云うに及ばずなんだけど、その身体のありようが独特なんだよね。逞しいのは確かなんだけど、うーん、何ていうのかな。
例えばカジロワのダニエルの身体は、精密に計算されて作り込んだ身体だよね。専門家が関って、運動はもちろん食事から日常生活までコントロールすることで作られた身体。
マッツの場合であれば、適切な運動を怠ることなくきちんと施したことで身に付いた、強靭だけどしなやかな筋肉が特徴だと思う。ヴィゴもこのタイプかな。
でもって、チャタレイ夫人におけるショーンの身体ですが。
もって生まれた綺麗な骨格の上に、日常の肉体労働(実際には運動だろうけど)によって筋肉は付いてるんだけど、食事は適当に好きなように食べてビールも沢山飲んでるので筋肉の上にうっすらと柔らかな脂肪がまとわりついている…そんな身体なのです。意図的に鍛え上げたのではなく、日常の中でたまさか創り上げられた風なリアリティを感じさせられた。
胸部からウエストに向けて細くすっきりとしたラインが形作られ、腰からお尻に掛けては引き締まってるって言い切るよりはほんの少しの「ゆるみ」があるんだけど、それがまた実に何と言うか…色っぽい(これ以上は自粛!)。
プヨプヨしてるって訳じゃもちろん全く無いんだけど、固く鍛え上げられたと云うのでもない、骨と筋肉と脂肪の絶妙なバランスが生んだエロティックで美しい肉体でした。

コニー役のジョエリー・リチャードソンも綺麗だった。
随分と大柄な女性だなと云うのが第一印象。顔立ちは非常に綺麗で私としては好みなんだけど、腕とか足とか結構太いよねとか思っておりまして。
実際、脱いだら結構なボリュームで、整った綺麗な身体っていうのとは全然違うの。いかにも西洋人的な前に大きく突き出したバスト、ウエストはそこそこ細いんだけど腰はバンッ!って感じに張っててお尻もたっぷりと大きくて、水着モデルやグラビアモデルは絶対無理っていう雰囲気。
ところがね、これが色っぽいんだな。
同性からは「彼女って美人だけど、お尻が大きくてスタイルはあんまり良くないよね」とか言われそうなんだけど、多分、男性が見たら堪んないっていうタイプの身体なんだと思う。
上述の通り、ショーンもまた非常に色っぽい身体なんだよね。二人を例えて言うなら、熟しきって落ちる寸前の果物みたいな、そんな濃厚な甘さと汁気を感じさせられる肉体なの。必然的に二人の絡みは実に生々しく、官能的なものとなっていた。

ところで、このノーカット完全版なんだけど、amazonなどで検索すると「ノーカットヘア解禁全長版」ってなってるんだよね…えっと。
これって、誤解を招くと思うよー。どこのポルノ映画ですか?っていう表現だもの。作品の中身が良いだけに、勿体無い。
ヘア解禁って、今時ヘアなんて珍しくもないと思うんだけどね。ましてや文芸作品だし。このDVDが出た頃はまだ珍しかったのかしら。ヘアなんてそんなガタガタいうほどのもんでもないじゃん、大抵の人に生えてるしさ!生えてたらむしろ肝心なところは見えにくいってなもんだよ!(←暴言)

実際、全裸で抱き合っているようなシーンはさほど無いのね。回数は何回もあるけど割りと着衣のままなので(このほうがエロいって話もあるけど)、完全に全裸でっていうのは、えっと、1回か2回だったような。
全裸はですね、むしろ、森の中を裸で走り回るシーンが強烈でした。
昔の漫画とかドラマとかによくあって、最近だとパロディっぽく使われるシチュエーションがあるじゃない?浜辺とかで男女が、あはは、うふふって笑いながら追っかけっこするヤツ。
「私を捕まえて〜(はあと)」「こら〜、待てよ〜(はあと)」…みたいな。
あれを想像してしまいました。と言うか、そのまんま、そんなだったな。
それとその直後のシーンで、メラーズが森で沢山の花を摘んで小屋で待っているコニーの所に帰ってくるんだけど、全裸で花束抱えてるんだよね。要するに花束で股間を隠してると。
このシーンはあまりにもあまりだったので、ちょっとプププッてなってしまいました。演じてるのが若くて綺麗なショーンだから許せるけど、他の人だったらギャグにしか見えんぞ。
いや、笑ってしまった時点で、ショーンでもギリだったってことか。

原作は、昔々(大昔)、中学生の頃に読んだ記憶があります。小学校の図書室に置いてなかったんだけど(当たり前)、中学校の図書館には何故かありまして、勇んで読んだような次第。マセ餓鬼でしたの♪
とは言っても、所詮は世界文学全集とかの一冊だから、かなり端折ってあったんだと思う。当然ながら、チャタレー裁判で新潮社が負けてからの出版物だしね。もともと興味本位だったのに肝心なところが端折ってあって気が削がれたのか、当時の私にそこまでの読解力が無かったのか、なんだかあんまり面白いと思わなかった。
今、完訳版を読んだらかなり違った印象を持つだろうから、今度読んでみようかな。


【2013年追記】

その後、日本でもノーカット版DVDが再販されました。
入手しやすくなったので、今のうちにどうぞー。

原作本は、武藤浩史の手による新訳。 かつて話題になった伊藤整訳に比べると、現代的で読みやすいので、初めて読まれる方ならこちらがお薦め。

納涼ホラー第二弾「ザ・ダーク」

    2007.08.21 Tuesday| 23:05 |
暑さ対策、納涼ホラーシリーズ!とか言っときながら、「ヤクザvsマフィア」に脳内発酵&暴走し。そのまんま夏休みに入ってしまって、怖い話は一体どこに?
いやいや猛暑はまだまだ続く、むしろこれからが本番って事で、納涼ホラーシリーズ、ようやっと第二弾です。



「ザ・ダーク」(2005年、アメリカ)

離婚して一人娘のサラと暮らしていたアデルは、元の夫であるジェームズが住むウェールズの地を訪ねた。
画家であるジェームズがアトリエ兼住居としている一軒家には、かつての住人の持ち物らしい様々な古道具が遺っていた。ひとしきり家の探検を済ませたサラは一人で海岸まで散歩に出るが、その後行方不明になってしまう。
ジェームズや地元の人々が探してもサラは見つからない。サラの死を信じないアデルは必死の捜索を続け、この地とこの家にまつわる古い伝説と忌まわしい事件を探り出す。そして、伝説の少女エブリルが姿を現した…。


「サイレントヒル」に続いての、ショーン出演作です。
古い伝説と親子の歪んだ愛によって引き起こされた過去の忌まわしい事件、怨念が凝り固まって実体化する恐ろしい出来事…なんだかとっても馴染みやすいシチュエーション。
ゴシックホラーと言うか、あ、そうそう、むしろ日本の昔ながらの因縁話に近い雰囲気なんです。そういう意味では、「サイレントヒル」よりは遥かに入り込んで観ることが出来ました。

ストーリーも脚本も丁寧に作りこんである印象。キャラクターやエピソードの一つ一つにリアリティがあるのです。
例えば、アデルとサラの母子関係。物語の途中から明かされるんだけど、二人は実は険悪な状況下にあったんですね。
離婚してニューヨークに住んでいるアデルは、奔放とまでは言わないまでもかなりきままな生活を送っています。当然ながらサラは、母の行動や言動に大いなる嫌悪感を抱いてるし、父ジェームズと引き離され生活していることも気に入らない。
一方のアデルは、サラの自分に向ける厳しい視線に過剰反応し、逆に攻撃的に娘を責めてしてしまったりする。
二人とも心理的に追い詰められた状況にあり、多分、この状況を何とかしようとしてウェールズの田舎に住むジェームズの元を訪ねたんだと思う。このあたり、アデルを演じるマリア・ベロとサラ役のソフィー・スタッキーが実に巧みに演じてました。
ショーン演じるところのジェームズですが、これがまたいいんですよ。娘サラへの愛情の深さや、元の妻であるアデルへの気遣いがこれでもかっていうくらいに伝わってくるのです。不器用で感情表現も世渡りも上手くないけど、愛情たっぷりのお父さん。
「サイレントヒル」との最大の違いはこの辺かなと。あちらの登場人物のほとんどがまるでゲームのキャラクターのようで、影が薄く人間味を感じなかったのに対し、「ザ・ダーク」の登場人物はちゃんと血肉を供えた人間で、その感情や恐怖がちゃんと伝わってきた。

ただね、どうにもこれは如何なものだろうと思ったのが、物語のキモである因縁話。
例によって思いっきりネタバレですが、この土地には古くから、誰か一人が死ぬことで誰か一人を蘇らせることが出来るという伝説があったのです。
そして数十年前に、それを実現させようとした宗教グループの指導者がいたというのが物語の発端。彼は、現在ジェームズが住んでいるこの家に娘と二人で住んでいたんだけど、娘が不治の病に掛かってしまった。その病気を治そうと呪術的な開頭術を施すものの娘を助けることは出来ず、娘が死んでしまうと、自分が指導する宗教グループのメンバーを自殺に追い込み、彼らを身代わりに娘を蘇らせようとするが失敗したという。
いや、このエピソード自体はホラー映画としてはありだと思うし、良いんですよ。洗脳され誘導されたメンバーたちが荷物を手に断崖から身を投げるシーンなんかは、おぞましい状況と淡々とした映像が相まってなかなかの雰囲気だったし。
問題なのは、その当の少女。難病を患った挙句、拷問に近いような治療を施され結局は死んでいったエブリル。彼女が数十年を経て、いきなり実体化して現れてしまうこと!
いや、どこかのホラー映画みたいに、井戸から現れたりテレビから這い出してくるんならそれはそれなんだけど、そうじゃなくて、ちゃんとした人間として突如出現するのね。
要するに古の伝説の通りサラを身代わりに蘇ったということなんだけど、挙句、アデルからそういった因縁話を聞いてはいても信じていなかったジェームズが病院に運び込んでしまうのです。病室のベッドに横になって点滴を受ける蘇った少女…うーん、なんだかマンガチック。しかも、ギャグ。
ここらへんで急激に、ホラーの雰囲気が薄れちゃってね。なんだかちっとも怖くなくなってしまった。
ジェームズは、このエブリルを死んだ(と思い込んだ)サラの替わりに養女にしようと考えたりするし、このやたらと現実的な展開は一体何?

映画のラストはどんでん返しもあり、怖いっちゃ怖い終わり方だったんだけど、この途中の展開の所為でなんだかとっても中途半端な印象だった。
ホラーだの恐怖だの因縁だのっていうよりは、むしろ、不条理な状況で引き裂かれた母子の悲劇、もしくは、なんとしても娘を取り戻そうとすることによって復活する母親の愛情再生物語っていう感じ。心理サスペンス的雰囲気もあるんだけど、そう言うには非科学的要素が大きすぎるし。

うーん、結局は、脚本の整理不足なのかしら。物語に深みを与えようとしていろいろ詰め込んだら逆に散漫になっちゃった、みたいな。
「サイレントヒル」よりは楽しめました。結末はどうなるんだろうっていうドキドキ感もあったし、ある程度予想範囲だったとは言え、結末もホラーっぽく決まってた。
役者陣が揃って良かったのは前述の通り。人間の強さや哀しさや醜い感情、恐怖をリアルに表現し演じてました。
だ か らー、なんでエブリルが実体化しちゃうのよ。衰弱して病院担ぎ込まれちゃうのよ。そこだけ、物語と物語的論理が破綻しちゃってるんだよね。あー、勿体無い。

ショーン。洗いざらして襟元が伸びちゃったトレーナーに、よれたジーンズ姿。髪は少し長めで、ちょっとぼさついてます。田舎住まいの芸術家って言えばそう見えないことも無いけど、むしろ、普段から身なりを気にしないお父さんが休暇中なので尚更どうでもよい格好をしてるっていう雰囲気。
実に素敵でした!
だってー、ショーンって、悪役かコスチュームプレイが圧倒的に多いじゃない?こういう普通のお父さん役って珍しいじゃない?なんだか、素のショーンを垣間見れた感じで嬉しいじゃないか!
いや、もちろん、シチュエーション的には全然普通じゃないんだけど、サラやエイブリルをギュッと抱き締めるところとか、頭の天辺にキスを落とすところとか、なんだかとってもリアルなんだもん。
ショーンって3人のお嬢さんのパパなんだよね♪とかついつい考えてしまって、映画に関係ないところで萌えてしまった。
これだから、ファンっていうのは困りモノですね。

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